第二十九話 疑惑
司祭の死を目の当たりにしたぼくはもちろん、リュクルゴス隊長含めぼくの周りにいる兵士たちみな、悲痛な面持ちで魂が抜けたようにぼんやりとしていた。
バイバルスが司祭を殺めることでなにをしたかったのか、それは大した問題じゃない。
司祭の死はみんなの心に深い影を落とした。彼はこの国の人々にとってそれほど大事な存在だったのだ。ぼくはそのことを思い知らされた。
そんな抜け殻のような集団は今、都アエロポリスに向けて歩いている。
なぜアエロポリスに戻るのだろう? 宝玉を集めに行くんじゃないのかな?
ぼくは不思議に思ったが、その疑問に答えてくれる人は一人もいなかった。
「悪いなエンノイア、変なことに巻き込んで。怪我をしたそうじゃないか。あまり無理をするなよ」
いつものように優しい言葉をかけてくれたのはリュクルゴス隊長だった。ぼくは目いっぱい首を横に振った。
そういう彼のほうが、青ざめた顔をして、明らかに無理をしていたからだ。
「無理なんかしてません。怪我っていってもただのアザだし。隊長さんこそ無理してるんじゃないですか?」
「あ……そうだな。正直言うと、ちょっときついんだ。いろいろとな……」
普段他人に心配されたりすることがないのだろう。彼は少し面食らったような顔をして、それから気弱そうに笑った。
――都に戻る理由を知っている人がいるとすれば、それはリュクルゴス隊長とヴァシリス隊長だ。
司祭の遺体を処理した後、ぼくたちは数日間街の外のキャンプで待機していた。
その間に伝書鳩で今回の件のことを都に報告したようなのだが、都からの返事をたずさえて鳩が戻ったとき、ぼくはたまたま目撃してしまった。
頭を抱え込み地面にがっくりと膝をつくリュクルゴス隊長の姿を。あのヴァシリス隊長が、悔しそうに涙を流す姿を。
しかし彼らはその後理由を告げないまま、都に戻ることだけをみんなに伝えた。
兵士たちはみな気力が削がれていたから、誰もそのことに触れようとはしなかった。
あの絶望する様子を見ていたらとても本人たちに聞く気にはなれなかったし、副隊長のゾアでさえもその理由は知らないようだった。
そういうわけで、ぼくたちは今のろのろと都へ引き返しているのだ。
都の方角に不吉な暗雲が立ち込めているように見えるのは、この国には珍しい曇り空のせいばかりではないだろう。




