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第七十九話 花祭り part 2

 夜になって、すっかり灰色に染まった建物と建物の間をひた走る。屋台の明かりに慣れた目には、路地がことさら真っ暗に見えた。

「ええっと。ところで、宿はどこだっけ?」

 このあたりは迷路のように道が細かくて、似たような建物が多い。シーアは肩をすくめて、困った顔をした。

「さあ……」

「ええっ。じゃあどこに向かって走ってたのさ」

「お前が脇目も振らずに走っていくから、わかってるかと思ってた」

 シーアの肩に乗ったデュークも「ピイ?」と鳴いて首を傾げた。ぼくにはデュークの言っていることはわからないけど、多分シーアと同じことを言ってるんだろう。

 なんて人任せなやつらなんだ!

 ともかく、これじゃ助けを呼びに行けない。ぼくたちは困ってしまった。

「エンノイア、シーア!」

 そのとき、耳慣れた声に呼び止められて、ぼくはほっとした。リュクルゴスだ。もう宿の外に出ていたらしい。彼はぼくたちの姿を認めると、表情を緩めた。

「無事でよかった。アーサーは宿で怪我人の手当てをしているよ」

 それからぼくたちは、広場へと引き返し始めた。来た道は正確には覚えていないけど、音の聞こえる方向から広場の位置は大体見当がつく。

「まさか祭りの日にまで魔物が出るなんて」

 ぼくが言うと、リュクルゴスは苦笑した。

「なかなか休ませてはくれないみたいだな。しかし俺たちだけで守りきれるかどうか……」

 この町には討伐隊も神官もいないからな。リュクルゴスがそうぼやいたときだった。ぼくたちは町の人たちと思しき男たちのグループとすれ違った。逃げているのではなく、むしろみんな広場の方へと向かっている。リュクルゴスは彼らに声を掛けた。

「おい、聞いていないのか。広場で魔物が暴れているらしいぞ。行かない方がいい」

 男たちは顔を見合わせた。アイオリア語がわかるらしい一人が仲間に通訳して、それからリュクルゴスに向き直って言った。

「だから倒しに行くんだよ」

「なんだって?」

 ぼくたちは驚いた。確かに腕っぷしは強そうな人たちだけど、彼らは兵士でも神官でもないし、そもそもその手には武器すら握られていない。

 よく見れば、彼らは夕方に酒場で飲んでいた港の労働者のようだった。酒場で飲んだ後しばらく寝ていて、ちょうど今繰り出してきた――といったところだろう。焦っている様子もなく、それこそ祭りにでも向かうみたいにのんびりとした様子だ。

「ずいぶん慣れた様子だな。魔物の襲撃は多いのか?」

「ああ。最近は十日に一度は来るね」

「十日に一度だと? アイオリアよりもひどいな。これもバイバルスの仕業なのか……?」

 なんだかんだと話しているうちに、広場に着いてしまった。ゴブリンたちは相変わらず暴れ回っていて、屋台をひっくり返したり、散らばった食べ物に群がったりしている。右往左往する人たちに紛れて正確にはわからないが、少なくとも十匹くらいはいそうだ。

 でも、よく見るとなんだか様子が変だ。怖がっているのは異国風の装束の人ばかりで、地元の人たちは笑っているように見える。そしてぼくたちと一緒に来た男たちの姿を見るなり、口笛を吹いたりはやし立てたりし始めた。

「***」

「***!」

 男たちは何事か打ち合わせると、躊躇なく広場の中心に突撃していった。リュクルゴスはそれを慌てて引き止めた。

「おい、武器も持たずに行ったら危ないぞ」

「まあ見てろって。おい、アルゴ!」

「へいへい」

 ヒゲ面の男が屋台から何かをかき集めて、次々に周りの人たちに投げ渡し始めた。それはよく見れば、出店のゲームに使うボールに、パチンコに、おもちゃの木剣。

「一体なにが始まるんだ?」

 それから繰り広げられた光景は、ぼくたちを驚かせるものだった。

 男たちの合図をもとに、みんなは手にしたものをゴブリンに投げつけ始めた。しょせんおもちゃなのでひとつひとつは大したダメージではなさそうだが、突然の集中砲火にゴブリンは驚いたようだ。唸り声を上げて棍棒のような剣を振り上げるが、タイミングよく差し出されたお店の看板に突き刺さった。一人の男が煽るようになにかを言って走ると、ゴブリンがその後を追いかける。すかさず両側からカラフルな長いリボンを持った二人が駆け寄って来て、ゴブリンはそれに足を引っ掛けてすっ転んだ。倒れ込んだゴブリンに、今度はみんなが一斉にビールをかける。ゴブリンは酔っ払って、立ち上がろうとしてまた転んでしまった。

 いつの間にか、すっかり人間たちにしてやられている。初めはぼくたちと同じように目を丸くして立っていた他の外国人らしき人たちからも、笑いが起き出した。なぜか舞台のほうから音楽まで流れ始めて、広場はますます白熱してきた。

 呆然と立ち尽くしていたぼくは、シーアと顔を見合わせた。

「ええっと……どうする?」

「どうするって……」

 シーアは弓を背中に背負い直した。ぼくは剣をしまった。おもちゃで戦う町の人たちを見ていたら、なんだか本当の武器を使うのが野暮みたいな気がしてきたからだ。

 シーアは射的で使うおもちゃの弓を店主からもぎ取った。先の丸くなった矢がゴブリンのこめかみに命中する。もちろん致命傷にはならないけど、それなりに痛いようで、ゴブリンはピーピー鳴いて逃げ出した。

「お兄ちゃん、うまいねえ!」

 うそぶく店主にシーアは指を突きつけて言った。

「それ見たことか。これ終わったら今度こそぬいぐるみを落としてやるからな!」

 夢中になってボールやパチンコをぶつけていたら、いつの間にかゴブリンたちは見当たらなくなっていた。

 ぼくたちは広場でリュクルゴスと合流した。

「よくやったな!」

 リュクルゴスは両手でぼくとシーアの頭をわしわしと撫でた後、そのまま手をグーにして小突いた。

「いてっ」

「なにするんだよぉ」

「で、お前らはなんで部屋にいなかったのかなあー?」

 ぼくはリュクルゴスたちに隠れて祭りを見に来ていたことを、今さらながら思い出した。

「そ、それはその……」

「ま、いいよもう。ほら、メインイベントが始まるみたいだぜ。こんな騒ぎがあっても祭りを続けようってんだから、大したもんだな。というより、魔物の襲撃も、こいつらにとっては余興のひとつに過ぎないというわけか……。なんだか、知らない世界を見たようだよ」

 街の人たちはなごやかな様子で片付けを始めていて、もう営業を再開しているお店もあった。花飾りをつけた女の子たちが集まってどこかへ向かっていく。彼の言うように、いよいよ街に花を撒いて練り歩くイベントが始まるようだ。もちろん見たい、けど……。

「もう宿に帰る? 明日は早いし、たくさん歩くから疲れちゃいけないよね?」

 リュクルゴスは顎に手を当てて、ふうむ、と唸った。

「こんな楽しみを目の前にして帰れるわけないだろ? 人外のやつらだって集まってきちゃうくらいなんだからな」

 ぼくはシーアと顔を見合わせた。それはさっき、宿から抜け出したとき、給仕のお姉さんが言っていたことだ。

「聞いてたんだね!」

 リュクルゴスはからからと笑った。

「実を言うと、俺も見に行こうか悩んでたんだ。ちょうど廊下に出たところで、お前たちの声が聞こえてきてさ」

 ぼくは口を尖らせた。

「なあんだ。コソコソして損しちゃった!」

 ステージの上にはさっきの倍くらいの人数の楽団が集まっていた。数人の弦楽器担当がゆっくりと弓を滑らせ始めると、束の間の静寂のなか、音色は石畳に反響して広場の奥の奥まで染み渡った。徐々に曲のテンポが上がっていき、辺りは溢れんばかりの期待感に包まれた。

 そしてついに花の妖精に扮した女の子たちが姿を現した。周りから歓声が上がる。女の子たちはめいめいに踊りながら、列を成して広場の中ほどまで進んできた。演奏に笛と太鼓の音が加わって最高に盛り上がったとき、最前列の数人の女の子が、花カゴのなかの花びらを高く舞い上げた。後ろの女の子たちも順番に、次々と花びらを投げていく。桃白色をしたチェシュの花びらは、月明かりのなかをくるくると回転しながら、雪のようにぼくたちに降り注いだ。あっという間に、広場は花でいっぱいになった。

 それから女の子たちはどんどん歩いていって、人にも、お店にも、花びらを投げかけていった。広場が花色の絨毯で埋め尽くされると、周りの路地のなかにも進んでいく。ぼくたちはその後を走って追いかけた。

「お前、頭に花びらついてるぞ」

「シーアだって!」

 不思議と笑いが止まらない。まるで彼女たちが幸せを分けていっているかのように、花を投げかけられた人たちは次々と笑顔になっていった。

 それからしばらくして、ぼくたちは人気(ひとけ)の少ない高台に移動することにした。ここからなら街を一望できる。広場は人々の熱気で暑いくらいだったが、ここは夜風が涼しかった。

「シーア、こんなに人に囲まれちゃって平気? 今さらだけど」

 器用にも塀によじ登ったシーアは言った。

「……わからない。こうやって楽しそうな姿を見ていると、こいつらも俺たちと変わらないんだなって、悪い人間ばかりじゃないんだなって、そう思えるけど、もしも窮地に立たされたら、どんな風に牙を剥くかわからないんだよな。俺は、それが怖い」

 一枚の花びらが、風に乗ってほおをかすめていった。ぼくはほんの少し寂しい気持ちになりながら、けれども冷静にその言葉を聞いていた。

「わかる……気がする」

 でも、と彼は付け加えた。

「今日は本当に楽しかった」

 こうして上から見ると、この街は広場から放射状に路地が伸びていることがわかった。この街はまるで一輪の大きな花のようだ。女の子たちは、まだ花を撒いて回っている。

「綺麗だね」

「そうだなぁ」

 ――エレナにも見せてあげたかったな。

 ぼくとシーアは残念賞のキャンディーを食べながら、街が花色に染まっていく様子を、夢のなかの出来事のようにぼんやりと眺めていた。

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