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第五十八話 残酷な真相

「まさか……生きていた、のか!?」

 困惑とわずかな期待をはらんだエヴァンスの声が、洞穴内にこだました。

 しかし、彼らはなにも答えない。五つのローブ姿のシルエットが押し黙ったまま立ち並ぶさまは、異様だとしか言いようがなかった。

 町のみんなやリュクルゴスたちのほうを見ると、彼らは驚きというより恐れの表情を成している。司祭たちの様子が普通でないのは、誰の目にも明らかだった。

 しかしエヴァンスは、まるでなにかにとり憑かれたようにふらふらと歩み寄った。

「生きているならなぜ戻って来なかった? 俺は一人で大変だったんだぞ。町のやつらを守るのにどれだけ苦労したか……」

 守ってなんかいなかったくせに。そう言いたくなるのをこらえて、ぼくは様子を見守っていた。

「エヴァンス、ご苦労でした」

 司祭からのねぎらいの言葉に、エヴァンスは引きつった笑みを浮かべる。

「町の者たちをおびき出してくれて助かりました。ねずみのようにコソコソと逃げ回るので、なかなか捕まえられなかったんですよ」

「な、なにを言ってるんだ……!?」

 それは一瞬の出来事だった。司祭のローブの袖から青白い手がにゅっと突き出ると、混乱していたエヴァンスの首をすばやくつかんだ。

「あ、が、が……」

 強い力を込めているようには見えないのに、みるみるうちに首が絞められていく。首に回された指を引き剥がそうとするエヴァンスの手はしかし、司祭に触れることができなかった。

 誰も動けず、どうすることもできない。とうとうエヴァンスは白目を剥いて意識を失ってしまった。

 一瞬にして恐怖が洞穴内を支配する。

 司祭はエヴァンスを乱暴に投げ捨てると、ゆっくりと顔を上げた。初めは普通の人間のように見えた顔は次第に青白くなり、目は異様に落ちくぼんでいった。

 おぞましい顔がぼくに向けられた。

「おやおや、せっかく見逃してあげたのに」

 後ろの神官たちがクックと笑う。背筋をなぞられたように鳥肌が立った。

 いきなり神官の一人が飛びかかってきた。すんでのところでそれをかわし、とっさに彼を振り払ったぼくの手が彼のローブを剥ぎ取る。その下には、透き通った青白い体があった。

 洞穴のあちこちから悲鳴が上がる。

「一体これはどういうこと!?」

 ぼくの叫びに応えたのは、アーサーの冷静な声だった。

「助けを求めて外へ出た神官たちでしょう。レイスに殺され、彼らもまたレイスとなってしまったのですよ……。それでなに食わぬ顔をして町で暮らしていたのでしょう。見つからないように穴の場所を転々としていたのですが、さすがに騒ぎすぎましたね」

 彼は初めからわかっていたことかのように、淡々と話した。

「全然気がつかなかった……」

「神官は元から魔力が高いせいか、レイスとなっても意識がはっきりしているようです。といっても、元の彼らとは似ても似つかぬ邪悪なものに変貌してしまったようですが」

 ぼくは全身が総毛立った。ぼくたちがタレスに着いたとき、すでに町はレイスに占領されていたんだ。ぼくは、なにも知らず神殿で彼らと話していたのか。

「のんきに話している場合ではありませんよ!」

 そう叫んだアーサーに二人のレイスが襲いかかった。アーサーは飛びかかる彼らに杖を向けて、なにかをつぶやいた。地面から小さな炎が湧き起こる。直接炎に触れてはいないが、レイスはわずかにたじろぎ、アーサーから距離をとった。さすがに魔法を使うアーサーは、簡単には襲うことができないようだ。

 リュクルゴスとシーアにもレイスの手が伸びていた。

 リュクルゴスに飛びかかろうとしたレイスのローブを、一本の矢が洞穴の壁に縫い止める。レイスの身体は周りのモノを貫通させるが、突然の衝撃には対応できないのか、レイスは縫い止められたローブと一緒に壁に引っ張られていった。

 リュクルゴスはシーアを見やると、驚きつつも温かい表情でうなずいた。シーアは気まずそうに目をそらす。

 さらにもう一体のレイスがシーアに接近する。あわててさらなる矢をつがえるシーアだが、レイスの動きは早く、間に合わない。

 そこにリュクルゴスがすばやく駆けつけた。彼が剣で大きく薙ぎ払うと、レイスはローブごと吹き飛んでいった。

 しかし彼らが動きを止めたのは一瞬のことで、すぐにローブからするりと抜け出て、今度は二体同時に二人に襲いかかった。すでに足もなく、人間の姿を留めていない。たしかに彼らは異形の者になってしまったようだった。

 シーアはレイスに向けてさらに矢を放つが、ローブから抜け出た彼らにはかすり傷さえ与えなかった。二人は倒すのは無理と判断したのか、アーサーのほうへと走った。

 しかし、アーサーのまわりにはまだ二体のレイスがまとわりついていた。

「アーサー、宝玉を使ってよ! それにはレイスを追い払う力があるみたいなんだ」

 ぼくは一体のレイスの攻撃をかわしつつ、当たるはずのない剣をめちゃくちゃに振り回しながら、アーサーに言った。

 アーサーが先ほどエヴァンスから回収した宝玉を取り出す。レイスたちはエメラルド色の宝玉を見るやいなやひるみ、アーサーから大きく離れた。

 ぼくたちは、その隙をついてアーサーの近くに寄り添うように集まった。

「うわあああ!」

「助けてくれ!」

 すっかり変わってしまった神官たちの姿に、町の人たちは一瞬にして騒然となった。宝玉を持ったアーサーの近くにいればいいというのに、パニックになった彼らは押し合いながら洞穴の奥へと駆け出す。

 それを見たレイスたちはぼくたちを攻撃することをあきらめて、今度は町の人たちのあとを飛ぶように追いかけていく。

 このままでは町の人たちが危ない! そう思ったぼくは、アーサーに言った。

「魔法で倒したくないなんて言っている場合じゃないよ!」

「そうだ。アーサー、なにを考えてる!」

 リュクルゴスも声を上げた。

 しかしアーサーは無言で首を振った。いくら彼らが報われない魂だからといって、目の前の町の人たちを見捨ててまでレイスを守る必要があるのか? ぼくには彼の考えが全く理解できなかった。

 そして町の者に追いついたレイスたちは、彼らにしがみつき、首を絞めたり噛みついたりした。レイスに襲われた人々が、次々に倒れていった。

 母親に手を引かれ走っていた小さな女の子にも、レイスの手が伸びる。

 ぼくは、最悪の状況にめまいがした。

 そのとき突如、天井からどしゃぶりの雨のように水が降ってきた。

 町の人々も、ぼくたちも、そしてレイスたちも、みんなずぶ濡れになり、洞穴の床は足首まで水浸しとなった。

 ぼくはわけがわからず呆気にとられていたが、水を浴びたレイスたちが苦しみ出すのを見て、それがアーサーの魔法であることに気がつく。

「逃げて!」

 アーサーが高い声でそう叫ぶと、女の子の母親は女の子を抱えて、残った町の人とともに洞穴の奥へと逃げていった。

 アーサーの顔を見ると、眉をひそめ悔しそうな表情をしていた。彼はさっき、報われない魂であるレイスを魔法で倒したくはないと言っていた。しかし、女の子を助けるためやむを得ず魔法を使ったのだろうか。

 とはいえ、レイスたちはしばらくすると体勢を立て直したから、比較的ダメージの少ない水の魔法を選んだのかもしれなかった。

 ぼくはため息をついた。アーサーが本気で攻撃しないのなら、このままではぼくたちに勝ち目はない。ぼくたちも町の人たちのあとを追うしかないのか。そう思ったとき、階段をふわりと巨大な影が覆った。

 ――新手のレイスか。

 ぼくたち全員に緊張が走る。

 とっさに岩壁に隠れ、覗き見るようにして様子を伺う。息を潜めて見守るなか静かに現れたそれは、黒いローブを羽織った骸骨だった。手には大きな鎌を持ち、まるでタロットカードの死神のような外見だ。ぼくたちを取り囲んでいたレイスは一斉に壁ぎわに寄った。心なしか、そいつの存在におびえているようにも見えた。

 ――幽霊の次は死神か。

 見るからに禍々しい姿に心臓が凍りつく。奇妙なことにそいつは、大きな白い袋を背負っていた。当然ながら完全な無表情で、音も立てずに階段を滑るように降りてくる。そいつが通りすぎると、エヴァンスやレイスに襲われた町の人の体から次々と青白い光の塊のようなものが抜けていく。

「あいつは、抜き取った魂を魔界に引きずり込む魔物です。やっと姿を現しましたね……。あいつがレイス騒動の元凶ですよ」

 アーサーが声を潜めて言った。つまり、あいつに魂を持っていかれたらレイスになってしまうということだ。報われない魂が魔界に引きずり込まれ、レイスとなる。そのレイスが人間を襲い、さらなるレイスを生み出す。最悪の連鎖だ。

「バイバルスがあいつを呼び出したのか?」

「さあ……その可能性はありますが」

 リュクルゴスの質問に、アーサーが答える。

 骸骨は袋を下ろすと、おもむろにその口を開けた。魂はふわふわと誘われるようにそのなかに吸い込まれていく。

「させてたまるか……!」

 シーアの声が聞こえた次の瞬間、彼の放った矢が骸骨の持つ袋を引き裂いていた。一度は詰められた魂が、隙間から漏れ出ていく。

「やった……」

 思わず立ち上がったぼくの視界を、黒いものが横切ったような気がした。鋭い金属音がする。一瞬の間に、ぼくの目の前でリュクルゴスの剣と骸骨の鎌が交差していた。

「うう……」

 鎌に当たってしまったのかもしれない。リュクルゴスの腕にかすかに血がにじんだ。彼はうめき声を上げて、崩れ落ちた。

 アーサーはやつに杖を向けて、呪文を唱えた。杖の先から鋭い電撃が走る。しかし雷に包まれても、骸骨にはなんのダメージもなかった。

「くっ、弱らせてからでないとだめか……」

 そうつぶやくアーサーに、骸骨はためらいもなく鎌を振り下ろした。

 切られると思った瞬間、今度は一本の矢が目の前を横切った。思わずつぶってしまった目を開くと、魔物がすぐ側の壁に縫い止められていた。さらにやつの輪郭を縁取るように、次々と矢が打ち込まれていく。ぼくはシーアを振り返った。

 彼は青紫の瞳を輝かせて、うなずいた。 

 ぼくは手のなかの剣を見た。そして、考える前に骸骨に向けて走った。

 骸骨は拘束から逃れようともがいている。吸い込まれそうな空洞の目が近づいてくる。見つめていたら、魂が持っていかれそうな気がした。ぼくは極力直視しないようにして、全体重をかけて剣を突き出した。

 ぼくの剣は漆黒のローブを破り、まっすぐに突き進んでいった。固いものを打ち砕く感触が腕に伝わる。腰骨を貫通して、奥の壁にぶつかったようだった。

 耳をつんざくような悲鳴が上がる。それは人間のものとは程遠く、まるで衝撃波だ。空気を震わせ、足下に溜まった水に波紋が広がる。自分の鼓膜が震えるのがわかる。ぼくは歯を食い縛って剣を握り続けた。

「エンノイアくん、離れて!」

 アーサーの声が聞こえた。ぼくは倒れ込むようにその場を離れる。同時に、再びアーサーの杖先から電撃が放たれた。

 一瞬、何事も起こらなかったかのように見えた。しかし電撃がおさまると、ローブのなかからビシビシという音が聞こえ始めた。

 そして、骸骨は崩れ落ちた。ローブの裾から粉々になった全身の骨が落ちていった。

 ぼくはあたりを見回した。戦いを見守るように周りで縮こまっていたレイスたちが、暗闇に飲まれるように消えていった。

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