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第十八話 二人の隊長

 突然の衝撃に驚いて、ぼくは目を覚ました。

 目を開けてもなお暗かったので、一瞬頭が混乱したが、すぐに自分の置かれた状況を理解した。

 馬車が止まったようだ。外から声が聞こえてきた。

「よーし、今日はここで夜営だ!」


 ぼくは今、荷馬車の幌のなかにいる。ルイーズの救出についていくため、こっそり乗り込んだのだ。

 もちろん肩の上にはデューク。

「ピ!」

「しっ。静かに。見つかっちゃうよ」

 グウウウウ。

 おっと……デュークには静かにしろと言いながら、ぼくのお腹は静かではなかった。

「お腹空いたなあ……」

 ぼくはふと、寄りかかっていた木箱を見た。元からこの馬車に積まれていたものだ。

 食べ物でも入っていないかな。そう思って木箱のふたを開けると、残念ながらなかに入っていたのは食べ物ではなかった。しかしその中身は、ぼくにとって空腹を忘れるほど魅力的なものだった。

「剣だ……」

 木箱のなかには、たくさんの剣が詰められていたのだ。

 ぼくはそのひとつを手に取ってみた。

 長さは一メートル弱。鞘にも柄にも模様さえついていないという質素なものだったが、それでもぼくは大興奮。シーアには短剣をもらったけど、こんなちゃんとした剣を握るのは初めてだ。

 ぼくはそのときすっかり剣に見とれていた。だから、馬車の幌をめくる人の気配に全く気がつかなかった。

「おい子ども、そこで何をしている!」


 いつの間にかあたりは暗くなっていた。周囲には町はおろか、民家ひとつ見当たらない。そんな草原のまんなかに、兵たちがいそいそとテントを組み立てていた。

 どこからか食べ物の香りもする。こんなときなのに、ぼくのお腹は鳴りやまなかった。昼も食べていないんだから、当然といえば当然だ。

「だからちがうって言ってるだろ!」

 勝手に荷馬車に乗り込んでいたのを見つかってしまったぼくは、剣を握っているところを見られてしまったせいで、あらぬ誤解を受けてしまっていた。

「いいか、もう一度だけ聞くぞ。なぜ我が軍の武器を盗もうとした!?」

 盗むだなんてとんでもない。ただ食べ物を探していたら、箱の中に剣が入っていたから手に取ってみただけなのに。

 王宮にいた兵士たちと同じように、モヒカンみたいな兜をかぶった男が二人。さっきからぼくが剣を盗もうとしたと決めつけて、全く聞く耳を持たない。

「何事だ?」

 男たちの後ろから、上官らしき人物が声をかけた。その貫禄のある低い声には聞き覚えがあったが、顔がよく見えない。

「はっ。この少年が荷馬車に積んであった武器を盗もうとしておりまして……」

「だからちがうってば!」

「どれどれ?」

 その人物がひょいと顔を覗かせた。

 ぼくは、あっと声を上げた。ひとつ結びの黒い髪に、額のバンダナ。リュクルゴス隊長だったのだ。

 向こうもこっちに気づいたらしい。目をまん丸にして驚いている。一度顔を会わせているため、気まずい雰囲気になってしまった。

 しかし、驚くべきはここからだった。リュクルゴス隊長はオホン、と咳払いをすると、

「あ~……すまん。こいつは俺が雇ったんだ。剣の数を確認してもらってたんだ」

兵士たちにそう言った。

「そ、そうでありましたか。しかしこんな子どもをお雇いになられたので?」

「子どもにだって雑用くらいできるだろ。なあ?」

 そう言ってリュクルゴス隊長はぼくに目配せした。

「は、はい」

 雇われた覚えはないんだけど。ぼくは促されるままうなずいてしまった。

「何事ですかな」

 するともう一人、上官らしき男が現れた。

 さっき広間で兵士たちの前に立っていた中年の男だ。おそらくリュクルゴス隊長よりはすこし年上、緩く束ねた栗色の髪には白髪が混じっていて、くるりとカールしたひげを生やしている。

 その男はリュクルゴス隊長を見るなり大げさに驚いて、すっとんきょうな声をあげた。

「おお! これはこれは、リュクルゴス隊長ではありませんか。うちの兵たちになにかご用ですか?」

 リュクルゴス隊長は、男に冷たい視線を投げかけた。

「べつに。おたくの兵がわたしの雇った少年をいじめていたので、助けていたところですよ。では」

 どことなく棘のある言い方のような気がする。中年の男は、ぼくを連れて立ち去ろうとするリュクルゴス隊長に、すかさず声をかけた。

「そういえばリュクルゴス隊長! 話によれば、陛下が敵に捕らえられたとき、陛下は名指しであなたに助けを求めたそうですね。広間にいた者があなたの名を叫ぶ少年を見たと言っていましたよ」

 それはぼくのことだ。リュクルゴス隊長の動きが止まった。ゆっくりと男の方に向き直る。

「……それがどうかしましたか?」

 男はフハハ、と笑うと、嫌味たらしく自分のひげをなでた。

「ふしぎですなぁ。王宮警備を担当している『衛兵隊』の隊長であるわたしでなく、わざわざ『討伐隊』隊長であるあなたを呼ぶとは……」

 やや間があって。

「なにか特別な理由でもあったんでしょうか」

 男は『特別な理由』という部分を妙に強調して言った。

 ええっと、それはつまりどういうことだろう。ぼくにはよくわからなかった。

 リュクルゴス隊長は一瞬沈黙したが、やがて肩をすくめて言った。

「それは……あなたが頼りにならないからじゃないですか? 俺に皮肉を言うためにわざわざ仕事をほっぽり出してくるような男は、そりゃ信用ならんでしょう」

 男の顔がみるみる真っ赤になってきた。

 リュクルゴス隊長は高らかに笑って、今度こそぼくを連れてその場を離れた。振り返って見ると、男は口汚く罵りながら、兵たちにあたり散らしていた。


 なんなんだ一体。なんだか知らないけど、険悪な雰囲気だ。

 それに、ぼくはこれからどうなっちゃうんだろう。

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