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プレシア  作者: 南条祝子
〔黒い神官編〕帰還
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帰還

 常緑の木々に茂る枝の間から、黄色や褐色の葉が垣間見えるようになった。


 この頃急に朝晩と冷えるようになり、ここ数日で紅葉が進んだようだ。


 城下の店も民家も収穫祭の支度を始め、確かな秋の気配を感じる。


 あれから数ヵ月。


 風の便りに、ラーシオン王国でリューレ神殿の新たな神官長を決める投票が行われるとセルフィナの耳に入ったのは半月前だった。ヘレンも候補に上がっているかは、噂を運んできた者に問い質すまでもなかった。


 そのヘレンから手紙が届いた。


 開封しないままの手紙を片手に、セルフィナは昼どきの隊舎の食堂を見渡していた。


 稼業から解放されて安穏とした雰囲気の者が殆どだった。その中で際立って難しい表情をし、黙々と食事をとっているアルフレッドの姿を奥の方に見付けた。行き交う同僚たちとぶつからないように身をかわしながら、彼の傍へと急いだ。


 殺伐とした雰囲気を纏った彼を避けるように、両隣の席が空いていた。セルフィナは左側の椅子へ、ひらりと腰を落とす。


「よう、初めての試験を前にえらく殺気立ってるな」


 見れば、皿にはもう何もないのに、彼はフォークをゆらゆらと動かしていた。その動きを観察してみると、皿の上の空間に文字を書いているのだと分かった。


 午後から、今年二回目の昇格試験があるのだ。実技だけでなく、筆記試験もある。実技は合格でも、筆記で不合格を喰らう者も少なくない。


 今回の試験から受験要件を満たした彼は、ここ数日ずっと、こんな風に片時も試験のことが頭から離れない様子だった。


「話し掛けるなよ。気が散る」


 言葉に反して、彼はセルフィナの頭に手を伸ばし、無造作に髪をくしゃぐった。


「気が散ったついでに、ほら」


 そう言って、食卓にヘレンからの手紙を置いた。


「ヘレンからだ」


「あぁ、そういえば、そろそろ新神官長の投票も済んだ頃だな。どうだったって?」


「俺もまだ読んでない。一人で見るの、怖くてさ」


 セルフィナは肩を竦めてみせた。


「俺の試験結果もそういう風に一緒に見てくれよ」


 笑顔で手紙を手に取ったアルフレッドは封を開けた。


 取り出した便箋を広げれば、結果は一目瞭然だった。


 リューレ神殿神官長の刻印が施された便箋には、ヘレンの人柄を具現化したような、几帳面で美しい筆跡の文字が綴られていた。




  セルフィナさま


  ラーシオン王国では既に霜が降り、日毎寒さを増しておりますが、そちらはいかがですか。


  既にお聞きおよびかもしれませんが、先日、新神官長の投票が行われ、この度、私ことヘレン・ラスティアが拝任いたしました。

  誠心誠意、職務に邁進する所存です。


  セルフィナさまには大変お世話になり、感謝申し上げるとともに、更なるご活躍をお祈りいたしております。


  ラーシオンへお越しの際は、是非、神殿にお立ち寄りください。


  アルフレッドさまにも、どうぞ良しなにお伝えくださいませ。


  またお目にかかれる日を楽しみに。


  ヘレン




「お前にもよろしくだってさ」


 読み終えたセルフィナはにっと笑顔を作って、アルフレッドを見上げた。


「うるさいな、俺も読んだよ」


 そうやって二人で笑いあっていると、あの哀しい旅の結末が、まるで夢の中の出来事だったようにすら思えた。


「さ、そろそろ集合場所にいくかな」


 手紙を返すアルフレッドの目の前から「片付けとくよ」と一言添えて、セルフィナは皿を引き寄せた。


 礼を言いながら立ち上がる彼に、

「焦って認識番号書くの忘れんなよ」

と言い含める。


 アルフレッドは返事の代わりに、セルフィナの額を指で軽く小突いた。


 笑みの残る顔で彼は大きく息を吸った。しかし、それを吐き出すとともに、再び意識が試験に戻ったとはっきりとわかる程の真顔になった。


「じゃ、行ってくるよ」


「おう。絶対合格しろよ」


 手を挙げて応えると、彼は踵を返した。


 食堂の出入り口に向かって進んでいくその背中に、セルフィナはもう一度、心の中で、絶対に合格しろと呟いて見送ったのだった。

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