第四十一話 洞窟のメッセージ
「と、閉じ込められたってどういうこと……!?」
思わず声を荒げるぼくとは裏腹に、アーサーは淡々と答えた。
「わたしはさっき、来た道を戻ってみると言いましたよね」
「うん。って、あ、あれ!?」
ぼくははっとした。そう言われてみると、様子を見に戻ったはずのアーサーが反対側、つまりまだ行ってもいない通路の先から歩いてきたことに気づいた。
リュクルゴスも驚き困惑している。これでは全くわけがわからない。
「何か魔法使った?」
アーサーはあきれて言った。
「先回りできる魔法なんかあったら誰も苦労しませんよ。わたしたちはずーっと右向きに曲がってきましたよね? つまり、こういうことです」
アーサーは地面に指を立て、右回りに正方形を描いた。そしてその形を何度も何度もなぞる。
「あああ、なんてこった……」
リュクルゴスが嘆くのもわかる。同じくらいの長さの道を何度も何度も右に曲がった――要するに、ぼくたちは同じところをグルグルと回らされていたのだ。
こうして言われてみるとすぐにでも気づきそうなものだが、過度な緊張感とひとつひとつの通路が長いことから、感覚が鈍っていたんだろう。それから、松明の火。あれはどういうわけかひとりでに灯るが、角を曲がるとやはりひとりでに消えるらしい。だから同じ通路を二回通っても何の違和感もないのだ。
でも、それだけじゃないような。ぼくはたどった道のりを頭の中で思い返してみて、奇妙なことに気がついた。
「待って。それっておかしくない? エレベーター……地下の入り口はどこに消えたの?」
ぼくの言い直しを少し気にしながらも、アーサーは難なく答えた。
「最初の角を曲がったとき重いものが動いたような音がしたでしょう。あのときに岩かなにかが動いて、入り口をふさいでしまったんじゃないでしょうか」
「はあああ……」
力が抜けて座り込んだぼくに、彼は真剣な表情をして言った。
「落ち込んでいる場合じゃありませんよ。早く脱出する手段を考えないと!」
とにかくぼくたちはエレベーターを探すことにした。
こういう狭い場所に閉じ込められたとき真っ先に思い浮かぶのが酸欠だ。しかしけっこう長い時間いるというのに相変わらず火は灯っていたし、不思議と息苦しいという感じはしなかった。
薄明かりの中ひとつひとつの通路の壁を丹念に調べて、エレベーターを探すというのは骨の折れる作業だった。しかもよほど上手い具合に岩が動いたのか、全くそれらしきものが見つからない。
――もし、このまま出られなかったら。
だんだん冷や汗が出てきた。他の二人も無言になり、躍起になって出口を探した。
しかし、出口は見つからない。
「もうだめだ!」
ついに痺れを切らしたぼくは、床に大きく倒れ込んだ。
「ピピッ」
勢いで潰されそうになったデュークが慌てて飛んでいく。
「エンノイア……」
リュクルゴスが心配そうにぼくの顔をのぞきこんだ。
「陛下にどうしても会わなきゃいけないんだろ? 理由は聞かないけどさ。だったら、もう少し頑張ろうぜ。な?」
そう言ってぼくの汗ばんで額にはりついた前髪をいたわるように撫でた。優しい言葉に目が潤んだが、それでもぼくの態度は卑屈なものになってしまった。
「もう無理だよ……。なんだかばかばかしくなってきた。ひとつ目の宝玉にだってこんなに手間取ってるんだよ? ぼくたちが魔界にたどり着くときには王様なんかとっくに死……」
ぼくはそこで思わず口をつぐんだ。アーサーからもリュクルゴスからも、それだけは口にしてはならないと無言の圧力を感じたからだ。
ぼくは溜め息をついて天井を見上げた。元の世界に帰るためにルイーズを助ける、ルイーズを助けるために宝玉を手に入れる、宝玉を手に入れるためにこの空間から脱出する。ほんとにばかみたいに長い道のりだ。
リュクルゴスの背よりも少し高い天井にはか細い松明の光なんか全くの無意味で、ぼくの今の気持ちを表すかのように真っ暗な空間が広がっていた。
有機的な空間には不釣り合いに鋭く光る、ただ一点を除いては。
「って、ええっ!?」
ぼくは驚いて跳ね起きた。ふらつきながらも目を凝らして見ると、そこには金属板のようなものが貼りつけられていた。
かすかな明かりを、光沢のある表面に受け止めて反射している。ぼくの反応を見てその金属板に気づいた二人も驚きの声を上げた。
一番背の高いリュクルゴスが手を伸ばしそれに手をかける。外すのにはかなり手間取ったが、リュクルゴスが力いっぱい引っ張ると天井の岩をぽろぽろと降らせながらなんとか取ることができた。今度は丸でなく長方形の板のようだ。
「表面に何か書いてあるな」
リュクルゴスが取った金属板の表面を軽く払った。
ぼくはそれを見てどきりとした。確かに文字のようなものが見てとれるが、それはアーサーの本に書かれていたのと同じ、ぼくが読めない文字だったからだ。
しかし二人は意外なことを口にした。
「……これはアイオリア語じゃないな」
「テラスティアの言葉でしょう。わたしは読めますよ。貸してください」
そう言ってアーサーは金属板の文字を調べ始めた。
「テラスティアの言葉だったんだ。じゃあ、アーサーが昨日読んでいた本も? 植物図鑑みたいなの」
その瞬間、金属板をなぞるアーサーの手が止まった。奇妙な沈黙が流れる。
ぼくとリュクルゴスが不思議な顔で見守るなか、アーサーはゆっくりと顔を上げた。
心臓が凍りつくかと思った。彼は普段おだやかな表情をしていることが多いが、今の彼は射抜くように鋭い目をしていたからだ。そして静かな声で言った。
「……見たんですか?」
咎めるような口調と表情に驚いて、ぼくは縮こまってしまった。
「う、うん、ごめん。……ダメだったの?」
アーサーはふっと表情をやわらげて、口元に笑みを浮かべた。でも目が笑っていない。
「……いえいえ、ちょっと驚いただけです。わたしは薬草採集が趣味でして、テラスティアの文献も調べているんですよ」
ぼくはリュクルゴスと顔を見合わせた。とてもそれだけとは思えなかった。
一体どうしたというんだろう。そのただならぬ雰囲気にぼくは恐ろしくなって、それ以上聞くことができなかった。
「それより、解読できました」
その金属板には、こう書かれていたらしい。
『絶望の中から見いだす光もある。光の下にあるものだけが真実ではない』
「なんだか意味深だな」
「教訓でしょうか?」
今のぼくの状況そのものだ。絶望して天井を見上げたらこれが光ってたんだ。でも、それがなんだっていうんだ?
ぼくたちはしばらく頭をひねったが、わからなかった。
「しょうがないな。作業に戻ろう」
そう言ってリュクルゴスが壁を調べ始めたので、ぼくもしぶしぶそれにならった。