第四十五話 最後の関門 part 1
――右か左か、方向を表すもの。
アーサーはしばらく頭をひねっていた。
「方向でなくても、なにか十二人の神さまを二種類に分けるような条件はないかな」
二種類、という言葉に反応して、彼は手を打った。
「それなら、性別かもしれません。男神なら右、女神なら左、というのはどうでしょうか?」
「それだ!」
反対という可能性もあるが、試してみる価値はありそうだ。
アポロンは男神だそうなので、右。太陽の絵の下には「Ⅱ」と書かれている。
ぼくは金属板を「右」に回し、クチバシが「二」回目に太陽の絵を差したところでぴたりと止めた。つまり、あれだ。金庫のダイヤルの要領だ。
「おお、すごいですね」
「なるほどなー」
意味を理解したアーサーとリュクルゴスがうなった。
「つぎは『月』――セレネは左です」
月の絵の下には「Ⅲ」と書かれている。したがって、左に三周させ、今度は月の絵のところで止める。
そうしてぼくたちはアーサーの知識と絵の下に付された数をもとに、ひとつひとつの絵を合わせていった。ちなみにアイオロスは右、男神なんだそうだ。
「これが最後。『弓』だね」
「弓」――すなわちアルテミスは左だ。「Ⅱ」と書かれているから左に二周させ、弓の絵の下で止める。その瞬間岩の中で、なにかが外れるような音がした。
みんなで顔を見合わす。
「当たりだね」
金属板はもう回らなくなり、しばらくするとひとりでに岩のなかに沈み込んでいった。
「気味が悪いな」
リュクルゴスが率直な感想をもらした。今までいろんなふしぎなものを見てきたとはいえ、千年前のものがひとりでに動いているのはやはり気分のいいものではない。
そうして金属板が奥まで入り込むと、砂ぼこりをたてながら、やはりひとりでに扉が上がっていった。
祠のなかは、本当にまっしろだった。ここでは美しい装飾品でさえもが煩わしいものであるかのように、本当になにもなかった。奥にごく簡素な祭壇が置かれているだけだ。
そして祭壇の上に、それはあった。
手のひらにおさまるほど小さくて、深い青色を湛えている。見つめていると吸い込まれそうだ。表面には扉にあったものと同じ、「羽」の絵が刻まれていた。
「これがテラスティアの宝玉……」
ぼくとリュクルゴスがぼうっとながめていると、真っ先にアーサーが手をのばした。
「これは、わたしが預かっておきます」
そう言って、そそくさと懐にしまう。
「ええっ、ぼくが扉を開けたのに」
口をとがらせて言うと、リュクルゴスが苦笑した。
「まあまあ、どっちでもいいじゃないか。子供じゃあるまいし」
「子供だもん」
不満を言いつつ外に出ようとした瞬間、突如耳をつんざくようなけたたましい音が鳴り響いた。それと同時に外でたくさんのものが動くような気配がする。
「なっ……」
慌てるぼくとちがい、二人はこれを予想していたかのように落ち着いていた。
「きましたね」
「ああ。ただで帰してくれるわけがなかったな」
アーサーは杖を構え、リュクルゴスは剣を抜いた。ぼくもなにか構えたかったがなにも持っていなかったので、とりあえず拳を構えてみた。
そのまましばらく待ってみるが、なにも起こらない。禍々しい警告音だけが鳴り続けている。
「一、二の三で外に出るぞ」
リュクルゴスが言うと、みんなで顔を合わせてうなずきあった。
「ううっ!?」
「なんだこれは!」
リュクルゴスの合図とともに走り出ると、一瞬にしてあたりの様子が変わっていた。まず、日がすっかり落ちていた。しかしそのわりに暗くないのは、例のヒカリタケのおかげだ。明るいときには気づかなかったが、崖の上にもたくさん生えていたのだ。暗くなったことで命を吹き込まれたかのように、洞窟内に神秘的な輝きを与えている。
そして青白い光の下にあやしく照らし出されていたのは、どこにこんなに隠れていたのか、祠のまわりを取り囲む大勢の人間だった。
いや、よく見れば人間ではない。みな鎧をつけ、手に手に剣や斧や弓などの武器を持っているが、鎧の隙間からのぞく腕や足は、骨しかないように見える。しかもその体は緑がかった金属のようなものでできていて、どこか機械じみていた。兜の下には金属の骨組みを押し固めたような平べったい顔があり、目のつもりなのか水晶をふたつはめ込まれている。
「これはモンスターでも魔物でもありませんね。さしずめテラスティアの警備兵というところでしょうか」
アーサーが冷静に分析する。彼はこの状況を楽しんでいるかのようにさえ見えた。
「どうやって動いているんだ……?」
「さあ、わかりませんねぇ」
「危ない!」
話しているリュクルゴスの背後に剣を振り上げた敵が迫っていた。彼はぼくが叫ぶよりも早く、自らの剣で攻撃を受け止める。鋭い金属音が、洞窟内に響く。それを合図にしたように、他の者たちも一斉に動き始めた。
そしてついに戦闘ははじまった。敵は三十人ほど、剣を振るう動きは滑らかで、人間そのものだ。
リュクルゴスは何度か剣を交わらせ、敵の刃をはねあげると、自らの肩で体当たりした。バランスを崩し転んだ敵に、勢いよく剣を振り下ろす。およそ人間らしくない音と共に、やつの体は真っ二つに斬れた。
いや、折れたというほうが正しいか。体を支えていた金属の骨組みが見え、そこからは電気のようなものがほとばしっていた。見たこともない光景にぼくたちは困惑するが、考える間もなく次から次へと敵が押し寄せてきた。
アーサーは呪文を唱えていた。杖を突きつけると、通路でもやったように先から強い風が放たれる。そして手前のやつがひっくり返ると、後ろのやつらも巻き込んでドミノのように倒れていった。そのまま何人か崖下に落ちていく。
「すごい!」
「エンノイア!」
建物の陰に隠れていたぼくに、リュクルゴスが敵からはじき飛ばした剣を投げてよこした。太く、あまり長くはない剣だ。柄は金色で、なかなか見事な装飾がほどこされている。
「ええっ」
まさかこれで戦えって。リュクルゴスの顔を見ると、彼はニッと笑った。
「お前の本気、見せてくれよ!」
今までだって十分本気だったんだけどな。
待ってましたと言わんばかりに剣を持ったやつが背後から駆けつけてきた。
「お、お手やわらかに……」
すがってみたが当然応えてくれるはずもなく、敵は容赦なく剣を振り上げた。
「ちょ、ちょっと待って!」
反射的に手が動き、気づけばぼくは剣を受け止める格好になっていた。反動が腕を伝い、全身を震わせる。
「と、止まった……」
内に沸き起こる妙な高揚感を静めながら、次の動きに集中する。
右、左、上、下、と次々と繰り出される剣を必死で受け止める。次第に敵の動きが読めるようになってきた。しかし防御するのが精いっぱいで、とても反撃する余裕がない。
しかもやつは馬鹿力で、腕がしびれてきた。むこうは金属だからか、全く疲れを見せない。体力勝負でいったら不利に決まっている。
ぼくはリュクルゴスがやっていたのを思い出し、肩で思いきり体当たりした。転ばせることはできなかったものの、ふいをつかれた敵はバランスを崩す。
「やっ……た!?」
さらに追い詰めようと踏み込みかけた瞬間、ぼくの左腕を鋭いものがかすめていった。地面に数滴の赤い液体が飛び散る。ぼくは声にならない声をあげ、ガクリと膝をついた。
熱湯を浴びせられたように傷口が熱い。みるみる袖に赤い染みが広がっていき、そこから漏れ出るように、急速に力が抜けていく。ぼくは唇を噛んで、どうにか意識を保った。
攻撃を受けた方向を見ると、そこには矢をつがえた敵がいた。そいつはすぐにアーサーの放った風に巻き込まれて、どこかへ転がっていった。
しかしほっとしたのもつかの間、ぼくの目の前には体勢を立て直した敵が迫っていたのだ。
やつはここぞとばかりに頭上に剣を振り上げる。受け止めようとするが、ぼくは矢を受けた拍子に剣を落としてしまっていた。
拾おうにも足に力が入らない。
「エンノイア!」
リュクルゴスがこちらに来ようと頑張ってくれているが、次々と現れる敵に手が離せないようだ。
ぼくは目を閉じることさえできずに、迫りくる刃の先をただ見つめていた。
そのとき、ぼくの脇から飛び出したデュークが敵の顔に張りついた。敵は前が見えず、剣を下ろしてひどく動揺した。
「デューク、えらい!」
ぼくは痛みをこらえて立ち上がると、そばに落ちていた剣を拾った。それを手に、やつに向かう。敵は顔についたデュークを払いのけようと、まだ暴れている。
ついにデュークが顔から引きはがされた瞬間、ぼくは剣を横に構えていた。思いきり薙ぎ払うと、強烈な反動とともに、ぼくの剣は敵の首をはねた。
「げ……」
ぼくは敵の頭と自分の剣をまじまじと見比べた。どうやら頭を支えていた骨組みが折れただけのようだが、動きが人間じみているだけに気分が悪い。
無機的な音を立てて兜がバウンドする。頭を失った敵はふらふらと歩いたあげく、ぼくの前を通り過ぎると、そのまま勝手に谷底に落ちていった。
しかし容赦なく次の敵が迫ってくる。
「デューク、同じ要領で頼む!」
デュークが敵の視界をふさぎ、ぼくは首をたたき落とす。上手いやり方を見つけたぼくたちは、そうやって何人かを倒していった。
「おお、やるじゃないか。ちょっとエグいけどな」
リュクルゴスが、戦いながら褒めてくれた。
しかし、こいつらは一向に減る気配がない。はじめは三十人ほどに見えたのに、どこからか新手のものがわいてきているんじゃないだろうか。
「きりがないな。引き揚げるぞ!」
リュクルゴスの一声で、みんなは谷底の向こうにある元来た穴に向かって走り出した。アーサーが風で敵をけん制しながら道をつくり、ぼくはその後ろに続いた。リュクルゴスがぼくたちの背後を守りつつ最後尾を走る。
「ま、まさかまた谷を渡るっていうの。この状況で」
話すぼくの脇を矢が飛んでいく。今度はすんでのところで上手くかわした。
「それ以外に帰りようがないだろ!」
リュクルゴスは次々と飛んでくる矢を剣で払いながら答えた。
来たときと同じようにアーサーが一番先に谷を渡った。リュクルゴスはぼくが跳ぶのを待っていて、敵を追い払ってくれていた。
崖の向こう側でアーサーが急かす。しかし崖の下に広がる暗闇を見たとき、ぼくは再び跳ぶのをためらってしまった。
後ろを振り返ると、次々と追手が迫っている。リュクルゴスはぼくと目が合うと、励ますようにうなずいた。
ぼくは彼が体にいくつもの傷を負っていることに気がついた。痛がるそぶりも見せないが、痛々しくシャツが赤く湿っている。息も荒い。いくらリュクルゴスでも、一人でこれだけの敵を相手にするのは無理がある。
――これ以上彼に負担をかけるわけにはいかない。
ぼくは覚悟を決めた。今度は跳ぶ前に落ちるようなへまはしない。ぼくは両足に力を込めて、思いきりジャンプした。
しかし、ぼくのかかとはわずかに地面に届かなかった。先ほどとは逆に、今度はかかとに引きずられるようにして、つま先が地面から離れていく。
――だめだ、落ちる。
あのときと同じ恐怖が全身を包む。しかしぼくの体は斜めになったまま、落ちずにその場に留まっていた。
「……?」
ぎゅっと閉じた目を開くと、白いローブの袖が見えた。アーサーがぼくの手をつかんでいたのだ。
「エンノイアくん重いです、自力で上がってください」
彼の力では支えるのが限界なのだろう。額に汗を浮かべてアーサーが叫ぶ。
ぼくは腕が抜けそうに痛むのをこらえて、どうにか這い上がった。
「あ、ありがとう、アーサー」
ぼくが意外という顔をしたので、アーサーはふんと鼻を鳴らした。
「当たりまえでしょう。わたしも鬼じゃありませんよ」
リュクルゴスも敵の隙を見て跳んでくる。
ようやく三人そろって、息を整えていたが、崖の向こう側を見てぼくは目を疑った。なんと敵は全くためらいもなく崖を跳ぼうとしているのだ。
「だめだ、まだ休んでいる場合じゃないぞ!」
ぼくたちはさらに来た道を戻っていった。