第二十一話 道中 part 3
ぼくが鍋を温めようと火を着けると、突然あたりが騒がしくなった。
「タウロスは火の気配を感じると興奮するんだぞ!」
近くにいた誰かがそう叫んだ。
「え……」
ぼくが驚きの声を上げる前に、大変なことが起こった。
一気に形成逆転。タウロスに張り付いていた兵士たちは次々と振り落とされていった。前足を激しく踏み鳴らし、まったく手がつけられない。これまでの暴れ具合の比ではなかった。下の人たちはあわや踏み潰されそうになっている。
ぼくは慌てて火を消した。しかし、それが一層まずかったのだろうか。何を思ったか、タウロスがいきなりこっちに向かって走り出したのだ。キャンプのテントを踏み潰しながら、こちらへ迫ってくる。
ひづめの音が、地鳴りのように響いてきた。キャンプにいた人たちは一斉に逃げ出した。ぼくも逃げなければと思うのに、迫りくるそいつを呆然と見つめながら、一歩も動くことができない。
「ほら、何をぼうっとしてる! さっさと逃げろ!」
「は、はい!」
気がつくと、いつの間にかリュクルゴス隊長が、タウロスの足を剣で抑えていた。
「お前らは逃げるな! それでも衛兵隊員か!」
逃げ出した兵士たちに隊長の叱咤がとぶ。戻ってきた彼ら――よく見ればみんなモヒカン兜の「衛兵隊」の人たちだ――と、今まで戦っていた兵士たちは体勢を立て直し、再び牛に挑みかかっていった。ぼくは情けないことに、とにかくキャンプから離れるように走っていた。
結局、タウロスはキャンプの周囲をさんざん走りまわった挙句、どこかへ走り去っていった。
ぼくが戻ってきたときにはもうキャンプはめちゃくちゃ。テントは踏みつぶされるし、馬車は壊れるし。
モンスターが去ったはいいが、ぼくたちはその後、後片付けに追われることとなった。
「まったく、怪我しちまったよ……」
「隊長はなぜあんな何もわからない子供を連れてきたんだろう」
「あの隊長の考えることはまるでわからんな」
あちこちで愚痴が聞こえてくる。みんな直接は言わないが、相当、ぼくや、ぼくを雇った(ということになっている)リュクルゴス隊長に頭にきているようだ。
あ~あ……。ぼくの馬鹿。グズ。役立たず。
せっかく優しくしてくれたのに、リュクルゴス隊長にまで迷惑かけて。役立たず役立たず……。
「どうしたエンノイア。暗いな」
ぼくが一人、破れたテントを繕っていると、リュクルゴス隊長が声をかけてきた。
「あまり構ってやれなくてすまんな。ちょっといろいろと忙しくてな」
「隊長さんが謝ることなんてありません!」
だいたい忙しいのはぼくのせいだ。彼は率先して片付けを指示し、損害を調べたりしているようだった。ぼくが落ち込んでいるのを察してか、リュクルゴス隊長は励ますようにぼくの肩をぽんぽんと叩いた。
「みんなの言うことなら気にすんな。幸い重傷者はいないし、テントは破れただけ、馬車は修理すりゃ直るんだ。失敗は誰にでもあることさ。次から気をつければいい」
思いがけず優しい言葉をかけられて、涙が出そうになった。
「あの……ぼくはどう言われてもいいんです。ほんとに迷惑かけたから。でも、ぼくのせいで隊長さんまで悪く言われてるみたいで……」
リュクルゴス隊長は笑った。
「なんだ、そんなこと気にしてたのか」
「だって……」
「それはお前のせいじゃない。俺はもともと嫌われ者なんだ」
「そんなこと!」
そんなことあるわけない! こんな優しい人が嫌われ者だなんて。
そう伝えても、リュクルゴス隊長は意味深に、ちょっと寂しそうに笑っただけだった。