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第五十二話 同胞

「おいきみ、しっかりするんだ!」

 ぼくは、リュクルゴスよりもハスキーな声で目を覚ました。ぼやけた視界が、線を結んでいく。

 目の前にいたのは、端正な顔をした青年だった。妙に光沢ある黒い髪が印象的だ。無造作に肩まで垂らされ、下のほうでゆるく束ねられている。シーアと同じ色の瞳で、心配そうにぼくの顔を覗き込んでいた。

 武装しているが、バンダナの男たちのように粗野な感じではない。きちんとマントを羽織り、革の鎧をつけている。さっきはこの服装がリュクルゴスのように見えてしまったんだろう。

 他にも同じような格好をした人たちが何人かいた。

「大丈夫か?」

 事情がつかめないまま、こくこくとうなずく。

「あ、あなたたちは……?」

 声を出すと同時に腕がひどく痛んだ。

「討伐隊、キッソス駐屯軍だ。わたしはキリエ」

「討伐隊……」

 自分でも驚くほど弱々しい声でつぶやいた。そういえば討伐隊はあちこちの町に駐屯させてあるんだっけ。

「わたしも銀髪の少年の噂は気になっていたのだが、なかなか見つけることができなかった。助けるのが遅くなってすまなかったね」

 首を振りたかったけど、まだ体にうまく力が入らなかった。

 キリエと名乗った彼は心配しているような、安心させるような複雑な笑みを浮かべた。そしてふと視線を横にやり、険しい顔になった。視線の先を見れば、先ほどのバンダナの男が倒れている。かろうじて息はあるようだが、起き上がる気配はない。

「あちこちの町で暴れまわっているならず者の一人だ。なにかしでかすとは思っていたが、子ども相手にこんなひどいことをするとは……それに……」

 キリエさんはそこで言いよどみ、悲痛な面持ちで首を振った。

 彼の部下らしき一人がぼくたちに近づき、なにかを差し出した。

 それは包帯でぐるぐる巻きにされたデュークだった。一瞬息を呑むが、デュークは包帯を巻かれたままなのに元気に羽ばたいて、ぼくを安心させた。

「彼がきみたちの危機を知らせてくれたのだ」

 キリエさんは目を細めて言った。

 信じられないことにデュークは地面に叩きつけられたあと、ぼくとバンダナの男がやりあっている間に、森に調査に来ていた彼らに知らせに行ったらしい。その言葉になにかひっかかるものを感じたが、そのときのぼくは疲れていて、うまく頭が働かなかった。

 ほっとしたのもつかの間、ぼくは大事なことを思い出した。

「シーアは!?」

 興奮のあまり立ち上がろうとすると、体がひどく痛んだ。キリエさんが安静にしなさいと言ってぼくを座らせる。

「もう一人の少年か? 彼ならあそこにいるぞ」

 言われたほうを見ると、シーアはすでに意識を取り戻して座っていた。ふてくされたまま討伐隊の一人に手当てを受けている。

 シーアはぼくのほうを見ようともせず、怒ったように押し黙ったままだった。偉そうなことを言ったのに男に勝てなかったぼくに、あきれているのかもしれない。

 ぼくは小さくため息をついた。でもシーアが無事でよかった。今はそれだけを喜ぶことにしよう。


 見上げるとすっかり満天の星空になっていた。

 キリエさんはぼくたちを町へ送ると言ってくれたが、シーアはそれを拒否しようとした。

「森に留まるなんていったら、怪しまれるよ。ここはおとなしく町に行ったほうが……」

 ただでさえ銀髪の少年の噂は広がっている。キリエさんもなぜシーアがあいつらに狙われていたのか疑問に思うだろう。となれば、シーアの素性を知りたがるかもしれない。

 ぼくがそっと耳打ちすると、シーアはしぶしぶ了解した。


 町へ着くと、もう店は閉められ、通りは静まり返っていた。

 神殿の扉は閉じられていたが、ノックをすると神官の一人がいそいそと開けてくれた。彼はフードの下から視線をちらりとシーアのほうに向けたが、友だちだと伝えると、特に気にするふうでもなくなかに迎えられた。

 神殿のなかはすでに人影もなく、真っ暗だった。もう寒くはない季節だが、静けさがひんやりとして伝わってくる。

 手にろうそくを持った神官に付き従って奥の部屋へ案内される。リュクルゴスたちの荷物はすでになくなっていて、部屋の真ん中で司祭が包み込むような優しい笑顔で待っていた。

「よくぞご無事で。事情を伺い、身を案じておりました」

 不思議と自分の家に帰ってきたかのような安心感があった。この国の人たちが神殿を心の拠り所とする意味がすこしわかった気がする。ぼくは体を支えられながらベッドに腰かけ、シーアは向かいの椅子に座った。

 司祭はふわふわのひげをなでながら、開口一番予想外のことを口にした。

「ならず者たちはエルフの宝を狙っていたそうですね」

 シーアがびくりと震えた。司祭にはシーアがエルフだということがお見通しのようだ。

「嘆かわしいことです。人間代表、というわけではないですが、心からお詫びします。チュートニアでのことも含めて」

 司祭の言葉に、シーアの動きが止まった。

「べつに。お前に謝られても困るし」

 シーアはぞんざいに言い放った。睨んだような目から、感情を読み取ることはできなかった。

「そう卑屈になるなよ」

 突如扉のほうから声が飛んだ。そこに立っていたのは、さっき助けてくれたキリエさんだった。

「どうしてここに?」

 彼は答えず、黙って長い髪をかきあげた。ぼくは目を疑った。ウェーブのかかった黒髪のすき間に見えた彼の耳は、尖っていたのだ。そう、シーアと同じように。シーアの顔を見ると、彼もまた目を見開いて驚いていた。

 そういえばさっき彼はデュークがぼくたちの危機を教えてくれた、と話していた。そのとき覚えた違和感はこのためだったんだ。なぜデュークの意思がわかったのか、と。

「あの年、チュートニア中が飢えていた。きみの村の話を聞き、わたしは国を逃れた。自分の村もいつ襲われるかわからないからね。そして着のみ着のまま放浪しているところを司祭に救われ、討伐隊に入ったのだ。さすがに種族のことは隠しているが」

 シーアはなにか言おうと口を開いて、しかしやはり躊躇して、口を閉じた。

「他にも逃げ延びた人がいるの? いまエルフはどうなっているの?」

 ぼくの言葉に、キリエさんは首を傾げた。

「さあ……。チュートニアとこの国には国交がないから、情報が入らない。銀髪の少年の話を聞いたときは、すぐに同胞だと確信して嬉しかったよ。こんなひどい目に遭わされていたとは、ほんとうに残念で仕方がない」

 キリエさんは、しかし、と首を振った。

「わたしは今の生活に満足している。なかにはあの者たちのような心ない輩もいるが、みながみなそうではない。討伐隊も神官たちも町の者も、みんな気のいいやつさ」

 今度はシーアの目を見て言った。

「なによりきみの隣にいるエンノイアがそのことを証明しているだろう? もっと信用してもいいんじゃないか」


 その後ぼくは神殿できちんとした手当てを受けた。ぼくの怪我は思っていた以上にひどかったらしく、かなりの時間を要してしまった。アーサーにもらった薬が役に立ったらしい。しかしぼくはその間意識がぼうっとしていて、そのときのことはあまり覚えていない。

 そうして一週間が過ぎた。

「おはようございます。もうお加減はよろしいのですか?」

「うん、もうすっかりよくなったよ!」

 ぼくはひねられた手を振り回してみせた。

 ぼくは手当てしてもらったお礼になにか手伝いたいと申し出たが、司祭は断固として受け入れなかった。そして一言、こう言った。あなたには他になすべきことがあるでしょう、と。

 リュクルゴスたちは次の宝玉のある遺跡に向かったそうだ。すっかり遅くなってしまったが、大丈夫だろうか。

 司祭からもらった地図を眺める。アイオリア島の北東の海沿いの遺跡で、近くにはタレスという町があるらしい。

 しかしぼくは地図を見て、困ったことに気がついた。

「これ、歩いて行けますか?」

 司祭は目を見開いて、おかしそうに言った。

「行けなくはないでしょうが、相当時間がかかるかと。乗合馬車も通ってはおりませんし……。馬ならば用意しておりますよ」

 ぼくは困ってしまった。当たり前だが、ぼくは一人で馬に乗ったことはない。

 その様子を黙って見ていたシーアが、ぽつりと口を開いた。

「……からな」

「え?」

「そいつらと合流するまでだからな」

「なにが?」

 本当になんのことだかわからなかったから聞いたというのに、シーアはなぜか顔を真っ赤にして怒り出した。

「お前が一緒に来てほしいって言ったんだろ!」

「えっ、来てくれるの。どうして急に」

「わっかんねえー」

 シーアは頭から湯気の出そうな勢いで出口に歩いていってしまった。こっちのほうが「わっかんねえー」なんだけどな。だってシーアは一緒に来るのを嫌がっていたし、ぼくは結局あの暴漢に勝てなかったのに。

 司祭はくすくすと笑いながら言った。

「感謝しているんですよ。あなたが命がけで守ってくれたことに」

 司祭はぼくの耳に顔を近づけて、こっそりと話した。

「神官を捕まえては頻繁にあなたの具合を尋ねていたそうですよ。自分はとっくによくなってるのに、神殿から離れようとしなくて」

 ええっ、シーアが? ぼくは驚きの声を上げるしかなかった。

「健闘をお祈りいたしております」

 司祭はぼくたちが出ていくまで、深々と頭を下げ続けていた。

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