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第五十六話 落とし穴

 宝玉も手に入ったし、デュークの無事もわかった。もうやり残したことはないはずだ。

 ほっと一息ついて、ぼくたちは柱の林立する大部屋まで戻ってきた。ただ、リュクルゴスたちの消息だけは気がかりだった。

「もうレイスはいないようですね」

 エヴァンスの言葉通り、レイスは一匹も見当たらない。さっきまでの喧騒が嘘のように、部屋は静まり返っていた。

 ぼくは肩に抱えた荷袋のなかに、ずっと握りしめたままだった宝玉をしまった。

 あとは地上に戻るだけ……そう思ったとき、らせん階段の前に巨大なシルエットが浮かび上がり、ぼくたちは落胆した。

 形からして、おそらく新たなゴーレムだ。まだ・・動いてはいないようだが、暗すぎて胸の宝石は見えないし、見えるほどまで近づけばきっと動き出してしまう。

 どうしようかと悩んでいると、エヴァンスが別の方向へと歩み出した。

「こっちに抜け道があります」

「抜け道!?」

 彼が歩いていった先には、なんと壁をぶち抜いて穴が開けられていた。

 目を丸くするぼくたちをよそに、エヴァンスはさっさと身をかがめその穴に入っていく。ぼくはシーアと顔を見合わせると、先頭を行く彼に続き這いつくばりながら穴を進んでいった。

 壁のすぐ先は土になっていて、手作業で掘られたようだった。

「本当は言いたくなかったんですけど……。わたしは地下への入り方がわからなかったので、これを掘ったんです。じつは洞穴住居の地下は蟻の巣のようになっていまして、それが神殿の地下に繋がっているのではないかと思ったわけです。他の人には言わないでくださいね? 神聖なテラスティアの神殿に穴を開けたなんて、他の神官に知れたら怒られてしまう」

 尻を向けたまま淡々と説明するエヴァンスに、ぼくは拍子抜けした。それならば階段を使わずに地下にいてもおかしくないではないか。彼を怪しいとする一番の根拠は消えたことになる。


 進んだ先は、二メートルほどの高さの竪穴になっていた。上からロープが垂らされていて、穴の上はどうやら彼の言う洞穴住居の地下に繋がっているらしかった。

 エヴァンスは器用にロープを登っていく。なんだか手慣れているように見えた。

 戸惑いつつ、ぼくもそれに続いた。ずっと前に遊びでベランダに垂らしたロープを登ってみたことがあったけど、これが安定感がなくなかなかにスリリングだ。手のひらが擦りむけるようで痛い。

「でもエヴァンスさんはレイスの調査に来たんですよね? 帰っちゃっていいんですか?」

 ぼくたちの目的は達成したけれど、彼がここへ来た理由は町にレイスが出る理由を調べるためだったはずだ。その件はなにひとつ解決していない。

 先に穴の上にたどり着いたエヴァンスは、ぼくが登るロープを支えながら答えた。

「いえ、もうそれはいいんです。目的は果たしましたから」

「え?」

 首を傾げるぼくに、彼はところどころ欠けた歯をむき出しにして笑った。

 彼の倍ほどの時間をかけて、ようやくてっぺんまでたどり着く。穴のふちに手を掛けようとした瞬間、耳元でエヴァンスの掠れた声が聞こえた。

「目的はこいつさ!」

 文字通り驚く間もなかった。荷袋がむしり取られ、エヴァンスの顔はみるみる遠ざかっていった。

 ぼくは下にいたシーアに激突し、二人とも折り重なる形で地面に叩きつけられた。

 気づいたときには、ぼくは再び穴の底にいた。そしてなぜか宝玉はエヴァンスの手のなかにあった。愛しそうにあらゆる方向から眺めている。

「ご苦労だったなァ。あんたら謎解きは上手いが、ちょっとばかりおつむが足りなかったな」

 彼は指で頭をトントンと叩き、その手を「パア」の形に広げた。そして荷袋をさんざん漁った挙げ句、つまらないというように穴のなかに投げ捨てた。

「ちっ、ろくなもの持ってやしねえ。まあレイスを追っ払えるこれさえありゃあ外に出られるし、用が済んだら売っちまえばいい。そうすりゃ俺は大金持ち、いつまでも辛気くさい神官なんかやってられるか」

「このやろう!」

 下敷きになっていたシーアはぼくを蹴り捨てると、エヴァンスに向けて矢を放った。しかしエヴァンスは卑しい笑みを浮かべながらそれをよける。

「じゃ、あとはせいぜい頑張りな、まぬけなお二人さん」

 笑い声と同時に上から大量の土砂が降ってきて、ぼくたちはとてもそこにいられなくなった。


 急いで穴を這い戻ったぼくたちは、一言も口をきかぬまま、その場でうなだれていた。あの瞬間、ぼくにはなにが起こったのかわからなかった。そして事態を把握したとたんに、激しい後悔と虚しさが心を襲った。

 せっかく自分たちの力で宝玉を手に入れられたと思ったのに。やっぱりぼくはリュクルゴスやアーサーがいないとなにもできないんだ。

 突き落とされたときにぶつけたところが、咎めるように痛んだ。

 宝玉がなければルイーズを助けられない。そしてルイーズを助けられなければ……元の世界へは帰れない。ルイーズの優しそうな笑顔に、母さんの顔が重なった。どちらももう永遠に会えない人のような気がした。

「……行くぞ。こんなところでうだうだしててもしょうがねえだろ」

 先に口を開いたのはシーアだった。彼はあのあと、一言たりとも宝玉を奪われたぼくを責めはしなかった。

「あのタヌキをふんづかまえて、ぎゃふんと言わそうぜ」

 ぎゃふんなんて言葉を久々に聞いたので、ぼくは不覚にも笑みがこぼれてしまった。

「なに笑ってんだよ」

「……やっぱり、シーアと来てよかった」

「ハア?」

 不満そうに口を尖らせるシーアを見て、不思議と心が軽くなったような気がした。


「まずあいつをどうにかしないとな」

 シーアはらせん階段の前を陣取るゴーレムをにらみつけた。エヴァンスの掘った穴は土砂で埋もれてしまったので、ぼくたちが外に出るにはゴーレムをどかさなければいけなかった。

 再び胸の宝石を射るつもりなのだろう、シーアは慎重にやつとの距離を縮めていく。ぼくはそれをサポートするように、脇から松明で照らす。しかし彼が矢の当たりそうなところまで近づいた瞬間、やはりゴーレムは動き出した。

「危ない!」

 ぼくの声より早いか、シーアは飛び退いた。大きく引き上げられたゴーレムの足は、ものすごい勢いでさっきまでシーアのいたところに下ろされる。轟音が部屋全体を揺らし、床のタイルにひびが入る。

 もう宝玉は盗まれたのだから手遅れだよと言いたかったが、もちろんそんな話が通じる相手ではなかった。

 シーアはその場で矢を放った。しかしゴーレムは大きな腕を振り上げ、胸の宝石をかばうようにしていとも簡単に矢を弾き返す。

 倒すのは無理だ、とシーアは目で語った。

 こうなったら、隙を見て階段に近づくしかない。さすがにこいつも地上までは追ってこられないだろう。

 ぼくは廊下へと続く扉を見た。横には鍵の入っていた穴と、はね上がったレバーがあったはずだ。レバーは回転させれば鉄格子が開くが、ばか正直に引き下げると柱が倒れてきた。

 もう一度下げたらどうなるだろうか?

 はっきり言って一か八かの賭けだ。それでも、やるしかなかった。

「シーア。ぼくが引きつけるから、その間に逃げて、エヴァンスを追いかけて」

 簡単に作戦を伝えると、彼は激しい剣幕で怒鳴った。

「そんなのだめだ! また無茶をする気か!?」

 また、というのは、きっとワイバーンと戦ったときのことを指している。あのときも無茶をするなとひどく怒られたっけ。心配されていると思うと、嬉しいようなくすぐったいような、変な感じがした。

「大丈夫、絶対にうまくやるから。信じて」

 絶対なんて自信はなかったが、はっきりそう告げると、シーアは悲しそうな顔でうなずいた。

「ようし、ぼくが相手だ。この石頭のうすのろ野郎!」

 ワイバーンのときと同じく、適当な言葉でやつの気を引く。わかっているのかいないのか、ゴーレムは体の向きを変えぼくに向かってきた。

 シーアはそれを確認すると、ゴーレムがぼくに気をとられている隙に階段を登っていった。うまくいったようだ。

 そのままゴーレムを誘導するように廊下へと続く扉まで走る。

 しかしやつは「うすのろ野郎」ではなかったようだ。背後から聞こえる足音の間隔は意外と早く、ぼくは焦った。

 ようやく扉までたどり着いたとき、真上からくる風圧を感じた。ゴーレムはもうすぐ後ろまで迫っていたのだ。

 振り下ろされた拳が近づいてくる。かわしている暇はない。

「頼む……!」

 ぼくは叫び、眼前のレバーを思いきり引き下げた。

 ――頼む、思いどおりであってくれ。そうでなければ、ぼくは二度と母さんに会えなくなってしまう。

 ぼくの祈りが通じたかのように、頭上からガコンという音が降ってきた。

 さっき倒れたものとは反対側の柱が倒れ、ゴーレムの頭に迫る。やつは一瞬驚いたかのような仕草をして、ぼくを潰そうとした腕で倒れてくる柱を持ち上げた。

 ――今だ。

 ぼくはゴーレムの脇を抜け、階段まで走る。

 ゴーレムが苛立たしげに柱を投げ捨てる音がした。柱が落ちた衝撃で床は揺れ、ぼくは転びそうになるのを必死でこらえた。

 足音は予想以上に早く復活した。やつは走ることができるのかもしれない、さっきよりも勢いよく迫ってくる気配がする。

「もうすこしだ……!」

 ぼくは誰に向けてともなく叫んだ。階段まであと数歩というところだった。

 しかし、無情にもゴーレムは迫ってくる。

「ぐ……は」

 そのとき、背中に鈍い衝撃を感じた。視界はあっという間に高いところに移動し、体はみるみる近づいてくる床に正面から叩きつけられた。

 再び迫りくる風圧を感じる。視界の隅に、とどめをさそうと足を垂直に下ろすゴーレムの姿があった。しかし顔も背中も膝も痛んで、動くことができない。

 全てを覚悟したとき、奇妙な浮遊感があった。気づいたときには、ぼくの体は軽々と引き揚げられていた。

 ぼくを支えていたのは、シーアよりもずっと大きな手だった。そこに現れた黒髪の屈強な人物を見て、ぼくは驚愕した。

「リュクルゴス!」

 次いで呪文が聞こえる。突如目の前にわき起こった炎に、ゴーレムはたじろいだ。

 涼やかな青い髪に、足首まであるローブ。ぼくは目を見開いた。

「アーサー!」

「きみはいつも無茶なことをしでかしますね」

 再会を喜ぶ間もなく、ぼくたちは階段を駆け上がった。

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