第三十七話 作戦
目の前で木に雷が落ちたらこんな音がするんじゃないだろうか。
鼓膜が破れるかと思うほど鋭い音がして、ぼくはとっさに耳をふさぎ、目をつぶった。それでも足元から、余韻で大地が震えるのを感じる。
辺りが落ち着いたところで、ぼくはそっと目を開いた。
空に浮かんだ黒い雲はどこかへ消えていた。アーサーは魔法を唱えたときのまま、杖を地面について立っている。
そして巨鳥は――。ぼくは神殿の屋根を見上げて、声をあげた。
「すごい……」
「ああ……」
隣でリュクルゴスが同意した。
巨鳥は――ピンピンしていた。
「な、なんで!?」
衝撃で神殿の屋根の石が欠けているというのに、鳥は何事もなかったかのようにそこにとまっていた。いやむしろ適度な刺激を受けて、より元気になったんじゃないだろうか。
鳥はほんの少し焦げた羽をくちばしで丁寧に直して、勝ち鬨のように高らかに鳴いた。
さっきまでの威厳はどこへやら、アーサーが情けない声をあげながら、こちらに走ってきた。
「羽が分厚すぎてきかないみたいですぅー!」
「炎の魔法はどうだ?」
リュクルゴスが案を出した。
「それいい! 羽を燃やしちゃえばいいんじゃない?」
ぼくは賛成したが、アーサーは首を振った。
「本気で言ってるんですか? こんなところで炎なんか使って、火事になったらどうするんです」
確かにそうだ。ぼくたちはすっかり頭を抱えてしまった。
巨鳥は積極的に襲ってくるわけではないが、相変わらず神殿の遺跡の屋根の上で頑張っていて、中に入れそうにない。
なんとかして追い払わないと……。そう思いぼくは辺りを見渡したが、当然そこには木と草しかなかった。
「あっ、おいこら!」
頭を抱えるぼくの横で、リュクルゴスの声がした。見ると、なぜかデュークがしきりに馬の手綱をくわえて、引っ張ろうとしている。
「デューク、イタズラはやめろよ!」
口ではそう言ったものの、ぼくにはこの行動がイタズラだとは思えなかった。デュークはたびたび勝手に飛んでいったりしてぼくを困らせてきたが、そのたびにルイーズと出会ったり、モンスターと出会ったり……何かしらぼくを導いてきた。つまり、これも何かのヒントではないか、そう思ったわけだ。
手綱を引かれた馬は嫌がり、デュークを追い払うように首をブルンと回す。手綱をくわえたままのデュークは勢いでグイと引っ張られた。
ぼくはあっと声を上げた。
「アーサー、昨日ぼくの手から魔法で本を取ったよね。あれって、引き寄せるだけじゃなく、自由に動かすこともできる?」
アーサーは要領を得ない様子で頷いた。
「はあ、まあ軽いものなら。言っときますけど、あの鳥を動かそうったって無理ですよ」
「ううん、そうじゃなくて……」
ぼくはリュクルゴスの持ってきた二、三袋の荷物の紐を解き、全てしっかりと結んで繋げた。それでもまだ短いので、そばにあった頑丈そうな木の蔓を剣で切り、さらに繋げる。うん、これならなかなかの長さになる。
「この紐の片側を鳥に気づかれないように足に巻きつけてほしいんだ。できるかな」
ようやくぼくの考えを飲み込めてきた二人が、ニヤリと笑った。
「ほおう、なるほどな」
「なるほど、わかりましたよ。ですが、その後はどうするんです?」
二人が感心したように頷いてくれたので、ぼくは得意になって説明した。
「こうする」
紐の片側は、馬の首にしっかりと巻きつけた。
二人は、ますますニヤリとして頷いた。しかし、ぼくにはひとつ気がかりなことがあった。
「でも……馬を一頭失ったら困らない?」
アーサーがすかさずフォローする。
「いやこの程度の紐ではすぐに切れるでしょうし、馬は利口ですから、しばらくしたら戻ってくると思います。同時に鳥も戻るでしょうが……そのときのことはまたそのとき考えましょう」
直接の作戦は語っていないが、みな暗黙の了解のように頷いた。困った事態のはずなのに、ぼくはなんだかわくわくしてきた。
いつまでも遺跡から数メートル離れたところでコソコソ話しているぼくたちを、鳥が訝しげに睨んでいる。そろそろ計画を実行しないと、痺れを切らして襲いかかってきそうだ。
「じゃあいきますよ」
アーサーは紐を持ったままほんの少し鳥に近づいた。そして紐をふわりと宙に投げる。普通なら重力に従ってすぐさま落下するのが、アーサーが目を閉じ何かを唱えると、不思議な動きで鳥のほうへ向かっていった。
鳥に気づかれないように、紐の動きはひたすら慎重だ。ゆっくり、ゆっくりと、着実に神殿の屋根に食い込んだ鳥の足に近づいていく。そして、足に直接触れるか触れないかという絶妙な距離で巻きついていく。
こそばゆいのか鳥は紐の巻きついていないほうの足でもう片方の足をポリポリと掻く。そのたびにアーサーは紐の動きを止め、ぼくたちは息を呑むが、鳥は紐の奇妙な動きには気づかないようだ。一周、二周……四周したところで最後に結ぶように輪をくぐらせ、キュッと引き締める。さすがに足に走った衝撃に気がついた鳥は、鳴きわめき羽をバタつかせた。
「それで、こうするんだな!?」
ぼくが指示するまでもなくリュクルゴスは手によくしなる木の枝を持っていた。
「悪いな! ちょっと痛いぞ!」
それを鞭のように振り上げると、馬の尻を強く叩いた。痛々しい音が響き、馬が前足を上げて鋭くいなないた。
「やった!」
ぼくの思惑通り、慌てた馬は草原の上を駆け出した。馬と巨鳥は繋がれているので、当然鳥は引っ張られるような格好になる。しばらく必死にもう片方の足で屋根にしがみついていたが、徐々に屋根の石は削れ、少しずつ引きずられていく。
とはいえ所詮荷づくりの紐と蔓。特に蔓の部分が、すぐに音を立てて裂け始めた。
「急ぐぞ!」
呆然とその様子を眺めていたぼくにリュクルゴスが声をかけ、ぼくたちは神殿に向けて猛ダッシュした。鳥はぼくたちの行動に気づき騒ぎ始めたが、片足を引っ張られているのでどうにもならないようだ。