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第五十五話 決戦

 しばしの休憩ののち、ぼくたちは祠への階段を登り始めた。

 神殿のミニチュアのような形をした祠。正面の扉には前と同じ、金庫のダイヤルのような鍵がついている。期待はしていなかったけれど、リュクルゴスたちが開けた形跡はまるでなかった。

 まわりに描かれている絵や数字も前と同じ。ただし今度のまわる金属板に描かれた絵は鳥ではなく、「柱」だった。

 とはいえ、やり方は同じだろう。

 テラスティアの神々の順位に従って、それぞれの絵の下に書かれた数字の回数ぶん金属板をまわし、柱の先端を周囲に描かれた絵に合わせる。まわす方向を決めるのは、それぞれの神さまの性別だ。

 エヴァンスに仕組みを説明すると、彼は途中途中考えながらも、神さまの順位と性別を教えてくれた。

 ぼくは、彼に気づかれないようにシーアと顔を見合わせた。どうやら神官というのは嘘ではないらしい。

 ダイヤルを合わせ終えると、金属板は石の扉のなかにひとりでに沈んでいった。

「なるほど。そんな仕掛けだったのですか」

「気味わりぃな」

 エヴァンスとシーアが、アイオロス神殿で初めてこの仕掛けを見たときのリュクルゴスたちと同じ反応をした。

 そうしてゆっくりと石の扉は上がっていった。


 なかはやはり装飾のない真っ白な壁だった。簡素な祭壇があり、その付近の壁はエメラルド色に照らし出されている。近づいて見ると、光の元であるエメラルド色の宝玉が置かれていた。表面にはアトラスの象徴である「柱」が刻まれている。

「これがその、宝玉ってやつなのか?」

 ぼくはシーアの言葉に黙ってうなずくと、怪しい輝きを放つそれに手を伸ばした。ふとアイオロス神殿での出来事が蘇り、躊躇する。

「気をつけて。前回はこれを取った途端、たくさんの敵が出てきたんだ」

 二人が息を呑むのがわかった。

 あのときは大変だった。ほとんどリュクルゴスとアーサーの活躍で切り抜けたけれど、今回はぼくとシーアと――どこか怪しい――エヴァンスしかいない。無事に脱出できるだろうか。

 ぼくは唾を飲み込み、ひと思いに宝玉を掴んだ。


 祭壇から宝玉を持ち上げた瞬間、けたたましい警告音が鳴り始めた。

 こうなるとわかっていても、禍々しい雰囲気に恐怖してしまう。祠から出ると、どこから現れたのか階段の下は大量のレイスで埋め尽くされていた。

 悲鳴に近い声を上げ、目の落ち窪んだ顔からはかすかに苦悶の表情が見てとれる。レイスは魔界に引き込まれた魂だと聞いたけれど、ひょっとすると彼らは苦しんでいるのかもしれない――ぼくはふとそんなことを思った。

「ここはわたしに任せて!」

 エヴァンスはぼくたちをかばうように前に出た。

 彼が手を振り上げると、大量の火の粉が雨のようにレイスに降り注いだ。「神の力を借りている」からなのだろう、わずかな火の粉がかかっただけでもレイスはもがき出す。ただれるように崩れ落ちていくさまに、すこしかわいそうな気がしてきた。

 そうしてエヴァンスは着実にレイスの数を減らしていった。しかししばらくすると火の粉を降らせるのをやめ、がくりと膝をついた。

 しばらくあっけにとられていたぼくだったが、はっと我に返り、エヴァンスに駆け寄った。

「大丈夫ですか!?」

 息が荒く、辛そうだ。きっと魔法を使いすぎたんだ。ぼくたちのために身を削ってまで戦ってくれたなんて。疑ったりして悪かったな。

 彼は、大丈夫です、と言い、厳しい目で前を見据えた。

「行きましょう!」

 下にはまだレイスが残っていたが、勢いよく階段を駆け下りる。レイスはぼくたちを引きずり下ろそうと、足を掴んでくる。とっさに殴って追い払おうとするが、よく考えれば、ぼくには触れることさえできないのだ。

 しかし、予想外のことが起こった。ぼくが手を振り上げると、足を掴んでいたレイスが怯える動作をした。驚いてもう一度拳を突き付けると、レイスはひゃあ、とも、きゃあともつかない悲鳴を上げて逃げ出す。

「宝玉ですよ! 神殿の力の宿った宝玉に怯えているんです!」

 エヴァンスが叫んだ。ぼくが振り上げた手は、宝玉を握りしめたままだった。

 それから、みんなは宝玉を持ったぼくに寄り集まるようにして出口まで走った。レイスは肩や首を掴もうと寄ってくるが、宝玉を突き付けると離れていく。

 そうして扉までたどり着いたとき、背後でレイスの叫び声とは違う音がした。

「なにぼうっとしてんだ、急げ!」

「あれ……」

 ぼくは呆然としながらそれを指差した。

 最初は目の錯覚かと思った。祠の上の天井が奇妙にうごめいていたかと思うと、まるでそこから生えるようにして一匹のドラゴンが形作られていく。東洋の龍のように細長い体をしていて、岩を鎧のようにまとっている。

 そしてドラゴンは階段に沿うように下り、気づいたときには大きな頭が間近まで迫っていた。侵入者は許さないというように緑色の鋭い目で睨まれ、ぼくは動くことすらできなかった。

 シーアが一歩前に踏み出し、ドラゴンに負けない速さで弓を放つ。しかし矢は虚しく岩のうろこに弾き返された。

 そうしているうちにドラゴンの鼻先がシーアの体をしゃくり上げた。壁に激しく叩きつけられ、地面に落ちる。

「シーア!」

「ぐ……」

 このままここにいては危ない。ぼくは苦しむ彼を引きずるようにして扉をくぐった。あとに続いたエヴァンスがすぐに扉を閉める。

 直後、ドラゴンが勢い余って壁に激突する音が聞こえた。衝撃はすさまじく、こちら側にまで崩れた壁の破片が降ってくる。その後も怒りに任せて何度も激突しているようだった。

「まずいな……早くしないと壁が壊されるぞ」

 シーアはぼくの支えを払いのけてふらりと立ち上がった。そして長い廊下の先を睨んだ。

 そこにはゴーレムが立ちはだかっていた。まるで動き出すのが自然なことのように、おもむろに片足を上げる。にわかにぼくたちに緊張が走った。

 しかし、ゴーレムはそのままの姿勢でぴたりと止まった。そしてみるみるうちに泥となって崩れ去ってしまった。

 ぼくたちは顔を見合わせた。

「やっつけておいてよかったね」

「あいつ、さぞかし無念だろうな」

 シーアの絶妙な返しに、ぼくは思わず噴き出した。こんなときになんだけど。

 しかし、本当に笑っている場合ではなかったのだ。ゴーレムが崩れたのを皮切りに、今度は天井が落ち始めた。壁とこすれ重そうな音を立てながら、ゆっくりとではあるが着実に迫ってくる。

「なっ!?」

 ぼくははっとした。きっと、天井につっかえさせたゴーレムの頭が支えとなっていたんだ。ゴーレムが崩れることで天井が落ちる。これはそういう罠だったんだ。

 背後では相変わらずドラゴンが壁に攻撃を加えている。戻ることはできない。

 ぼくたちは本能のままに、前に走り出した。距離は五十メートルくらい。間に合うかどうかなんて、考えていられなかった。

「あーっ」

 ぼくは混乱する頭で、突如ここに入ってからずっと疑問だったことの答えを閃いた。

「あのさ、思ったんだけど、アトラスがトイレに行くときは空につっかえ棒を立てるんじゃないかな」

「こんなときになんの話だよ!」

 まったくそのとおりだ。ぼくは自分のばかさ加減にうんざりした。

「それだ!」

 エヴァンスが突然大きな声を出したので、ぼくたちは思わず立ち止まって彼を見た。そうしているうちに天井はみるみる迫ってくる。

「立ち止まらないで。水筒を貸してください」

「なんで……」

 彼はぼくが声を上げる前に水筒をひったくると、その中身をひっくり返した。そして最初の水滴が地面に落ちるか否かというとき、ものすごい早さで呪文を唱えると、たちまち水は下から凍り始めた。あまりの一瞬のことに、なにが起こったのかわからない。

 水が全て凍りきると、まるで石筍のように床から生えた柱となった。高さはぼくより頭ひとつぶんくらい上だ。そして派手な音がし、天井が氷の柱のてっぺんにぶつかって止まった。

「なるほど。これで支えるんだね!」

「はい……でもうまくいくかどうか……」

 また魔法を使ってしまい、しゃがみこむエヴァンス。その言葉通り、天井は一瞬止まったように見えたが、すぐにミシミシと音をたて氷にめり込み始めた。

「時間稼ぎくらいにはなるでしょう!」

 二、三回深呼吸すると、エヴァンスは立ち上がった。彼の言葉を合図に、ぼくたちは再び走り出した。背後から氷にヒビが入る嫌な音が聞こえてくる。

 そして天井は少しずつ下がってきた。今やぼくの身長ぶんくらいしかなく、ぼくやエヴァンスより背の高いシーアは身を縮めて走っている。

「はやく。あと少しだ」

 ぼくたちは滑り込むようにして次の扉をくぐり抜けた。

 それと同時に、背後で激しい音がする。ついにドラゴンが壁を打ち破ったのだ。細長い体をくねらせながら、氷に支えられた天井が下がるよりもずっと早く、ぼくたちに迫ってくる。シーアは弓を構えた。

「あいつは弓がきかないんじゃ……」

 ぼくが言う前に、シーアは矢を放った。その矢はドラゴンに向かって飛んでいった――かと思いきや、刺さったのはドラゴンの体ではなく、さっきエヴァンスがつくった氷の柱だった。天井に押されていたこともあり、刺さった部分から一気にひびが入っていく。

 それと同時に、せきを切ったように天井は落ち始める。そしてドラゴンを飲み込みながら、ついに床まで落ちてしまった。岩を砕くような激しい衝撃と、もうもうと立ち上る砂ぼこりに、わけがわからなくなった。

 しばらく閉じていた目を開けると、ようやく砂ぼこりがおさまり静かになった。突然、視界に赤い光が差し込む。天井があったところは、夕暮れの空になっていたのだ。

「やったあ!」

 何気なく肩を触り、ぼくは恐ろしいことに気がついた。

「待って。デュークがいない」

 確かにぼくの隣を飛んでいたのだが……。

「あの黄色い鳥か?」

 ぼくは目の前の落ちた天井を見て、戦慄した。そんなばかな。

 天井は一度下まで落ちたあと、ゆっくりと上がっていった。せっかく差し込んだ柔らかな光が再び陰っていった。暗さに慣れた目が元の状態に戻ってしまい、なにも見えない。

 シーアが、衝撃で消えてしまった松明をつけ直し床にかざす。ドラゴンがいたところには、大きい石がたくさん転がっているだけだった。砕かれたドラゴンの体だろう。ぼくはドラゴンを倒せたことに喜ぶと同時に、絶望した。

 これと同じ状態のデュークなんて、考えたくもない。いくら神さまでも粉々にされてまで生きているとは思えなかった。

 ぼくは床を直視できなかった。しばらくして、床をじっと見ていたシーアが感情を押し殺したような声で言った。

「おい……デュークがいたぞ」

「いやだ、見たくない!」

「だめですよちゃんと見ないと……」

 エヴァンスまでがそう言うので、ぼくはしぶしぶ目を向けた。ドラゴンを形作っていた石。砕けた氷。泥の山になったゴーレム。この場所で次から次へと襲いかかってきた危機を物語っている。

 そして、黄色い羽。ぼくは息を呑んだ。

 デュークは羽を広げてべったりと――床に這いつくばっていた。そうやっていると、高さはほんの十センチくらいしかない。鳥には無理のある姿勢だったのか、彼はふらふらになりながら飛び上がった。

 どうやら上手くドラゴンの残骸と天井のすき間に入り込んでいたようだ。この罠も、小さな鳥とドラゴンが同時に挟まれることまでは想定していなかったのだろう。

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