〔閑話〕嵐の夜に
荒々しく扉を叩く音が響いた。
折からの暴風と雨が発てる音とは明らかに違う、人為的なものだと気付いた尼僧は急いで戸口へと向かった。
扉を開けると、そこには雨除けの外套すらずぶ濡れの女が立っていた。
「まあ、こんな日になんということでしょう。さ、中へ」
尼僧の言葉に小さく「恐れ入ります」とこたえ、数歩、中に足を踏み入れた女は外套を捲った。
外套の中から現れたその腕には、まだ、生後数日と思しき赤子が抱かれていた。
年の頃は二十代半ばだろうか。
尼僧は更に、女の衣服から、それなりに身分のあるものか、そのような者のそば近くに仕えるものと察し、この女の置かれている状況を経験から推測した。
そして、次に女の口から出る言葉も。
「お願いします、どうか、この子をここで預かって下さい」
言葉とは裏腹に、女の腕はしっかりと赤子を胸に抱いていた。
やむにやまれぬ事情で、我が子を手放しにくる母親によく見られる行動だ。
尼僧は若い母親に、ゆっくりと、穏やかな口調で語りかける。
「わざわざこんな天気の日においでになるなんて、余程のご事情とお察しします」
言葉を掛けながら、尼僧は女の顔が濡れているのは、雨の滴のせいだけでないことに気付いた。
生まれて数日の我が子を、自ら手放しに来るのだ。無理もない。
今日はこんな天気にもかかわらず、これで二人目だ。
むしろ、嵐に紛れてでもないとならない事情が、どちらにもあるのだろう。
それでも、そのまま赤子を連れて引き返すよう説得するため、尼僧は奥の暖炉のある部屋で少し暖まって行ってはどうかと促したが、途端に女は赤子を尼僧の胸元に押しつけるようにして引き渡した。
「この子を守るため、今はこうするしかないのです。どうか、どうか、お願いします」
尼僧の腕に委ねた赤子の頬を愛おしそうに数回撫でると、女は踵を返し、激しい雨と風の戸外に飛び出していった。
その嵐の日から、二十一年。