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プレシア  作者: 南条祝子
〔黒い神官編〕第三章 魔女の足跡
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第三章 魔女の足跡〈3ー1〉

 元来た道を駆け抜け、二人は吹き抜けのある祭壇の間まで戻った。


 生け簀の部屋に行く直前、フローディアとフェニアは祭壇の近くで揉み合っていた。迷わず視線を祭壇の辺りに送る。しかし、そこに姉妹の姿はなかった。


 二人の姿を探して、セルフィナとアルフレッドは慎重に一歩ずつ進んだ。自分たちが離れたばかりに、フローディアが敗北するなどあってはならない。はやる気持ちを堪え、東屋を出て、吹き抜けまで進んだ。


「どこだ?」


 呼び掛けるには小さな声で、セルフィナは胸にこみあげる不安を打ち消そうとした。それに応えるかのように、アルフレッドが「あれだ」と東屋の脇を示した。


 祠の外壁に向かって赤毛の女が立っている。その女と石壁の間に、フローディアが押さえつけられていた。


 短刀を手にした手は壁に押しつけられ、もう片方の手で、首元を探るフェニアの手を引き離そうとしているのが見えた。


「あれを、指輪をよこせ!」


 フェニアは力任せに、フローディアの首元の装飾を引き千切って叫んだ。その手首からは腕輪がなくなっている。新たな媒介の腕輪を破壊するのに成功したようだ。だが、そのために、フェニアはかつての媒介を取り返そうとしているところなのだろう。


 戻ったことを気付かれていないのを幸いに、セルフィナは首元に手をやった。フローディアから預かった指輪は、間違いなく、服の下に収まっている。


 思い立って、セルフィナはアルフレッドの背後に身を隠した。何事かと振り向いたアルフレッドに、人差し指を唇に当て声を出さないように示すと、フローディアたちの様子を見ていろと身振りで合図した。


 そうして、手早に指輪を引き出すと、鎖を外し、利き手の人差し指に嵌めた。


 首にぶら下げていては、もし、鎖を引き千切られてしまったら容易く取り返されてしまう。指に嵌めておいた方がより安全だ。


 腰の小物袋から薄い皮の手袋を引っ張り出し、急いで右手を捩込んだ。これで指輪は見えない。


「陛下を助けないと」


 背後からセルフィナが出たのを見て、アルフレッドが告げた。


 頷きあって、駆け出そうとしたとき、視界の端を白いものが横切った。それは真っ直ぐに、石壁でフローディアを押さえつけているフェニアに突進していく。それがヘレンだと気付いたときには、既に猛然とフェニアにその身を投げつけていた。


 不意の体当たりを受け、赤毛が宙を踊る。フェニアはヘレンもろとも、石畳の上に横倒しになった。


「ヘレンのやつ、なにやってんだ」


 意外な行動に面食らいつつ、セルフィナは慌ててヘレンの方へ駆け出した。


 しかし、辿り付くよりも前にフェニアが押し退ける。


「邪魔をするな」


 血のような赤い爪に彩られたフェニアの白い手が、ヘレンの頬を勢いよく打った。


 けれど、ヘレンは声も挙げることなく、赤くなった頬にも構わずに、フェニアを見た。


「私への教えは、全て偽りだったのですか」


 ヘレンの中で何かが吹っ切れたような、そんな声音だった。


「言っただろう。私ははじめから、お前のその魔力を血の儀式で私のものにするつもりだったと」


 感情のない冷たい言葉にヘレンは双眸を歪めた。


 そこへ、フェニアは再び手を挙げる。喉の奥から細い悲鳴をあげたヘレンを更に突き飛ばし、壁際でへたりこんでいるフローディアに足を向けた。


 ヘレンは体当たりをしたときに足首を痛めたのか、立ち上がれずにいた。僅かに顔をしかめた後で、赤く腫れた頬をフェニアに向け、手をついてそちらへにじり寄っていく。


 その間にも、フェニアはフローディアから短刀を取り上げ、改めて指輪の在処を探り始めた。もはや腕力で抵抗するのもやっと様子だったが、必死に指輪を探す姉を嘲笑った。


「ここにはないわよ」


 その言葉に、フェニアは恐ろしい形相でフローディアの髪を乱暴に掴み、顔を引き上げた。


「どこへやった」


 掴んだ髪を横に引っ張り、もろともに引き倒した。床に放り出されたフローディアは、声にならぬ声で低く呻いてその場うずくまる。這うような体勢で顔を上げたが、唇の両端はしっかりと引き結んだまま、答えようとしなかった。


「そうか、ならば、こうしてやる」


 フェニアが右腕を振り上げた。その手でフローディアから取り上げた短刀の刃が煌めいた。


 ヘレンを支えながら立ち上がったセルフィナは、その光景に息をのんだ。


 しかし、フェニアはその手を振り下ろさなかった。覆い被さるようにして、アルフレッドがフローディアを庇ったからだった。


「退け!」


 忌々しそうに声を震わせ、フェニアが叫んだ。


「退かしたいなら、刺せばいい」


 振り向きざまに、アルフレッドは毅然と言い放った。君主を守るのが役目の者として、語気に迷いはなかった。反撃もできるような体勢もとっているあたり、抜かりはない。


「ふん。器は無傷でとっておきたいところだが、仕方ない」


 フェニアは再び短刀を掲げ、今度は躊躇うことなく、それを振り下ろした。


「駄目よ、アルフレッド!」


「陛下!」


 一瞬だった。


 フローディアは力を振り絞り起きあがると、空を切る短刀に身を投げ出したのだ。刃はフローディアの衣装もろとも、肩を切り裂いた。


 見る見るうちに、切り口から衣装が真っ赤に染まっていく。


 か細く激痛を堪える声を喉から絞り出し、フローディアは堅く閉じた目蓋を弱々しく開けてアルフレッドの無事を確かめた。


「陛下、なんてことを……」


 守るべき主の行動に戸惑っているところへ、フェニアが再び短刀を振りかざした。すぐさまフローディアを背後に隠したアルフレッドは、反射的に剣を抜いて降りてくる刃をなぎ払った。


 短刀はフェニアの手を離れなかった。姿勢が崩れたが、数歩よろめいただけだった。


 その隙に、セルフィナはヘレンを壁際に連れて行くと、今度はフローディアの元へ駆け寄った。


「なにやってんだよ、フローディア」


 そう言って、自分の上着のサッシュと、さっきアルフレッドが腕に巻いてくれたサッシュを外した。彼女が自ら傷つけた腕の出血は殆ど止まっていた。


 急いで自分のサッシュを傷口の大きさに畳んで、止血しようとすると、フローディアがそれを制止するようにセルフィナの手を掴んだ。


「セルフィナ、私のこの血で、あなたが血の儀式をしてちょうだい」


 傷の痛みからでもなく、フローディアは声を落としてそう訴えた。


「えっ? 俺が?」


 セルフィナは目を丸くした。魔術の心得はおろか、その存在さえ信じ切れていない。まして、方法など知る由もないというのに。そして何よりも、媒介はフェニアのものなのだ。


「迷っている時間はないの」


 セルフィナの肩の向こうに視線を向けて、フローディアは言った。彼女の目が示す方へ振り返ると、フェニアに応戦しているアルフレッドの姿があった。あろうことか、苦戦している。


 フェニアの武器はフローディアから取り上げた短刀ひとつだ。訓練で何度かアルフレッドと手合わせしているものの、負け越しているセルフィナにとっては目を疑う光景だった。


 実際には、アルフレッドは自身の体を動かすこと自体に苦戦していた。片手で剣を操るなど造作もない筈が、両手で必死に持ち上げようとしているのに、それさえままならない。足も意志に逆らってなかなか床から上がろうとしないのだ。


 魔術か、はたまた催眠術か。そんな光景を目の当たりにすれば、もう、四の五の言ってはいられない。


「指輪は、あるわね」


 呼び掛けられ、セルフィナは視線を戻して頷いた。

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