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プレシア  作者: 南条祝子
〔黒い神官編〕第三章 魔女の足跡
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第三章 魔女の足跡〈4〉

 四人は二人の村娘を連れて、コーマス村へと戻った。


 始めは祠から出た四人が血まみれなのに驚いた娘たちだったが、どちらも、攫われてきた自分たちを救ってくれたことに謝意を示して、村に着くとすぐに医者を呼んでくれ、宿や食事の手配までしてくれた。


 コーマス村に戻った最初の日は、傷の痛みで混沌としていたフローディアだったが、二日目を過ぎると、ベッドの上で体を起こしていられる程に回復した。


 ヘレンの方はといえば、フェニアの言葉に律儀に従った己を悔いて、ひどく落胆していた。ただ、最後の瞬間を目にしなかったことだけが救いだと、セルフィナたちは思っていた。



 三日目の朝、ヘレンは神殿へ戻るため、帰路につくことになった。


 フェニアが戻らぬ人となった以上、いつまでも神殿を留守にするわけにはいかないと、彼女から帰ると言い出したのだった。


 フローディアの傷はもう少し様子を見た方が良さそうだということで、関所までアルフレッドが同行して見送ることになった。


 出発を前に、フローディアが泊まっている部屋をヘレンが訪れた。


「もう、行くのですね。見送りに行けなくて、ごめんなさい」


 病床からの見送りになること詫びるフローディアに、ヘレンは首を振って答えた。


「いいえ、私の方こそ、陛下がご快癒されるまでお側にいられず、申し訳ありません」


 フローディアは「大丈夫ですよ」と微笑んでベッドの脇に立つセルフィナを見た。


「そ、俺なんて任務だから嫌でもフローディアから離れられないしな」


 組んでいた腕を解き、セルフィナはヘレンの前へ近付いた。


「なんかあったら、いつでも力になるよ」


 そう言って、ヘレンの華奢な体をしっかりと抱きしめた。


「ありがとうございます」


 抱擁を返すヘレンの瞳は、うっすらと潤んでいた。


 彼女は涙こそ流しはしなかったが、アルフレッドに「そろそろ行こうか」と声を掛けられて返事をした声は、ほんの少しだけ嗚咽が混ざっていた。




 アルフレッドに連れられ、ヘレンが去った部屋で、セルフィナはコーマス村に戻ってから、改めてぼんやりと感じていた疑問をフローディアにぶつけた。


「なあ、フローディア。血の儀式って、方法を知ってたら誰でもできるもんなのか」


 あれ以来、セルフィナの右手にはフェニアの指輪がおさまったままだった。


「だいたい、媒介の相性がどうとかっていうのもさ」


 どんなものでも媒介にできる訳がないのだから、ましてそれを誰でも使える筈がない。セルフィナはそこが不思議でならなかった。


「わかりません」


 伯母の答えは単純なものだった。


「うわ、適当かよ」


 もっとなにか明確ななにかを期待していたセルフィナは露骨に呆れてみせた。


「偶然、姉の媒介とあなたとの相性がよかったということよ。何百年かのうちに、作り主以外にも相性の合う人間が一人くらいあってもおかしくはないわね。だから、あなたに指輪を預けたの」


 なんとも納得しがたかったが、反論はしなかった。


 他にも聞きたいことが山ほどあって、納得できないとごねていても仕方がないのだ。


「それじゃあ、呪いはどうなったんだ」


 実は最も重要なのはこちらの方だった。


 フローディアたち姉妹の不死の呪いが、解けないままだとしたらと考えただけで、セルフィナは全身が薄ら寒くなった。


 巨大な蛇の姿が脳裏に浮かんでくるのを、身震いとともにかき消した。


「それも……、わかりません」


 同じことを思ったのか、フローディアはついと顔を窓の方へ向けた。


 時間とともに空の高みへと昇っていく太陽から、燦々と降り注ぐ日差しに二人で目を細める。


「ただね、傷の治りが、今までに比べてかなり遅いのですよ」


 伯母は窓の外を見詰めたままだった。


「このくらいの傷なら、大した手当などしなくても、二日くらいで完全に治る筈なのに」


 だから、伯母は護衛される側でありながら、アルフレッドを庇ったのだ。しかし、三日目の今朝もまだ、傷口は痛々しいままだった。


「わたくしたちの魔力が無くなったことで、呪いにも影響があったのでしょうね」


 肩に巻かれた包帯をそっと撫でる。


「複雑ね。呪いのせいで、これまでに親しい人たちを何人となく見送ってきた。それはそれで辛かったのだけど、今は、なんだかとてつもなく怖いのですよ」


 伯母の目から、ひとつ、ふたつと、涙の滴がこぼれ落ちるのを見て、セルフィナは思わず、彼女に抱きついた。


 彼女の恐怖するものの正体は、ただ単純に、いずれ朽ちていくものに変化したであろう彼女の体にではなく、長い時とともに、果てしなく複雑に絡み合ったものなのだ。


 セルフィナは、ただ黙って、フローディアに寄り添い続けた。

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