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第四十七話 くすぶる火種


「いやあ、お見事お見事」

 いつの間にやら復活したアーサーが、後ろでのんきに拍手をしていた。

「じゃあな、少年」

「ありがとう!」

 助けに来てくれた巨大コウモリは鳥を倒したあと、言葉すくなに夜の闇に消えていった。うーん、ちょっとかっこいいかも。

 見上げると、こぼれ落ちそうなほどに星が夜空にまたたいていた。

「終わったんだな……」

 リュクルゴスが感慨深げにつぶやく。

「終わりじゃありません。宝玉はあと四つもあるんです。まだ一つ目ですよ」

 そう言ってアーサーは懐から青い宝玉を取り出し、空にかざす。宝玉の内側から星を透かし見て、なぜか怪しくほほ笑んでいた。ぼくと目が合うやいなや、さっとそれをしまう。


 アーサーの厳しい言葉に苦笑していたリュクルゴスが、突然ウウッとうめいて顔をしかめた。

「大丈夫!?」

「いやちょっと怪我が痛んでな。たいしたことはないんだが」

 そう言う彼はあちこち傷だらけで、到底たいしたことないとは思えない。

「お前こそ怪我しているじゃないか」

「あ、うん……」

 ぼくは矢を受けた左腕を見た。すっかり血が固まってはいるが、動かすだけで鈍い痛みが走る。

「薬がありますよ~」

 突然、アーサーが気持ち悪い声を出しながら、小瓶を取り出した。なかには緑色のどろっとした液体が入っていて、見るからに怪しい。

「薬草をつぶしたものです。テラスティアでも使われていたそうですよ」

「やだよ。なんかそれ気持ち悪いんだもん」

 そう言うと、じろりとにらまれた。ぼくの腕をつかみ、無理やり袖をまくる。

「ほらほら、じっとして」

「いたたたた。もっと優しくやってよ!」

 さっきはぼくを引き上げられなかったくせに、どこにそんな力があるのか、ぼくは結局なぞの薬を塗り込められてしまった。


 ぼくたちはそのままそこに野宿して、翌朝近くの町に向けて出発した。ぼくたちの馬はいつの間にかちゃんと戻ってきていた。

 最後に振り返って神殿を見る。

 金属板は焦げてしまったから、もう二度とエレベーターは動かない。あの神殿は、この国の人に忘れ去られたまま、いつか朽ち果てていくのだろう。緑の草原に埋もれた白い建物が、ほんのすこし寂しく見えた。

「次に行くのはキッソスという町だ。まあ、どうということはない場所だけどな。休憩に立ち寄るにはちょうどいいだろう」

「町に着いたらぜひ神殿に寄っていってください」

「そういえば、神殿は王さまの救出に協力してくれるんだっけ?」

 ぼくが言うと、アーサーは嬉しそうにうなずいた。

「ええ。宿や必要な資金は神殿が提供しますよ」

「そりゃありがたいな!」


 日も高くなり始めたころ、ぼくたちはキッソスに着いた。町の大きさは都やヒエラポリスよりは小さく、リュクルゴスの住む町アロよりは大きいといったくらいだ。小さな石造りの建物が軒を連ね、昼どきらしいにぎわいを見せている。

 市場には見たこともない果物、見たこともない魚、変わった衣装、武器や鎧、色とりどりの石……いろんなものが売られている。

「そういうのは後でな」

 思わず店をのぞこうとするぼくをひきずるようにして、奥の白い建物を目指す。

 都やヒエラポリスの神殿ほど大きくはないが、それなりに立派な建物だ。やはり大理石でつくられていて、三角屋根に丸い柱。さっきから白いローブ姿の人がせわしなく動いている。

「隊長殿――いえ、今は隊長ではないんでしたね――よくおいでくださいました。話は大神殿のほうから伺っております。どうぞ出発までこちらでお休みください」

 年配の司祭が、袖を合わせ、膝だけを曲げる独特の礼で迎える。ぼくは所在なくてきょろきょろしていた。

「アーサー・クロア、お勤めご苦労」

 アーサーは司祭と同じ礼をして、なにやら大げさな挨拶をしていた。

 「アーサー・クロア」という名前を聞いた瞬間、神殿で祈っていた町の人たちが、はっと彼のほうを振り向いた。

「アーサーさま。アーサーさまでいらっしゃいますか!?」

 彼のなにがそんなにありがたいのかよくわからないが、面食らうぼくをよそに、年若い男がアーサーに駆け寄り「お会いできて光栄です」と言ってひざまずいた。腰にエプロンをした、職人風の実直そうな青年だ。

「たいへん不躾極まりないのですが、どうかうちにお越しいただけないでしょうか。うちの親父、いえ、父にどうしてもお会いしていただきたいのです」

 アーサーは一瞬疎ましそうな表情をしたように見えたが、すぐにいつもの笑顔になり、「わかりました」と答えた。

 彼の立場は微妙なもので、普通の神官なので公的には司祭よりも下ということになるが、ルイーズに最も近く仕える神官として一般市民には司祭と同等に敬われているらしい。それに見合うだけの能力もある。

「それならなぜ司祭にならないの?」

 今晩の宿となる、神殿内の質素な部屋に通されたあと、ぼくは彼に尋ねてみた。ちなみにこの部屋は、モンスターなどに襲われて怪我をした人を手当てしたりするために使われる部屋らしい。狭いところに簡素な机やらタンスやらベッドやらがぎちぎちと置かれていた。

「薬草の研究をするためです。司祭ともなれば自由な時間はとれないですからね」

「ずいぶん薬草にこだわってるんだね」

 そこまで言って、ぼくは自分の腕がもう痛まないことに気がついた。袖をまくってみると、傷がずいぶん小さくなっている。

「すごい、効いてるよ!」

「おお、そういえばそうだな」

 同じ薬草を塗られたリュクルゴスも自分の額を押さえて驚いていたが、アーサー自身も驚いていた。

「はじめて使ってみたんですが、まさかほんとうに効くとは。これは本格的に研究してみないと」

 ぼくは耳を疑った。それってぼくたちを実験台にしたってことじゃないか!

 リュクルゴスが腹を抱えて笑いだしたので、ぼくは口を尖らせた。

「笑いごとじゃないよ!」

「そんなに怒らなくても。失敗してもかぶれるか余計にひどくなる程度のことですから、大丈夫ですよ」

 まったく、ふざけてるんだか本気なんだか。いいや、彼の場合はきっと本気だ。


 ところで、とリュクルゴスが司祭に尋ねる。

「町で陛下の噂をしている者がいたが……」

 彼がその言葉を口にすると、みな急に静かになった。司祭は厳しい表情で答える。

「はい。執政官閣下が大々的に公表なさったのでございます。王の救出を中止する、と」

「それで、民の反応は」

「賛成が多めといったところでしょうか」

「そんなあ。みんなは王さまのことが好きじゃないの?」

 ぼくが言うと、司祭は表情を和らげた。

「いいえ、民は陛下のことを好いておりますよ。……ほんの一部の人間を除いては」

 そしてすぐに厳しい顔に戻り、ぼくたちだけに聞こえるほどの小さな声で言った。

「もっともらしい意見を触れ回っては、民の心を煽動する者がおります。恐らくは閣下の手の者かと……」

 その場にいた全員が深刻な顔でうなった。

 リュクルゴスは場の空気を変えるように、いいや、と首を振った。

「ばかな。憶測に過ぎん」

「仰るとおりです。仮になにかありましても、都には衛兵隊も、あなたさまの討伐隊もおります。めったなことはできんでしょう」

「果たして衛兵隊があてになるかどうか」

 リュクルゴスが皮肉っぽく言うと、司祭はふふ、と笑った。

「いずれにせよ議会の動向は我々が監視いたしますゆえ、リュクルゴス殿はどうか陛下の救出をお急ぎくださいませ」

「ああ。感謝する」

 後から聞いたところによると、神殿というのはどちらかといえば王さまの――つまりルイーズの――味方なんだそうだ。執政官率いる議会は決して敵というわけではないが、もし王と議会が対立するようなことがあれば、神殿は王の側につくというわけだ。

「町を見てきたらどうだ? お前が聞いてもつまらない話だろう」

 さっきまで一緒に戦っていたのが嘘みたいだ。こういうときばかりは自分が子供だということを思い知らされる。

 とはいえ、そろそろ退屈してきたころだったのでありがたかった。

 薬草が効いたとはいえリュクルゴスはひどい怪我をしているため、部屋で養生することになった。アーサーが一緒に行こうかと言ってくれたが、それは丁重にお断りした。彼と二人で歩くなんて冗談じゃない。

 ぼくはお小遣いをもらって、ひとり町に繰り出すことにした。

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