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第六十九話 トロッコ

 その夜、簡単な食事を摂ってから、洞窟に向かうことになった。清々しい海風を受けながら、島を縁どるようなごつごつとした岩場を下っていく。

 やがて、海に面しぽっかりと口を開けた洞窟が現れた。天井から落ちる水滴の音が、穴の奥まで響き渡る。ぼくたちは、ひんやりとした空気に緊張しながら進んでいった。

「この洞窟って一体どれくらいの長さなの?」

 ぼくが問いかけると、エレナは首を傾げた。

「さあ……。奥までは行ったことがないから……」

「エンノイアくんが神殿を見たという地点との距離から考えると、そんなに短くはないでしょうね」

 アーサーが言った。ぼくたちは念のため、船から食糧などを持ってきていた。

 エレナに付き従って右へ左へと曲がって行くと、地面や壁にヒトデがびっしりと張りついたところに出た。

「気持ちわる……」

 踏まないようにヒトデとヒトデの間に足を置いたとき、一匹がものすごいスピードで動いたのが目に入った。気づいたときには目の前に星型の影が迫っていた。

 ――むぐっ。

 ぼくは一瞬わけがわからなくなった。顔にヒトデがぺったりと張りつき、息ができない。

「絶対動くなよ」

 シーアが恐る恐る短剣を近づける。ぼくは喉の奥でうなった。なにしろ顔の側なのでかなり怖い。頰に金属のひやりとした感触がしたかと思うと、シーアはヒトデをこそぎ落とした。鼻と口が開放されると一気に酸素が流れ込んできて、ぼくはむせた。

「死ぬかと思った……」

「怪我はないか?」

 シーアがそう言うので顔を上げる。すると、彼はいきなり噴き出した。

「人の顔見て噴き出すなんて失礼な!」

「いや、だって、あと、赤くなってるし……」

「ええっ」

 シーアはしゃべりながらも笑っている。

 顔の真ん中がヒリヒリする。どうやら吸いつかれたところが星型に赤くなっているらしい。エレナもこっそり笑っていた。

「海からのモンスターがこんなところにまで侵入してくるんだな。気をつけないと」

 リュクルゴスが言った。それから、ぼくたちは一匹一匹を松明の火で焼いたり突き刺したりしながら進んでいった。

 やがて人工的な雰囲気のする空間となった。床は傾斜になっていて、ひたすら下っている。なるほど、これで海に沈む神殿の地下まで繋がっているというわけだ。

 壁や天井が簡素な石のアーチで補強してあるものの、ほとんど土がむき出しで、このトンネルが急ごしらえでつくったものであることは明らかだった。

「一体なんのために掘ったんだろうな」

 リュクルゴスのつぶやきに、答えられる人はいなかった。一番事情に詳しいと思われるエレナも、首を傾げただけだった。

 考えごとをしながらぼうっと先頭を歩いていたぼくは、変なものに蹴つまずいた。

「わっ。いきなり止まるな……」

 後ろから来ていたシーアが文句を言っていたが、すぐに同じものに気づいて言葉を失う。

 床に堂々と仰向けに横たわった巨大な人型――それはゴーレムだった。ずんぐりとした体型に、胸にはまった宝石。アトラス神殿でシーアやぼくを苦しめたやつらと、ほとんど同じ姿をしている。

 ぼくたちは――特にゴーレムの恐ろしさを身をもって知っているぼくとシーアは、ゴーレムから距離をとって寄り集まり、緊張しながら見守った。

「これは面白い。きみたちの話を聞いて、一度観察してみたいと思っていたんですよ。前回はよく見れなかったので」

 アーサーはそう言うと、ずかずかと歩み寄った。臆することなくゴーレムを撫でたりつついたりする彼に、ぼくたちは驚いた。

「こ、怖くないの?」

「いえ、このゴーレムはもう壊れているようですよ」

 そう言われて、目を凝らす。よく見ればこいつはずいぶんくたびれているようだ。腕はすり減っているし、胴体のあちこちは欠けている。ぼくたちはほっとして、ようやく近寄ることができた。

「おーい、こっちにもなにかあるぞ」

 リュクルゴスの声のするほうに行くと、そこには大きなトロッコがあった。金属製で、古びてはいるが不思議と錆びてはいない。足元の線路は奥へ奥へと続き、暗闇のなかに消えていた。

「これで資材やなんかを運んだんだろうな」

「長い距離を掘るための工夫ですね」

「これ、なんなの?」

 ぼくたちがなんだかんだと言っているなか、エレナはトロッコを不思議そうに眺めていた。車輪を回そうとしてみたり、線路の隙間を跳んでみたりしている。ぼくはびっくりしたけど、彼女はこういったくるま・・・を初めて見たんだろうということに気づいた。

「これはトロッコっていって、線路の上を走らせて物を運ぶのに使うんだよ」

 一応説明してみるが、あまりピンときていない様子だ。ぼくはちょっぴり楽しいことを閃いて、エレナの手をつかんだ。

「乗ってみようよ!」

「え?」

 困惑した顔で見つめ返すエレナ。ぼくの提案に、リュクルゴスたちも賛同した。トロッコの箱は、みんなが乗っても十分なくらいに大きい。全員が乗り込んだあと、ぼくはブレーキと思しきレバーを起こした。わずかに上下して、トロッコは緩やかに前進した。

「すごい。ひとりでに動くなんて!」

 エレナは感動していた。

 ぼくは箱の先頭に張りついた。断続的に硬い車輪の振動が伝わってくる。だんだん傾斜が増してスピードが上がってきたので、すこし身構えた。正面から暗闇がぐんぐん迫ってきて、土くさい風が吹きつけてくる。代わり映えのしない無機質な石のアーチが、頭の上をいくつも通り過ぎていく。

 今度は後ろを見てみよう……と箱の後方に移動したときだった。暗闇のなかからドスンドスンと音が聞こえる。しかも、どんどん近づいてくるようだ。

「なんだ……?」

 リュクルゴスが松明をかざすと、そのうちに土色の人型が浮かび上がってきた。なんと壊れていると思っていたゴーレムが後ろを追いかけてくるではないか!

 車輪の上下とは別のリズムの振動がトロッコを追いかけてくる。彼は怒っているのか、あたりの壁を手当たり次第に壊していた。

「ど、どうしよう」

「俺に任せろ」

 シーアが胸の宝石を射ようと弓を構えた。同時に、迫り来るゴーレムの長い腕が目に入った。

「シーア、危ない……」

 攻撃をかわそうとしたぼくたちを襲ったのは、思いがけないものだった。大量の土だ。頭の上から石混じりの土が降ってきた。かろうじて見上げると、ゴーレムが壁から掘り出した土を次々にトロッコに入れていく様子が見えた。

「ぶはっ」

「なにするんだ!」

 トロッコのなかはだんだん土だらけになって、ぼくたちは腰まで埋もれた。当然、シーアの攻撃は中断せざるをえなかった。

 次にゴーレムの腕が迫ってきたとき、リュクルゴスは剣を叩きつけた。しかしやつは全く動じることがなく、ぼくたちはあえなく再び土をかぶることとなった。

 ゴーレムはそうしてひとしきり土を降らせると、足を早めて、さらにトロッコに接近してきた。

「も、もっと急いで!」

 トロッコに頼むが、言うことをきくはずもない。ゴーレムはトロッコの真後ろにくっついてきた。そしてなにを思ったかおもむろにトロッコの端をつかむと、そのまま走り始めた。

「う、わあああ」

 トロッコはぐんぐんとスピードを上げていく。

「おお、押してくれるみたいですね!」

「やめてくれええ」

「きゃああああ」

 正面からびゅんびゅんと風が吹きつけてくる。車輪と線路が激しく擦れる音がする。ぼくたちは振り落とされそうになるのを必死で耐えた。そうしてトロッコは数分走り続けた。

 このスピードにもようやく慣れたころ、トロッコは急停止した。ぼくたちは惰性であちこちを激しく打った。

 ――なんか、いやな予感!

 そう思ったのもつかの間、今度はトロッコが盛大にひっくり返された。ぼくたちは勢いよく放り出されて、お尻を打つことになった。その上からさらにトロッコ内の土が降ってくる。

「げほげほ。まったく、なんなんだよ〜!」

 ぼくは口に入った土を吐き出しながら顔を上げた。あたりにはなぜか他にもいくつかの土の山ができている。線路は終点になっていて、その先にもまた土砂が積もっていた。

「行き止まり……?」

「いや!」

 アーサーは一番先に土から這い出て、息を荒くしながらそれをどかし始めた。

 奥から現れたものに、みんなは息を呑んだ。規則正しく積み上げられた白い石――神殿の壁だ。さらに土砂を掻き分けていくと、大理石のブロックがいくつか取り除かれて、人ひとりが通り抜けられるほどの穴が空いていた。

 アーサーはそのなかを覗き込んで、興奮しながら言った。

「なかは無事ですよ! 壊れても、浸水してもいないようだ」

「ほんと!?」

 ぼくも壁に駆け寄って覗き込んでみた。真っ暗でよく見えないが、広い空間になっているのがわかる。壁の向こう側は時が止まっているかのように、シンとした空気に満ちていた。

 ぼくたちが喜んでいると、背後から物音が聞こえた。すっかり存在を忘れていたゴーレムが、持ち上げたトロッコを線路に戻していたのだ。

 はっと身構えるぼくたちをよそに、アーサーは気楽そうに言った。

工事用・・・ゴーレムだったんですね。早く移動できたうえにこんな貴重なものが見られるなんて」

 壁を掘って、トロッコに土を積んで、それを運んで……。確かに彼がやっていたことは工事以外の何者でもない。ぼくは力が抜けるのを感じた。

 ゴーレムはもうぼくたちには目もくれず、トロッコを反対方向に押しながら帰っていた。

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