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第三十二話 旅立ち

 皆が解散した後、ぼくはすぐさまリュクルゴス隊長を追いかけた。

 部屋には前のほうと真ん中あたりと、二つの出入り口があったので、隊長は集会が終わった後すぐに前の扉から出ていってしまった。

 ぼくはというと真ん中あたりの扉の前に立っていたため、退室する兵士たちにもみくちゃにされてしまった。

 彼らを押しのけながら、隊長を見失わないように必死に前に進む。


 無我夢中で追いかけていると、彼の行く手に簡素な木の扉が見えた。

 どうやら通用口のようなものらしい。隊長がその扉をくぐると、隙間から外がのぞき見えた。ようやく兵士たちの波を抜け出したころ、彼に続いて、ぼくもその扉を開けた。

 王宮の裏側といったところか。外の空間は思いのほか狭く、すぐ目の前に城壁が迫っていた。

 もう外は夕方のようだ。城壁の向こうに、茜色の空が見えた。城壁の裾を這うように生えている花々も、個々の色彩を失って一様に紅く染まっていた。

 王宮の建物と城壁で囲まれたスペースに、小さな小屋が建っている。それに近づこうと一歩踏み出したとき、向かい風が吹いてきて、ぼくはウッと顔をしかめた。

 寒さのせいではない。突然、草木の香りに、独特の臭気が混じったのだ。これは確か、牧場のニオイ――家畜とワラのニオイだ。

「エンノイアじゃないか。どうした」

 茶色い地に黒いたてがみの馬を引きながら、小屋の中からリュクルゴス隊長が出てきた。彼はぼくのほうを見て、眩しそうに目を細めた。

 そうか。あの小屋は厩舎だったんだな。耳を澄ますと、小屋のほうから馬のブルル、という鳴き声が聞こえた。

 馬には、すでに鞍と(あぶみ)が取り付けられ、こぢんまりとした荷物が積まれていた。集会が始まる前から用意していたのかもしれない。彼のことだから、今すぐ発つつもりなのだろう。

 日暮れだからか、城壁の上に立つ見張り以外、他に人は見当たらない。夕焼けのなか馬を引いて一人たたずむ彼の姿は、なんだか切なかった。

 まるで、街を追放されるかのようだ――ふと、そんなことを考えてしまって、ぼくは苦笑した。

「一人で……心細くないですか?」

 ちがうことを言おうと思ったのに、自然とそんな言葉が口を衝いて出た。

 彼は質問には答えなかったが、じっと目を見つめるぼくを見て、その心を悟ったようだった。

「……じゃあ、お前が一緒に来てくれるか?」

 冗談とも本気ともとれる言い方だった。

 しかし、ぼくは力強くうなずいた。初めからそのつもりだったのだ。


 ぼくたちは王宮の裏から建物の周囲を回るようにして、街に出た。まだかすかに日は残っていたが、街はすでに一日の終わりを迎えようとしていた。電気のないこの国の家々は、夜の訪れに抵抗する手段を知らず、石畳の地面に真っ暗な影を落としていた。

 街の広場を馬を引いたリュクルゴス隊長と歩いていると、たそがれた風景には不釣り合いな張り上げた声が聞こえてきた。誰かが広場の中心で演説をしているようだ。

 そろそろ人通りもまばらになってきたというのに、その人物を取り囲むようにして、そこにだけたくさんの人が集まっていた。中心の人物はやけに長身らしく、人々に囲まれてもなお頭一つ飛びぬけている。

「あれ、なんですか?」

 問いかけるように隊長のほうを見ると、彼はひきつった顔をしていた。

「執政官閣下だ。陛下の件について、街の者に話しているらしい」


 ――あれが、執政官……。

 ルイーズ救出の命令を出し、同時に救出中止の命令も出した人物。

 後から聞いたのだが、執政官というのは要するに、宰相のようなものらしい。王に助言したり、王の不在のときはこうして代わりに政治を執り仕切ったりする。リュクルゴス隊長によれば、ルイーズのいない今は『国の最高権力者』。

 好奇心に駆られたぼくは、群衆に紛れて、その『執政官閣下』の顔をのぞき見ることにした。

 細い顔の輪郭に、これまた針金のように細く鋭い目。一九〇センチはあろうかという長身だが、体は痩せて骨ばっていて、足もとまでをすっぽり覆う丈の長い服を着ていた。痩せこけた頬と、肩まで重く垂らされた黒髪が、彼をひどく陰気に見せている。

 そしてその痩せた体のどこからそんな声が出るのかと思うほどの大声で、先ほど隊長から聞いたのと同じ、ルイーズの救出を中止した理由を朗々と語っていた。

 街の人々の反応は三者三様。たいていの者はただただ落胆していたが、中止の理由に納得する者も、そうでない者もいた。

 だが執政官は街の人々の様子など一切気に留めていないようだ。まるで――お前たちの気持ちなんかどうでもよい。私の決定に従え――そう言わんばかりだった。

 救出中止がこの国にとって正しい決断かどうかは知らない。予算の都合とか、政策の都合とか、いろいろあるんだろう。

 ただ、ぼくはこの男をあまり好きになれそうになかった。その語り口はいかにも自信たっぷりという感じで、ルイーズがいなくなったことに対する悲しみなんて、一ミリも感じられなかった。

 リュクルゴス隊長や討伐隊の皆の悩みや苦しみが、踏みにじられた気分だった。


「そんなに睨んでやるなよ。閣下には閣下のお考えがあるのさ」

 肩に手を置かれて、ぼくは我に返った。ぼく、そんなに睨んでいたかな。

「それに、俺の個人的な陛下救出を議会に認めさせたのは、閣下なんだぜ」

 そうなのか。意外にいいところあるんだな。

 話題を変えるためか、隊長は手を置いたほうとは反対の肩にとまったデュークを見て言った。

「前から気になってたんだが、それペットか? ずっと肩に乗せてるじゃないか。よくなついてるな」

「は、はい。デュークっていいます」

「陛下が飼っている鳥とよく似ているな。そういえば、事件以来姿を見ていないが……」

 ぼくは心臓が飛び上がりそうになった。いやいや、落ち着け。なんの問題もないはずだ。隊長はデュークがアイオロスだとは思っていないみたいだし。

「お、王さまにもらったんです」

 口から出まかせ。早く話題をそらしたいのに、彼は「ほほう」なんて言って、ますます興味を示してきた。

 と、そのとき、デュークが一声鳴いた。

「しっ。黙ってて!」

 それはただの鳥の鳴き声だったが、その声がぼくが王だとばらしているような気がして、ぼくは慌ててデュークをポケットにしまおうとした。が、当然入るわけがない。

 ぼくの動揺なんて知る由もなく、リュクルゴス隊長はぼくの意味不明な行動を見て、愉快そうに笑った。

「ははは。面白いな。お前とは楽しい旅ができそうだ」

 楽しい旅って……。旅の目的を考えたら、そうも言ってられないと思うけど。

 彼は自分の手をつき出した。

「あらためてよろしくな。そうだ、これからはリュクルゴスと呼んでくれ。敬語も使わなくていいし」

「ほんと!?」

「ああ。もう隊長でもないしな」

 最後の言葉はちょっと自嘲めいていたけれど。ぼくはすごく嬉しくなった。力いっぱい、彼の手を握りしめた。

 絶対にルイーズを助けて、そして……元の世界に帰る。ぼくは、もうそれ以上深く考えないことにした。

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