第二十五話 情けない戦い
人間の女のような頭に蛇の胴体。そこからいくつもの方向に突き出た六本の腕。
異様な姿をした二匹の魔物はそれぞれの手に持った六本の剣を振り回し、蛇のように体をくねらせながら荘厳な街並みの中を這いずり回っていた。
うごめく胴体が民家や神殿の外壁にぶつかるたび、鈍い衝撃音と共に柱が崩れ、建物の中からは悲痛な叫びが聞こえる。
巣を追われたアリのように点々と建物を飛び出す人たちに、魔物は容赦なく剣を振るう。
しかし図体の大きな生物というのは得てして俊敏とは言い難いようで、振り下ろされた剣の先が虚しく空を切ると、整然と敷き詰められた石畳の地面を割き、その先の土にまで深く突き刺さった。魔物はいかにも腹立たしげに強引に剣を引き抜くと、次なる獲物を求めて這い回った。
おぞましい光景に、ぼくは吐き気がした。
とはいえ人間たちもただ恐れおののき逃げ回っているわけではない。
ここはヒエラポリス。街の中心にそびえる大学には、将来士官になることを志す武術の心得のある者たちが多数在籍しているらしい。討伐隊が到着する前から我こそはと思う者たちが、魔物に飛びかかり、剣を突き立て、それなりのダメージを与えているようだった。
街にいくつもある神殿の神官たちも魔法を浴びせたり、住民の避難を手伝ったりしていた。
街の外で待機していた討伐隊の仲間や、衛兵隊も合流し始めた。芥子粒のようにちっぽけな人間といえども、これだけ集まればいかなる巨大な魔物でも太刀打ちできないだろう。
ぼくは人の波に揉まれないよう注意しながら、勇気を振り絞り、素早くかつ慎重に魔物に近づいていった。
戦う兵士と逃げる街の人たちを掻き分けながら進むと、目の前に魔物の尻尾らしき部分が見えてきた。ウロコの一枚一枚が確認できるほどの距離だ。ヌメッとしていて、妙な光沢を放っている。
ぼくは剣の柄に手をかけ、そのまま勢いよく剣を抜いた。シーアに貰った短剣とは、長さも重さも段違いだ。自らの体格に対し大きすぎる剣に戸惑いつつ、全ての刀身を抜き放つと、シャン、と金属のこすれる音がした。
――さあ、いよいよ剣を使う時が来たんだ。
心臓の鼓動がおさまらなかった。
周囲のざわめきが、背景の一コマのように静かになる。まるでこの世界に、ぼくと魔物しか存在しないみたいだ。汗ばむ手で滑りそうになりながら、思い切り剣を振り上げる。
そうして、それを振り下ろそうとした瞬間、視界がぐるりと回転したかと思うと、みるみる世界が横倒しになっていった。静まり返っていた――ように感じた――まわりの音が、突然に音量を増した。
どうしてこんな事態になったのかわからず、呆然とする。
目の前を目まぐるしく通り過ぎるのは、人の足?
「大丈夫か!?」
隣で魔物と格闘していた一人の兵士に、腕をグイと引き上げられた。そこでぼくはようやく理解した。
どうやらチンタラ剣を構えている間に魔物が自らの尾を振り回し、それに弾き飛ばされたらしい。そういえば倒れる直前、一瞬目の前を巨大なウロコのついた胴体が横切ったような。いつの間にやら魔物が体の向きを変えている。
怪我をしたかもしれない! 慌ててシャツをめくると、脇腹に大きなアザができていた。さっきまで痛みなんか感じていなかったくせに、アザに気付いた途端、脇腹がひりひりと痛みだした。
ぼくを助け起こした兵士はこっちを振り向きもせず、苛立たしげに言った。
「もういいから。下がってろ!」
そ、そんな。ここまできて、そりゃないよ。
戦う意志を見せようと懲りずに剣を構えようとしたら、手の中に剣がなかった。もちろん腰に差さっているわけでもない。弾き飛ばされた拍子にどこかへフッ飛んでしまったようだ。この人混みの中で見つけられるとも思えなかったので、ぼくは大人しく引き下がるしかなかった。
あーあ……まーたいいとこなしだな。一朝一夕に剣の達人にはなれないみたいだ。
司祭のいる神殿に戻ってろと言われたので、ぼくは人々を掻き分けつつ元来た道をのろのろと引き返さなければならなかった。