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第四話 暗闇の中で


 何時間歩いただろう。すっかり日が暮れて、太陽も見えなくなった。しかし、一向に森から出られる気配がない。

 方向がまちがっていたんだろうか。それかものすごく広い森で、歩いて出るには何日もかかるのかもしれない。

 もう限界だった。喉はカラカラだし、お腹も空いた。とうとうぼくは、一本の大きな木の根元に座り込んでしまった。

「ピピッ」

 デュークが心配そうにぼくの顔を覗き込む。

「デューク……。お前飛べるんだから、どうなってるのか見てきてよ」

 通じるわけないと思いつつつぶやいただけだったが、意外にもデュークは「わかった」と言わんばかりに一声鳴くと、空高く飛んで行った。


 しばらくしてデュークが戻ってきた。

「ピピッ。ピィ。ピピピッ」

「な、なに? なんて言ってるの?」

 羽をばたつかせて、しきりに何かを訴えているが、ぼくにはさっぱりわからない。

 ぼくが鳥の言葉でも話せれば……。

「あっ、デューク!」

 しびれをきらしたのか、デュークはどこかへ飛び去ってしまった。


 そして、いくら待ってもデュークは戻ってこなかった。

 もうぼくのことを見捨ててしまったんだろうか。そりゃ、そうだよな。まだ飼い始めてから一日しか経っていないんだし。さほどなついてるというわけでもなかった……かもしれない。

 だけど、デュークまでいなくなってしまうとぼくは本当に独りぼっちだ。

 真っ暗な森の向こうから、不気味な獣の鳴き声やうなり声のような音が聞こえる。ふいに暗闇に恐怖を感じて、身震いした。

 あの銀髪の少年が言っていたっけ、「気をつけろ」って。この森には三本角のあいつのような動物がたくさんいるんだろうか。

 見たこともない恐ろしい怪物の姿が次々と浮かんでくる。鋭い目、鋭い牙、鋭い爪……。みんなしてぼくの体を引き裂こうと覆いかぶさってくる。

(そんなもの、いるわけない……!)

 ぼくはあわてて頭からそれらのイメージを振り払うと、暗闇から月のほうへと視線をうつした。空にぽっかりと穿たれたような月は、ぼくが知っているものよりもほんの少し明るい気がした。

 ――母さんが笑っているみたいだ。

 いつもなら今ごろ、学校であったことを話しながら、母さんの手料理を食べているのに。

 ちゃんと、話し合えばよかった。母さんと、ロバートと。

 ぼく……、なにやってるんだろう。願いを叶えるだなんて、そんなばかな話があるはずないのに。

 これが夢だったらどんなによかっただろう。目が覚めれば、きっといつも通りの日常だ。母さんに起こされて、学校へ行って、スティーブと遊んで。

 気づけばぼくは膝に顔をうずめて目を閉じていた。まるで次に目を開けたときには夢から覚めているとでもいうように。

 しかし、これは夢ではなかった。そっと顔を上げると、やっぱりオレンジ色の月が見下ろしていて、闇は紛れもなく現実のぼくを覆い尽くしていた。


 落ち込んでいるぼくの背後で、ふいに鳥の羽音が聞こえた。

「デューク!」

 ぼくはなんの疑いもなく、デュークの姿を思い描いた。さっきまでの感傷はどこかへ吹き飛んで、ぼくの胸は期待と喜びでいっぱいになった。

 しかしぼくの目に入ったのは、あのとぼけた顔をした黄色い鳥ではなかった。

 背後の森に、無数の目、目、目――。二つずつセットになった小さく鋭い光が、森のなかの暗闇から、大量に覗いていたのだ。

 羽音が一層音量を増して、不吉に響いてくる。

「ひっ……」 

 ぼくは恐ろしくなって、その場を立ち去ろうと、駆け出した。

 その瞬間、黒い塊がぼくに向かって大量に飛んできた。音の正体は、無数のコウモリだったのだ。

 ヒステリックな鳴き声をあげながら、ぼくにまとわりつき、噛みついてくる。一つ一つの痛みは大したことないが、集団で来られるとたまったもんじゃない。耐えきれず、地面に倒れ込んだ。

 体を左右に転がしコウモリたちをはがそうと頑張るが、やつらは攻撃を緩めることもなく、まとわりつき続けた。

 顔の周りにまではりつき、息ができなくなった。絶え間ない攻撃と、息苦しさに、意識が朦朧としてきた。


 ぼく、死んじゃうのかな。

 こんな、わけのわからない場所で? 母さんと仲直りもできないまま?

 母さんの、幼い笑顔が浮かんだ。それはやがて、真っ黒なコウモリの大群に埋め尽くされて見えなくなっていった。 

(そんなの、嫌だッ……!)

 

 叫びたかったが、口にコウモリがはりついていたので、声は出なかった。


 薄れゆく意識のなかで、茂みから石のようなものが勢いよく飛び出すのが見えた。それに群がるようにして、コウモリたちが一斉にぼくから離れていく。

 どうやら、飛んできた石を追いかけて行ったようだ。一体、どうなっているのだろう。

 ふしぎに思いながら、傷だらけになってしまった体を起こした。

 呆然としているぼくの耳に、聞き覚えのある声がふたつ聞こえてきた。

「まったく。見てらんないな。プテラスごときに死にそうな顔しやがって」

「ピピッ」

 茂みをかき分け出てきたのは――信じられないことに、最初に会った少年だった。しかもその肩にはデュークがのっている。

「プテラスは動くものを追う性質があるからな。出会ったらあんまり動かないほうがいいぞ」

 話の内容から、さっきのコウモリのことを「プテラス」と言っているのだとわかった。

 いや、そんなことはどうでもいい。

「どうしてここに? それにデュークも……」

 少年はこともなげに答えた。

「さっきこいつと会ったんだよ。聞けば、お前がてんで方向違いに歩いてるって言うからさ」

 ぼくは愕然とした。どうしてこの少年はそんなことがわかるのだろう。ぼくにはデュークがなにを言っているのかサッパリだったのに。

 少年の肩にとまっていたデュークが嬉しそうに、ぼくの肩に飛び移った。心なしか得意そうな表情をしている。

 ふしぎなのは、それだけじゃなかった。これは、どうにも腑に落ちない。

「じゃあぼくが道に迷ってるって聞いて、わざわざ助けに来たの? 人間嫌いなのに?」

 少年のほうを見る。ぼくと彼の間に、変な沈黙が流れた。

 自分でもその発言と行動の矛盾に気がつかなかったらしい。顔がみるみる赤くなってきた。

「べ、べつに、助けに来たわけじゃねーよ。俺は、こっちに、用事があって……」

「ぷっ」

 彼はなにやら言い訳を続けていたが、その様子が無性におかしくなって、ぼくは噴き出してしまった。

「な、なんだよ。なにがおかしいんだよ」

 彼が怒り出したのがまたおかしくて、ついにぼくは盛大に笑い出してしまった。ヒーヒー、涙を流しながら笑い転げてしまう。

「く、くそ。笑うのをやめないとほんとに怒るぞ!」

 少年の顔はもう真っ赤。おかしすぎて、お腹がよじれそうだ。

 夜の暗闇のなかに、ぼくの笑い声と少年のどなり声だけがひときわ大きく響いた。

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