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詩音×薫

「羽美ー。今日も来たよー!」

 元気の良い声が狭い部室内に響く。勢い良く開けた入り口のドアが引き戸式だったら、もっと大きな音が鳴っていただろう。

 詩音が文芸部に入部してから一週間が経った。入部初日は仮にも部長に不審な挙動をしてしまった事があったが、それでも部長の羽美は初めて話した時と変わらず笑顔で接してくれている。

 詩音にはそれが嬉しかった。

 彼女の事を友達として『好き』になれた事が、こんなに自分の心を明るくしてくれるものだと思っていなかった。

 今ではお互いに下の名前を呼び捨てで呼ぶ関係になっている。最早、詩音にとって部室で羽美に会う事が目的になっているといっても過言ではない。

 しかし――いつも長椅子に座っている筈のその友人の姿はなく、代わりに男子が一人居た。

「野沢君……」

「ん?」

 詩音はドアノブに手を掛けたまま呆然となり、薫はたった今彼女の存在に気付いたかの様に本から顔を上げた。

 入部一週間とはいえ、まだ詩音と薫はロクに話した事がない。いつも部室に行けば、羽美と幼馴染の光一が居るので、話さなくても何とか場を保てた。だが今日に限って頼りの二人が居ない。

「気まずい」

「……そういう事は声に出すな」

「あ」

 はた、と詩音は片手で口を覆った。失言だった。心の中で言うつもりが思いっ切り口に出てしまった。

 なるべく彼とも仲良くしておきたいのが詩音の本音だ。あの羽美でさえ、ちゃんと薫と話しているのだ。きっと何処か気の合う所がある筈だ。

「いや、あの。別に野沢君が嫌っていう訳じゃないのよ」

 取り敢えず詩音は慌てて弁解する。

 しかし、話し掛けられている本人は意に介さない様子だ。

「き、聞いてる?」

「今読書中。見れば解るだろ。邪魔すんな」

 ――返されたのは容赦のない文句。

 ピキッ、と詩音の中で何かが割れる音がした。

「そんな言い方ってあるう? 野沢君、もうちょっと人に優しく出来ない訳!?」

「優しくされるのが目的なら幼稚園行け。いや、幼稚園でも保育園でも先生に怒られる時は怒られるが」

「な……ッ!」

 詩音は両の拳を握り締めた。握り締めた拍子に生命線の辺りに爪が食い込んで少し痛んだが、そんな痛みに構っていられない。

「ア、アンタ友達失くすタイプね。へーふーんほー。可哀相な人間ですこと」

「うるせえっつってんだろ、ブス」

「ブ、ブスぅ? ふざけんなっ。どんだけ人を怒らせれば気が済むのよ」

「静かにしろって言ってる時点で黙れば、こんな無駄な言い争いはしなくて済んだ。ムキになって言い返した俺にも非はあるが、根本的にお前が悪い」

「根本的って何よ! 理屈っぽい男は嫌われるわよ」

「別に好かれようと思っちゃいない。どうぞ、嫌うなら嫌えば良い」

「――ッ! アンタ、いい加減にしなさいよ!」

 そう言って、詩音は拳を振り上げた。

 彼女のその拳は、大の男を何年も平伏せてきた伝説の拳だ。万が一避けられたとしても、そこで拳の狙いどころがずれる事はない。スピードは衰えない。当てる所に当てるまで振り下げる拳の勢いは止まらない。何と言っても、カーブが出来るのだ(勿論腕があらぬ方向に曲がる訳ではない)。

 詩音は薫の頬を狙う事にした。

(どりゃあああっ)

 今度こそ心の声を表に出さないように、詩音は歯を食い縛って静かに叫んだ。


 ガッ


「!?」

「……チッ」

 薫が舌打ちする。彼の頬は無傷だ。詩音の伝説で黄金の拳は――彼の手の平にめり込んでいた。彼女は一時停止したまま、暫く呆気にとられた。

「止めた……私のパンチを……貴方は一体?」

「いや、完全に普通の高校生ですけど」

 思えば今まで拳を奮ってきた近所の悪ガキや幼馴染が弱過ぎたのだ。詩音も女子である。そろそろ男子の腕力に劣ってきたのだろう。

 だが、こんな見た目から明らかにひ弱な細い男子に、必殺奥義を止められるとは思わなかった。

「なかなか、やるわね」

 詩音は素直に彼の意外な強さを認めるしかなかった。

「訳解んねえ」

「あーうん。あたしも何だか解らなくなってきたわ」

「ところで早く拳、退けてくれないか。頭ぐりぐりされる様な痛みがじわじわとくる」

「おっと、ごめん」

 パッと手を離し、何となく詩音は開放した手の甲で顎を撫でた。

「でも! あたしの怒りはまだ収まっていないわ。手を上げても応えないなら仕方ないわ。別の何かで勝負よっ」

「本来の目的すらよく理解出来ないんだけど」

「いいから、とにかくあたしの気が済むまで付き合いなさいっ! ……ところで、さっきからあたしが何しても離さないその本は何なのよ、小説?」

「いや、カードゲームブック」

「カードゲーム?」

 詩音は半ば無理矢理、薫からやたら分厚い本を取り上げて中身を読む。

「? 何ていうやつ? ハンバード?」

「いや、デュエルハンターズっていうやつ。本返せ」

「はあ、何それ」

「説明すんのめんどい」

 そう言って、薫は本を詩音の手から取り返す。長椅子にちょこんと座る彼女は、何故かにやりと笑っていた。

「……ねえ、そのカードってある?」

「デッキなら一応、光一が持って来いって言ったヤツがあ――え、まさか」

決闘デュエルよ!」

 目を輝かせる少女を横目に、少年は大きく溜息を吐いた。


 昇降口で掃除をしていた羽美は、行き当たりばったりで光一を見つけた。

「あれ、光一君」

 珍しく、羽美は自分から声を掛けた。呼ばれた彼は財布を片手に肩越しに振り返り、気付いて羽美の方へ駆け寄ってきた。

「羽美っち。今、掃除中?」

「うん。でも、もう終わりだから。そろそろ部室の方に行こうかなって」

「じゃあホウキ置いて来てから、コンビニ付き合ってよ。今日は皆でデザートでも食べようと買いに行くトコなんだけど」

「わあ良いね、それ。うん。ちょっと待ってて」

 思わず両手を重ね合わせて喜ぶ羽美に、光一は穏やかに笑いかけた。


 ――コンビニで新発売した商品に気を取られ、デザートを選ぶのに彼是かれこれ三十分も要した二人は、遅れて部室に入った途端に唖然とした。

「ダブルブレイカー」

「あーっ。狡いわこのバカ!」

「狡くも何もない。お前の戦略が弱いんだろ」

「ふん。まだシールド二枚も残ってるわ。負けないんだからー!」

 仲良くなるにもまだ暫く時間が掛かるだろうと思っていた二人が、暢気にしかも楽しそうにカードゲームをしている。その光景に、羽美は思わず口元が緩むのを両手で隠し、光一はその場でしゃがみ込み背中を震わせて爆笑を堪えた。

「はっ。羽美、光!」

「あ、薫君。それ、私が弟に借りてきたデュエハ?」

「え」

 羽美はテーブルの上で綺麗に並べられているカードを指差して言った。その彼女の言葉に詩音は頬から力を抜いて、疑問符を浮かべた。

「え、ええっ。これ、薫のカードじゃないの!?」

「誰が俺のだっつったよ」

 言われてみれば、薫は光一に言われて持参したとは言ったが、それに主語はなかった。

 光一は未だに笑いをくっくっと堪えながら説明する。

「あー羽美っち、ホントに持って来てくれたの? 俺のは随分前に母さんが捨てちゃってからさー。さすが風間弟は物持ちが良い」

「う、うん。私もやり方知ってるから。薫君にはゲームブック読んで貰って、詩音には口頭で説明して一緒にやろうかなって思ったんだけど……」

「詩音がカードゲームなんてハマれるかっていう問題と、説明する手間が省けたな。じゃ、お前らのゲーム終わったら交代しろよー」

「あたしと薫のゲームがすぐ終わると思ったら大間違いよ」

「俺としては早く終わらせたいんだが」

「くーっ。その余裕さムカつくう!」

「二人とも、頑張れー」

 光一は詩音の隣で胡坐をかき、薫は頬杖をつく。詩音は手札の五枚のカードを睨みつけ、羽美は薫の隣で足を揃えて座って、声援を送った。

 そして詩音はいつから自分を下の名前で呼んでいたのだったか。数分前の事からの筈なのに、薫は思い出せなかった。

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