第三十九話 不可思議なギミック
扉の横には、いかにもスイッチと思しき出っ張りがあった。ぼくたちは当然それを押してみたが、カチッと気持ちのよい音がしただけで、扉は開かなかった。
「ん、ぎ、ぎ、ぎ……」
石でできた扉そのものは押してもびくともしないし、引こうにも取っ手がない。真ん中に薄らと縦の筋が見えるので、両側にスライドして開きそうだが、隙間が狭くて手を掛けることができない。
「こりゃだめだな」
「そもそも扉ではないのでは?」
ついにアーサーがそんなことまで言い出した。
「そんなあ! じゃあ宝玉はどうなったの!?」
「初めから存在しなかったか、あるいは侵入者たちが持ち去ったか……」
ぼくは肩を落とした。宝玉がなければ、ルイーズを助けられないし、ルイーズを助けられなければ、ぼくは元の世界に帰ることができないのだ。
ううん。そんなの絶対に嫌だ。ぼくは必死に扉を調べ始めた。
ぼくはふと、扉の下のほうから壁に沿って、溝が伸びているのに気がついた。それを目で辿っていくと、壁を複雑な模様のように這い、神殿の入り口まで続いていた。その場所まで行ってみると、溝の終わりには丸い金属板のようなものがはめ込まれていた。まるでこの板に何かをすると、溝を辿って扉に何かが伝わり、扉が開く……そう言わんばかりだ。
いや、まさにその通りなんじゃないだろうか。だとすれば、何を伝わらせるというんだろう。
ぼくはもう一度扉を見た。ぼくはこの扉を見たとき、何かを思い出したんだ。それはきっと、この国に来る前のこと。そう思って見ると、この扉は変に近代的な臭いを放っている気がした。
「電気……」
ぼくは咄嗟にそう呟いた。
「え? 何か言いました?」
「そうだ、電気だよ!」
訳がわからないままでいるアーサーの手を引いて、金属板の前に立たせる。
「これに向かって、雷の魔法を放ってほしいんだ。軽くでいいから」
「はあ?」
半信半疑といった感じでアーサーが呪文を唱えると、杖の先から細い稲妻が走り、丸い金属板に当たった。その瞬間、電光はあっという間に板から溝へと伝わり、溝から扉へと伝わった。そして扉全体が薄らと光を放ち始めた。
「リュクルゴス、横のスイッチを押してみて」
「わ、わかった」
扉の傍にいたリュクルゴスが、恐る恐る逆三角形をしたそれを押す。全員が固唾を呑んで扉を見守った。
果たして扉は開いた。機械的な音を立てながら、思った通り左右にスライドする。
「おお!」
「エンノイア君、今日は冴えてますね! どうしてわかったんですか!?」
二人は手放しで喜んでいたが、ぼくは嬉しい反面、なんだか気味が悪かった。世界をまるっきり覆されたような違和感ばかりが残る。
「とにかく先を急ごう」
リュクルゴス、アーサーと扉の中に入り、最後にぼくが入ると、背後で勝手に扉が閉まってしまった。そして扉の中は部屋と呼べるほどの大きさもなく、小さく開いた窓以外、完全に密室だった。
しかし、それはある種ぼくの予想通りのことだった。
「閉じ込められたか!?」
「ううん、多分……」
ぼくが言いかけた瞬間、部屋がガクンと揺れ、それからまた機械的な音と共に部屋が動いているような感覚があった。
「部屋ごと地下に下っているんでしょうか……!?」
窓から外を覗くと、部屋全体が下っていっているのがわかる。やがて地面のようなものが見え、完全に地下に潜ってしまった。
そうしてしばらく下った後、再び扉が開いた。扉の向こうには洞窟のような空間が広がっている。真っ暗で先はほとんど見えないが、奥からひんやりとした空気が流れてくる。
リュクルゴスたちは驚きの声を上げていた。
「外から見たとき他に部屋はなさそうだったから妙だとは思ったが、こんな仕掛けになっていたとはな……」
「すごいですね。これがテラスティア時代の魔法なんでしょうか」
魔法使いのアーサーが興味津々といった様子で、光る扉を撫でていた。けれどもぼくはこれが魔法の類ではないことを知っている。
ぼくは忘れていた言葉を思い出した。そうだ、これは、「エレベーター」だ。
もちろん、ぼくが今まで見てきたアイオリアの中にはこんなものは存在しなかった。それどころか、機械と呼べるようなものさえ見たことがない。この国の人たちはぼくの世界のずっとずっと昔の人たちのようにランプを灯し、馬に乗り、剣で戦う。
けれどもその千年前のテラスティアという国は、ぼくの世界と同じ――ひょっとしたらそれ以上の――文明があったみたいだ。
洞窟の中は上とは違い、まるで人の気配や、人のいた形跡がなかった。侵入者たちはあの扉の開け方がわからなくて、諦めたんだろうな。そう思うと、テラスティアに高度な文明があったことは、幸いかもしれない。
ぽっかりと口を開けた洞窟に足を踏み入れると、背後でエレベーターの閉まる無機質な音が響いた。