第十五話 闇に蠢(うごめ)く者
「この男はイスマイル・バイバルス。……かつてこの国の政治家だった男よ」
ルイーズはこのローブの男について、おもむろに語りはじめた。その内容を要約するとこうだ。
ルイーズとこの男はかつて大学の同級生だった。二人は友だちで、毎日理想の国のあり方について語り合っていた。そして同じ理想を持って、この王宮へ入った。
しかしルイーズとバイバルスの立場は次第に食いちがっていった。
彼女が話していたように、この国の王さまは世襲ではなく、アイオロスというなにかが選ぶらしい。
十八歳で議会の一員となったルイーズは、その後「アイオロス」によって王として選ばれた。
王となったルイーズは他民族との調和を望み、国内の安定を目指した。対して、バイバルスはテラスティア――昔このアイオリアを含む広大な大地を支配していたという王国――の再建、すなわち国土拡大を望んでいた。
当然ルイーズはその考えを断固拒否した。議会もバイバルスには反対、次第に彼は王宮で孤立していった。
自分の望みがかなわないと知るや、バイバルスは不穏な動きを見せるようになった。今度は魔界に傾倒し、国内で禁止されている怪しげな魔術に凝るようになったのだ。
それでルイーズはバイバルスを国から追放した……。
それが、この男とルイーズとの因縁だ。
リュクルゴス隊長はそのころ王宮にはいなかったので、バイバルスとは面識がないらしい。
「それで、陛下を襲った目的はなんなのだ? 自らが王になるためか、あるいは追放された復讐か?」
リュクルゴス隊長が、剣を突きつけたまま、目の前のローブの男バイバルスに聞いた。
バイバルスは急に笑うのをやめ、ぞっとするような低い声で答えた。
「きさまらには理解できん。崇高な目的のためだ」
隊長とルイーズはなにかを話しはじめた。
ぼくはそろそろ退屈し、辺りをうろうろしていたが、ふと縛られているバイバルスの手元を見ると、ローブの袖になにか光る物が見えた。
――なんだ……? 金属みたいな……。いや、短剣だ!
ぼくがさっき投げた短剣を、こいつはこっそり袖に忍ばせていたのだ。
「隊長さ……」
隊長にそのことを伝えようとしたが、時遅し。隊長が振り返ったとき、バイバルスは器用にもすでにその短剣で手首のロープを切っていた。そしてすぐさまルイーズに向かっていった。
「キャアア!」
一瞬の隙を突かれた。強盗なんかがよくやるように、バイバルスはルイーズの喉元に短剣を突き付け、彼女を人質に取った。
「誰も動くな! 動けば王の命はないぞ!」
「クッ……」
隊長含め、誰一人動くことができない。
バイバルスはルイーズを連れたままバルコニーに出た。
「なにをする気だ!」
男は片手を上げた。部屋の焦げた死体から、あるいは廊下の向こうの死体から、まるで魂が抜け出るように光が飛び出し、男の手に集まっていく。手には石のようなものを持っていた。
「ふ……こんなものは茶番にすぎん。本当の楽しみはこれからだ」
そして手すりに上ると、ルイーズを抱えたまま飛び降りてしまった。
「なっ!?」
兵士たちが一斉にバルコニーに駆け寄る。ぼくもあわててバルコニーに出た。
ここは三階だ。ルイーズを抱えたままで、普通に着地するというのは難しいだろうに。
下を見ようとしたちょうどそのとき、遠くから耳慣れた羽音が聞こえた。
それは、ワイバーンだった。
どこからともなく出現すると、こちら目がけて飛んできた。そしてすばやくバイバルスとルイーズを背中に拾い上げた。
「陛下を取り戻したければ、魔界へ来るがいい」
バイバルスはそう叫ぶと、ワイバーンと共に彼方へと姿を消した。