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第四十四話 地下の住人

 それ(・・)がなにかを理解するのに、しばらく時間がかかった。輪郭線をたどり視界が一八〇度回転したとき、ぼくはついにその物体を認識して、尻餅をついた。

「あ……あ……」

 前を指差したまま金魚のように口を動かすぼくを見て、そいつは寂しげに語りだした。

「そう恐れることはない。まあこの姿では無理もないか……」

 突如目の前に現れた真っ黒な物体、それは天井から逆さまにぶら下がり、横穴いっぱいに広がった巨大なコウモリだったのだ。それも、人間の言葉を話す。

 とっさに地面についたぼくの手が、なにかをつかんだ。広げてみると、手のひらが青白く光っている。よく見れば、キノコのようなものが手の上でつぶれていた。

 あたりを見回すと、洞窟内のいたるところから同じような光が放たれているのがわかる。壁全体が光っているようでいて、小さな光るキノコがいくつも集まっているだけだ。

 なるほど、これが洞窟の底を照らす光の正体だったらしい。暗闇を照らす無数の青白い点は、夜空に浮かぶ星々を思わせた。

「それはヒカリタケ。暗い場所に生え、自ら発光する」

 機械音声のように低い声が壁を震わせ、穴の中にこだまする。彼はぼくの疑問にわざわざ答えてくれたようだ。

 このあまりにも不可解な状況に、ぼくは怒りすらわいてきた。

「い、いいかげんにしてよ。人間の言葉を話すコウモリなんかいるわけないだろ!」

 いるわけないと言ってもこうして目の前に存在するわけだが、ぼくはそれほど混乱していた。

 するとそいつは逆さまのまま、犬のようにすこし尖った口から、フウ、と息を吐いた。

「信じられないのも無理はない。実は、そのキノコのせいなのだ」

 手の中でつぶれてしまったキノコを見る。もはや原型を留めていないが、相変わらず蛍光色を発し続けていた。

「月の光を浴び続けると、動物がモンスターと化すのは知っているだろう?」

「う、うん……」

 まさかモンスターにモンスターのことを教えられるとは……。

「お前も見てわかるとおり、この洞窟には月の光は差さない。しかし、その代わりとなるのがそのヒカリタケなのだ。その光はすごく心地がよくて、わたしは毎日それを浴び続けた。こんな場所だから争う人間がいるはずもなく、それからわたしは百年もの間生きながらえた。するといつからかこんなにも体が大きくなり、お前たちの言葉がわかるようになったのだ」

 まるでおとぎ話の世界だ。ぼくは混乱しつつ、そんなこともあるのかと、とりあえずうなずくしかなかった。

「しかしあるとき横穴の入り口が崩れて、この大きな体では出られなくなった」

 入ってきたほうを振り返ると、確かに穴の入り口は少し崩れている。ぼくにはどうということもなかったが、こいつの大きさでは通ることができないかも。

「幸い食べ物などは仲間が運んで来るが……。人間に会うのは久しぶりだ。ああ、もう一度だけでいいから外に出たい。もう一度だけ空を飛びたい……」

 自業自得だという気もするが、あまりにも切なそうに話すので、ぼくはだんだんこいつがかわいそうに思えてきた。

 そしてあることを思いついた。これはなかなか名案かもしれない。

「よし、わかった。ぼくが外に連れ出してあげるよ!」

 そいつはコウモリのくせに、人間みたいに目を見開いて驚いた。その代わり、とぼくは付け加えた。

「ぼくを崖の上まで乗せていってよ。大きいから、それぐらいできるでしょ」

「ぶわーっはっはっはっ」

 突然コウモリが大きな口から大きな声を発したもんだから、ぼくは後ろにひっくり返った。

「いやあ、すまんすまん。少年、なかなか面白いことを考えたな」

 ひっくり返った勢いでお尻でキノコをつぶしてしまった。最悪だ。

「で、やるの? やらないの?」

 ズボンをはたきつつ尋ねると、コウモリは楽しそうに答えた。

「よし、やってみようではないか」

 かくして契約成立。まず天井から離れてもらおうとすると、コウモリはドサリと地面に倒れ込んだ。

「だ、大丈夫?」

「いやあ、しばらく地面にはおりていなかったもんでな」 

 どうするのかといえば、単純だ。ぼくはこの巨大コウモリの体をズルズルと押して、出口まで運んだ。少し崩れた穴はちょうどコウモリの体と同じくらいの大きさだ。自力では出られないだろうが……。

「ふんっ」

「いたたたた。羽が折れたらどうするんだ」

 背中をつかって無理やり押す。コウモリがなにやらわめいているが、無視して渾身の力を込めて押すと、突然抵抗が軽くなった。

 ぼくは勢い余って盛大に転んだ。

「おおお、外だ……」

 床に這いつくばったままのコウモリが、感慨深げにつぶやいていた。大きなゴミ袋が落ちているように見えなくもない。感動的な光景なはずなのに、ぼくは噴き出してしまった。


 光沢のある羽は、ぼくが乗ってもまだ両手いっぱいぶん余るほどに大きい。薄いので、乗ったら破れてしまうんじゃないかと思うほどだ。

 おそるおそる上に乗ると、前のほうがぐんと持ちあがった。危うくバランスを崩しそうになる。頼りない羽を必死につかむと、コウモリはゆっくりと上昇し始めた。

 確かな浮遊感を身に感じながら、ぼくとコウモリは崖と崖の間を上がっていく。ふと下を見ると、かなりの高さまで来ていることに気がついた。

「さあ着いたぞ」

 三十秒ほど経ったころ、コウモリの声に目を開けると、天井から光が差してくるのがわかった。そろそろ日が暮れてきたのかもしれない。落ちる前より光が少し赤みを帯びた気がする。

 そしてついに、視界に真っ白な祠が現れた。その前には、ふたつの人影が見える。彼らはぼくを待っていてくれたのだ。

「モンスターか!?」

 リュクルゴスが剣を抜いたのでぼくはびっくりして、大声で叫んだ。

「待って、斬らないで!」

 妙なものに乗って現れたぼくに、彼は死人でも見たかのように驚いた。

 ぼくはコウモリから飛び下りた。

「ありがとう」

「なに、こちらこそ」

 コウモリはそのまま天井に開いた穴から飛び去っていった。

「エンノイア……ほんとにお前なのか?」

 驚きと興奮の入り混じった顔でまじまじと見る。ぼくはなんだか照れくさくなって、へへ、と笑った。

「それ以外のなんに見える?」

「しかし……どうして助かったんだ?」

 まだすこし疑っているのか、リュクルゴスは距離をとっている。しかし口が笑いかけているのを、ぼくは見逃さなかった。

 ぼくはこれまでの出来事をかいつまんで話した。なぜか怪我もなく崖の下で目覚めたこと、巨大なコウモリを助けたこと。

「まったく、お前ってやつは。心配かけさせやがって!」

 事情を聞くやいなや、リュクルゴスはぼくを抱き締めて、頭をくしゃくしゃにした。

「いたた……痛いよ」

 なんて言いながら、ちょっと嬉しかったりして。

 やっとリュクルゴスの手から逃れると、アーサーが近づいてきた。

「助かってよかったですね。今頃下でぐちゃぐちゃかと思いましたよ」

「ぐ、ぐちゃぐちゃって……」

 身も蓋もない言い方に唖然としていると、彼は笑った。

「冗談です。きみならきっと無事だとわかっていました」

「さあ、ぐずぐずしている場合じゃない。日が落ちる前に祠に入ろうぜ」

 肩に手をかけたリュクルゴスが、茜色に染まった建物を指差した。天井を見上げると、空はさっきよりも赤みを増している。

 ぼくは気を引き締めた。そうだ、助かったのはいいけれど、早く宝玉を見つけないと!


 人が一人入れるか入れないかというほどの小さな祠。数本の柱が三角屋根を支える姿はまるで、地上の神殿のミニチュアのようだ。破風はふには小さな像が彫り込まれていて、そのひとつひとつが未だに輝きを保っている。

 ぼくがいない間、二人は祠に入ろうと試みたらしい。しかし扉の開け方がわからなかったそうだ。

 意外にも荒々しい岩でできた扉には、表面に手のひら大の鳥の絵が刻まれた金属板が取り付けられている。そしてその金属板を取り囲むようにして、十二個の絵が描かれていた。それぞれの絵の下には、「Ⅰ」とか「Ⅱ」とか、ローマ数字のようなものが付されている。一見時計のようだが、数字は不規則な上、大きくてもせいぜい「Ⅳ(四)」だ。

 扉を押してみるが、もちろん開くわけがなかった。今までのことから考えても、やはりこの金属板と絵に意味があるのだろう。しかしなにが描かれているのか、今ひとつわからない。

「これ、なんだろう。剣と、月と……?」

 アーサーが横から絵をのぞきこんだ。

「『剣』『月』『太陽』『船』『弓』『壺』『羽』『柱』『炎』『くわ』『獣』『砂』です。それぞれアテナ、セレネ、アポロン、ポセイドン、アルテミス、ディオニュソス、アイオロス、アトラス、ヘパイストス、デメテル、ハデス、クロノスを象徴していますね」

「な、なにがなんだって?」

 よどみなく繰り出される名前の数々に、頭がパニックになった。

「テラスティアの神々ですよ。アイオリアはアイオロスを主神として崇めていますが、本来テラスティアには十二人の神がいたんです」

 そういえば、ヒエラポリスの神殿にはアイオロスの他にもたくさんの神様の絵が描かれていたっけ。

 アーサーによれば、大きな神殿では一応全ての神が祀られているものの、アイオロス以外は専門の神殿もなく、あまり有名ではないらしい。テラスティアの時代には全ての神が等しく信じられていたが、現在のアイオリアの地域は特にアイオロスを篤く信仰していた。テラスティアが分裂した際、他の地域――チュートニアとアディスはテラスティアの文化をほとんど踏襲しなかったため、結果アイオロスが主神となり、他の神は廃れていったというわけだ。

 リュクルゴスがほう、とため息をついた。

「よく知ってるな。俺もアイオリアに住んで十年は経つが、そんなに詳しくは知らないぞ」

「アーサーって、ほんとに神官だったんだね」

「なんだと思ってたんですか?」

 純粋に驚くと、思いきりにらまれた。しかしすぐに顔を絵のほうに戻し、眉間にしわを寄せて考え込み始めた。

「それで、ぼくを待っている間に、なにかわかった?」

「ひとつ思い当たることがあるんです。このような図柄をテラスティアの文献でいくつか見たことがありますが、神々にも階級というものがあり、描く順番に決まりがあるようなんです。この世の根源である『太陽』を筆頭に、その対となる『月』、魔界を表す『獣』、そしてこの世の五元素であるとき、土、火、水、風を表す『砂』『柱』『炎』『船』『羽』、そして人々の道具である『壺』『鍬』『剣』『弓』……とね。なにか関係がありそうですが、一体どうすればいいのか……」

 ぼくは話を聞きながら金属板に触れているうちに、それが回ることに気がついた。絵の中の鳥のクチバシは外側を差している。

「ふーん、なるほどね……。それぞれの神に、方向を表すものはある?」

「方向、ですか?」

「右や左なんかを表すようなもの」

 ぼくの頭の中にはまた向こうの世界のあるもの・・・・が浮かんでいた。どの世界の人も考えることは同じなのかな。

「それに何の意味があるんだ?」

 ぼくはわざともったいぶるように言った。

「うん……並べてみようか、正しい順番に」

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