表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/89

第五十一話 決着

「ほらほらどうした。震えてるぜお坊ちゃん」

 バンダナの男は楽しむように言った。その言葉は正しい。ぼくの足は今、他人の体になったかのように勝手に震えていたからだ。

 先に動いたのはデュークだった。きいきいと鳴きながら、二人の間に立ちふさがる。

「なんだあ?」

 男はうっとうしそうにデュークの体をつかむと、乱暴に投げ捨てた。痛々しく地面に叩きつけられるデューク。彼は短い悲鳴を上げたあと、ぐったりしたまま動かない。

 怒りでおかしくなりそうなのを必死でこらえる。わかっている、デュークはこんなことで死んだりはしないって。

 そして男は、シーアをかばうようにして立つぼくに斬りかかってきた。

 まだ手が動くのは幸いだった。いや、ほとんど無意識の動きに近かったかもしれない。かろうじて刃を防いだ腕は、じいんとしびれた。

 そうして幾太刀かを防ぐ。何度目かに剣を交えたところで、再び押されているのがわかった。

 ぼくも負けじと押し返すが、さっきと同じ手には乗らない。かすかな筋肉の動きも見逃さず、ふっと向こうの手首の力が抜けたのがわかった瞬間、こちらも力を抜く。思ったとおりすぐさま振り下ろされた剣を、やはりすぐさま防ぐ。

 相手はかすかに驚いた表情をした。

「ひ弱そうに見えてなかなかやるじゃねぇか。これならどうだ」

 そう言って歩を横に進める。男はさっきからやたらと横移動ばかり繰り返していて、側面からの攻撃を防ぐためには、それに合わせてすこしずつ移動しなければならなかった。執拗に繰り出される攻撃に、ぼくはかすかな違和感を覚えていた。

 黒く光る瞳は、血に飢えた野獣のようだ。なにを企んでいるというのか。ほんのささいな変化も見逃さないよう、注意深く相手の目を見つめていた。そしてあるとき、ほんの一瞬だけ視線がこちらからそれたことに気がついた。

 ぼくは目を見開いた。その視線の先にはシーアがいる。知らず知らずのうちにシーアから引き離されていたのだ。

 そう思った瞬間男は大きく剣を振り上げたかと思うと、ぼくを素通りし、まっすぐにシーアのほうへと向かっていった。

 転がるようにしてシーアのいる場所へと駆け戻る。すばやい判断が効を奏した。こちらのほうがわずかに早かったのだ。ぼくの腕に引き寄せられたシーアはまだ意識を失っていたが、剣には当たらなかった。

 顔すれすれに、男の剣は木の幹に突き刺さる。さっきまでシーアがもたれかかっていたところだ。

「卑怯もの……っ」

 精いっぱい憎しみを込めて放った声は、男には届かなかったようだ。男はつまらなそうに刺さった剣を引き抜いた。


 冷静になるんだ。圧倒的に強いこいつに勝つにはどうすればいい?

 ぼくは今までこいつと張り合うようにして剣を防いでいたが、それはまちがいだったかもしれない。力では絶対にかなわないからだ。

 こいつとぼくには大きな身長差がある。活かせるとしたらそこしかない。

 ――次の一手で決める。

 動きを見極めるように、キッと正面を睨み付ける。

 男は再び剣を振り上げた。ぼくも同時に剣を振るう。しかし刃の交差する一瞬前に身を低くして、男の下に潜り込んだ。驚きの声とともに、標的を見失った剣が空を切る。

 そして、ぼくの剣は男のすねをとらえた。確かな手応えとともに、カーキ色のズボンに血をにじませる。

 派手に転び、足を押さえて苦しむ男。ぼくはすかさずその上に馬乗りになった。

「やめろ! 俺が悪かった。話し合おうじゃないか」

 早まる胸の鼓動を抑えつつ、剣を逆さに持ち、首もとに突きつける。勝利を確信していた。

 しかし、そこで予想外のことが起こった。ぼくの手はどんなに力を込めても、それ以上一ミリたりとも動かなかったのだ。

 動かそうとすればするほど、冷や汗が出てくる。

 今さら話し合おうなどという言葉を信じたわけじゃない。でもこんな姿勢で、相手の顔を見ながら、この手のなかの剣を突き出す勇気はぼくにはなかった。

 恐怖する男の表情が次第に怪訝な表情へと変わり、やがて勝ち誇った笑みに変わる。

 ためらうぼくの腕に、突如ぞっとする感覚が骨まで伝わった。男はいつの間にかぼくの腕をつかんでいたのだ。

「う……あっ」

 そうして見る間にありえない方向へ曲がっていく。ぼくは悲鳴を上げて、剣を落とした。肘から先は自分の腕でなくなったかのように感覚がない。ついでに蹴り上げられ、身体の上から転げ落ちる。

 男は汗をぬぐいつつ、剣を拾い上げた。左右に回転させながら、嬉しそうに眺める。

「変わった剣を持ってるじゃねえか。俺がもっと上手く使ってやる」

 千年前に作られたとは到底思えない鋭い剣先に、あたりの景色が映り込む。ぼくは呆然とその様子を見ていた。

 しかしそこにシーアの顔が映し出されたとき、ぼくの心に最後の火がともった。

 よろよろと立ち上がり、男が剣を振るうより先に素手でつかみかかった。矢を受けたところを狙って腕をつかむ。顔を引っ掻き、腹を殴る。

「おい、なんだっ。やめろ」

 引き剥がされても、何度も何度もつかみかかった。殴られて口から血がにじんできたけど、絶対に離れなかった。

 もはや勝ち目なんかない。逃げろ。

 頭の奥で、そう叫ぶ自分がいる。ぼくはそれに抗うように、声を振り絞った。

「いやだ! 絶対にシーアを守るって、決めたんだ!」

 そのうちぼくは転んだ。しかしすぐにやつの足をつかんだ。

 予想外の行動に慌てた男は剣を使うことさえ忘れて、必死に引き剥がそうともがいている。しかし頭を小突かれても、腹を蹴られても、ぼくは絶対に手を離さなかった。


 どれくらいの時間が経っただろうか。ふいに男の動きが止まった。そのままの姿勢でかたまり、ぐらりと倒れる。ぼくは踏み潰されそうになって、慌てて身をひいた。

 気づけば男の背には何本もの矢が刺さっていた。シーアのはずはない。意識はあるのかわからないが、彼はいま木の下で倒れたままだからだ。矢だってもう残ってはいない。

 木々の向こうから複数の人間が走ってくるのが見える。先頭の一人は弓のようなものを持っている。わけのわからないうちに彼らは駆け寄ってきて、バンダナの男をあっという間に取り押さえた。

 彼らはぼくに向かって何事かを叫んでいた。しかしその声はもはやぼくの耳には届かない。

 どんどん世界が遠のいていく。

 白んでいく視界の隅に、リュクルゴスのマントが見えたような気がした。

 ――ああ、やっぱり来ちゃったんだ。ぼくって信用ないんだなあ……。

 ぼくはそんなことを考えながら、ついに意識を手放した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ