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第四十六話 最後の関門 part 2

 息を切らしながら、ごつごつとした岩の通路を戻っていく。大勢の足音と鎧の揺れる音が、ぼくたちを急き立てるように追ってくる。

 すこし進むと、T字の分かれ道になっていた。

「ど、どっちに行けばいい!?」

 上手く頭が回らない。ぼくの目には、ここが初めて来た場所のように映った。

「こっちですよ」

 アーサーが右を指す。

 そうだ。この通路はループになっていたんだから、よりエレベーターに近いほうから回るべきだ。

 足がもつれそうになりながら右へ曲がると、敵は迷うことなくぼくたちの後をついてきた。

 こんなときでも壁の松明が灯ったり消えたりしている。まるで逃げ惑うぼくたちを馬鹿にしているかのようだ。


 ついに、ぼくたちの前にエレベーターが姿を現した。動く岩の奥に隠された扉は相変わらず不気味に光り続けている。

 先頭を走るアーサーに続き乗り込もうとしたとき、固い感触の指が背中に触れた。

「ひいぃ」

 情けない声をあげたぼくの後ろで、リュクルゴスが敵の腕を斬る。ぼくの体をつかんでいた手は、派手な音を立てて折れた。

 その瞬間、リュクルゴスの苦悶の声が耳に入った。あわてて振り返ると、彼の額に巻いたバンダナがちぎれ、赤く染まっている。敵が反対の手で振り下ろした剣が額をかすめたようだ。リュクルゴスは、額を押さえたまま片手で応戦する。指の隙間から、痛々しく血が流れ出ていた。

 その様子を見て、おろおろと立ち止まろうか進もうか迷っていると、今度はぼくの目の前を重そうな斧が横切る。かわした勢いのまま尻もちをつき、とっさに床についた左腕の傷が鈍く痛んだ。思わずうめき声をあげたぼくを、リュクルゴスが強引に立たせる。

「いいから早く行け!」

 普段の温和な彼からは考えられないほどいらだちをはらんだ声で怒鳴った。追いかけられる恐怖と怒鳴られたことのショックから泣き出しそうになるのを必死でこらえて、エレベーターへと駆け込む。

 最後にリュクルゴスが乗ると、敵も次から次へとエレベーターになだれ込んできた。来たときと同じように自動的に扉が動き始めるが、やつらにひっかかって上手く閉まらない。

 リュクルゴスが一人一人を斬るが、その隙に別の者が乗り込んでくる。ぼくもさっきの方法で加戦するが、とても間に合わない。

「アーサーも戦ってよ!」

 信じられないことに、アーサーはひとり涼しい顔で立っていた。彼は動じることもなく、顔の前で指を振った。この仕草は彼のくせらしい。

「こういうときはシンプルにやったほうがいいですよ」

 そう言って杖の先で敵の体をトントンと突くと、手際よく扉の外まで押し出す。唖然とするぼくたちの前で、ようやく扉は閉まっていった。

 そして小部屋全体が振動し、地上へ向けて上昇し始めた。

 敵の残骸が部屋の揺れに合わせて転がり、気味が悪い。もう動き出さないのをしっかり確認して、ぼくたちは息をついた。

「これ以上追っては来ないだろうな」

 リュクルゴスを見ると、さっきよりも怪我がひどくなっている。ぼくは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「ごめん、ぼくのせいで……ぼくが役立たずなばっかりに……」

 リュクルゴスは目を見開いて、ぼくの言葉を全く予想していなかったことのように驚いた。

「またそんなことを言ってるのか。宝玉を手に入れられたのはお前の手柄だと言っても過言じゃないぜ」

 ぼくは今までの謎解きを思い返した。エレベーター、祠の扉、彼らだけではわからなかっただろう。

「そっか。それもそうだね」

「自分で言うか!」

 素直に納得すると、リュクルゴスはぼくの頭を小突いて豪快に笑った。よかった、もう怒ってはいないようだ。


 しかしほっとしたのもつかの間、地上にたどり着き扉が開いたとき、目の前にはやはりあいつらがいたのだ。ぼくたちをあざ笑うかのように金属の骨をカタカタと鳴らしている。

「突っ切るぞ!」

 がむしゃらに剣を振り回し切り抜ける。何本もの手がぼくたちを捕らえようと伸ばされ、剣や斧をぶつけてきた。矢があちらこちらに降り注ぐさまは、まるで戦場だ。

 まっ先に神殿の出口にたどり着いたリュクルゴスが、扉を開けた。すぐにぼくたちも追いつき、扉にしがみつくようにして休む。もちろん敵は容赦なく迫ってくるので、背後に気を配りながら、だ。

 ぼくたちの状況とは裏腹に、外には平和そうな満天の星空が広がっていた。そのせいか、明かりのない割には明るい気がする。

 思わず歓声を上げたぼくに対し、扉から顔を出して振り返ったリュクルゴスは、絶望的な声で言った。

「……だめだ、外には鳥がいる」

 はたから聞けば、なんのことかと思うだろう。しかしぼくたちはすぐにはっとした。

 そうだ。外にはあの巨鳥がいるんだ。

 そう思った瞬間、神殿の外壁になにかがぶつかり、建物全体が激しく揺れた。敵もこの事態は予想していなかったのか、動揺しているように見える。

 巨鳥が扉から姿を現したぼくたちを認識して、攻撃を仕掛けてきたのだ。

 石造りの神殿は壊れはしないだろうが、これでは外に出られない。

 絶体絶命とはこのことだ。背後からは、体勢を立て直した金属の骨のようなやつらが、焦らすように距離を詰めてくる。早まって放たれた一本の矢が、ぼくの顔の脇をすり抜けて、壁にぶつかって落ちた。

「魔法……」

 すがるようにつぶやくと、隣から感情の読めないアーサーの声が返ってきた。

「ここで風を起こしても意味があるとは思えません。炎や雷が効くとは思えませんし……」

 確かにそのとおりだ、とぼくは落胆する。やつらの体は金属のようなものでできているからだ。

 ――金属。

 エレベーターに電気を供給していた金属板が目に入った。いちかばちかだ。ぼくはあることが頭に浮かび、金属板をつかもうとした。

 しかし、触れた手が激しい音とともに弾き返される。指先の痛みに顔をひきつらせながら、ぼくはこれ以上ないというほど必死に頭を働かせた。

「大丈夫ですか?」

「アーサー、これに雷の魔法をかけて!」

 アーサーがきょとんとする。

「またですか?」

「いいから!」

 話しながらもリュクルゴスとともに応戦する。ぼくたちが戦う横で、アーサーが半信半疑という感じで杖を構えた。

 彼が杖の先から雷を放つと、金属板は輝きを増した。それと同時に、敵がわずかにたじろぎ始める。

 ぼくは、しめた、と思った。

 徐々に敵の動きがおかしくなってきた。妙にギクシャクしていて、太刀筋が定まらない。ぼくでさえ簡単に攻撃をかわせるほどだ。

「もっと!」

 さらに電気を強めてもらうと、敵は関節から火花を出し始めた。

「もっとだよ!」

 ぼくは力いっぱい叫んだ。それに応えるように、アーサーが目を閉じて大きく息を吐くと、杖から放たれる光がぐんと強まった。

 その瞬間、部屋全体に閃光が走り、なにかが破裂するような音がした。とっさに閉じた目を開くと、金属板は黒く焦げていた。

 はっとして振り返ると、敵も体から煙を出していた。そして急に電源が落とされたように、次々と倒れていく。戦意を喪失したように、ぼうっとしているやつもいる。

 何人もひしめいていたせいか、一人が倒れると巻き込まれるように隣のやつも倒れていった。そうして最後の一人まで倒れたとき、あとには何事もなかったように、静けさと焦げくささだけが残った。

「どういうことだ……?」

 剣を構えたままのリュクルゴスが、呆然と尋ねる。

「こいつらは機械ロボットみたいだったから、主電源を落としたらいいんじゃないかと思って。でも金属板にはさわれなかったから、逆に電気を過剰にかけることにしたんだ」

 もちろんこの世界の住人のリュクルゴスがそんな説明で理解できるはずがない。わかりやすい言葉を探そうと頭をひねっていると、鳥が外壁にぶつかる音が、つかの間の静寂を破った。

「話は後だ。まずは鳥を片づけないと」

 そう言ってリュクルゴスは剣に手をかけるが、なす術がなく、ただ外をにらむことしかできなかった。

「……火は効くかもしれないんだよね?」

 もう火事だなんだと言っている場合じゃない。リュクルゴスも同じことを考えているようだった。

「アーサー……」

 振り返ると、彼はぐったりと壁にもたれて座り込んでいた。色白の頬は火照っていて、かなり苦しそうだ。声をかけようとすると、リュクルゴスに止められた。

「魔法を使いすぎたんだ。これ以上は無理だろう」

 そう言って彼はしばらく思案すると、敵が持っていた弓を拾い、それをぼくに見せた。

「使えるか?」

「とんでもない!」

 彼は軽くため息をついて、開かれたままの入り口に立ち、弓を構えた。表情がけわしい。彼自身もあまり得意ではないのだろう。

 そのまま二、三本矢を放つが、全く手応えがない。

「くそ、だめだ。動いていると当たらない」

 倒れている敵から数本の矢を取ると、再び射る。敵の位置を正確にとらえてはいるものの、その言葉どおり、動いている鳥にはやすやすと攻撃をかわされていた。

 ぼくは銀色の髪の少年のことを思い出した。

 飛んでいるワイバーンにも軽々と矢を命中させていたシーア。こんなとき彼がいてくれたら!

 そんなことはあり得ないと知りつつも、考えずにはいられなかった。

 ぼくたちを捕まえようと、神殿の入り口から巨大な鳥の足が突き出された。扉付近にいたリュクルゴスがあわてて飛び退く。

 いらだつように足をひっこめると、また空を旋回して、突進をくり返す。そのたびに天井や壁のあちらこちらから砂ぼこりが散る。何度目かに建物が揺れたとき、ついにミシミシという音がして壁にヒビが入った。

 ぼくたちは青ざめて顔を見合わせた。石造りといえども、度重なる衝撃がだいぶ響いてきたようだ。

「まずいな……」

 そのとき、まっ黒なシルエットが空を駆け抜けた。

 ぼくはあっと声を上げた。あの巨大コウモリだ。

 シルエットは鳥にすばやく取り付くと、しばらくもみ合った。鳥はうっとうしそうに、片方しか動かなくなってしまった足でコウモリを引っかく。

「コウモリさん!」

 コウモリも負けじと噛んで対抗する。そして鳥を抱き込むようにして、墜落させた。さらにもみ合いながら、地面に押さえつける。

「よしいいぞ!」

 リュクルゴスが神殿から飛び出した。ぼくも後に続く。

 彼はコウモリに当たらないよう気をつけながら、暴れる鳥に勢いよく剣を突き立てた。

 盛大に血が吹き上がり、ついに鳥は動かなくなった。

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