第十三話 リュクルゴス隊長
「リュクルゴス隊長、助けてください! リュクルゴス隊長ー!」
声の限りを尽くして、ぼくは広間の入り口で「リュクルゴス隊長」の名を叫んだ。もう王さまの代わりなる人物はいなくなっていたが、広間にはまだ大勢の人が詰めかけていた。みんなが驚いてぼくのほうを振り返る。
「リュクルゴス隊長ーっ!」
ローブの男から辛くも逃げ出したぼくは、リュクルゴス隊長という人物を呼ぶために、この大広間へと戻ってきた。
いくつもの階段を下り、いくつもの廊下を通っても、ぼくはだれにも会わなかった――生きている人間には。広間を目指し走るぼくが目にしたのは、恐ろしい光景だった。
見張りの兵たちが、廊下のあちらこちらで見るも無残な状態で死んでいたのだ。骨が折れているのか、不自然な格好でぐったりしていた。
おそらくあの男がやったのだろう。よく見ると、死んだ兵士たちの体には先ほどの黒い糸が巻き付いていた。
ぼくは、寒気がした。
こんな騒ぎになっているというのに、兵がほとんど駆けつけないというのは、どうりでおかしいと思った。
早くしなければ、ルイーズが危ない!
「リュクルゴス隊長ーっ!」
もう何度目になるかわからない。さすがに声がかすれてきた。ここにはいないのかもしれない、そう思ったときだった。
「どうした!?」
突然、肩の上に手が置かれた。声の主を見上げると、それは長い黒髪をひとつに結んだ、がっしりとした体格の男だった。革でできた鎧を身につけ、腰には剣を差している。いかにも軍人風の男だ。
「リュクルゴス隊長!?」
「自分がそうだが……」
「王さまが大変なんです。ローブの男が現れて……!」
男の言葉を待たず、ぼくはルイーズの状況を必死に伝えた。
リュクルゴス隊長はひとつうなずくと、すぐさま広間にいた数人の兵士を引き連れ、ルイーズのいる部屋へと向かった。ぼくもあわててついて行く。
「どういうことだこれは……」
途中途中に転がる、兵士の死体。隊長たちは絶句していた。
そしてぼくたちは、ルイーズのいる部屋へとたどり着いた。
「陛下ーっ!」
「王さまーっ!」
糸に縛られ、不自然に空中に浮かんだルイーズはぐったりしていた。
「ま、まさか……」
ぼくは、最悪の事態を考えた。みんなも顔が青ざめている。
「大丈夫、気絶しているだけだよ」
ぼくたちの考えを見透かしたかのように、ローブの男は言った。
その言葉が余計に癇に障ったようで、リュクルゴス隊長は顔を真っ赤にして男を睨んだ。
「きさま! 陛下を離せ!」
「残念ながらそういうわけにはいかんね。力ずくで取り戻したらどうだね?」
リュクルゴス隊長は男の言葉に応えるようにスラリと腰の剣を抜くと、真っ正面から男に向かっていった。
「正面から攻撃するなどバカなことを!」
男から黒い糸が放たれた。しかし隊長は、巻き付こうとする糸を次々と叩き切っていく。
次に男が大きく杖を振ると、今度は巨大な炎が沸き起こる。
「まずい、あの炎は……!」
ぼくは黒い塊と化してしまった兵士たちを思い出し、叫ぶ。
しかし隊長はすぐに一本の柱の後ろに隠れた。炎がおさまるやいなや、みるみる男との距離を詰めていく。
そして彼は大きく剣を振りかぶった。次の瞬間、かばうように横向きに構えられた杖に、刃が突き刺さっていた。
ルイーズがこの人を呼べと言った理由がわかった。
強い!
ぼくは、目の前で繰り広げられる本物の戦いに、少なからず興奮していた。
ローブの男ははじめて驚きの表情を浮かべると、すぐさま杖から手を放し、なにやら呪文を唱えはじめた。
部屋の空気が変わる。
「うわあっ」
唐突にぼくの背後で悲鳴が上がった。ぼくは振り返ると、我が目を疑った。
そこにあったものは――闇だった。空中にぽっかりと穴を開けたように、黒い空間が浮かんでいたのだ。それは、闇としか言いようがなかった。
そこから巨大な爪が突き出て、一人の兵士の肩をつかんでいる。
ぼくはその爪に見覚えがあった。あれは、ワイバーンの足だ。ぎりぎりと兵士の肩に爪を食い込ませながら、巨大な足、巨大な頭、巨大な羽と、徐々にその姿を現す。
はっと部屋を見渡すと、あちらこちらに同じものが出現していた。
――魔物に襲われた村や町には、よく黒いローブの男が現れる……。
ぼくはルイーズの言葉を思い出した。男は魔界から魔物を呼び出しているのかもしれない。
続々とワイバーンが現れる。兵士たちは持っていた槍を奪われたり、炎を吐かれたりして、混乱に包まれた。
そして数匹のワイバーンが一斉にリュクルゴス隊長に襲いかかった。
隊長は絶妙な剣さばきでワイバーンを倒していくが、やつらは次々と現れては彼のまわりを飛び回り、撹乱する。隊長は幾度となく鋭い爪で引っかかれていた。
そのすきにローブの男はバルコニーへと向かう。
「この野郎!」
ぼくは手元の椅子をつかみ、隊長に駆け寄った。それでがむしゃらにワイバーンを殴って追い払った。怒りと興奮のあまり、恐怖は消え失せていた。
「お、おまえ、やるじゃないか!」
リュクルゴス隊長は半ば驚きつつぼくに一声かけると、ローブの男を追いかけた。
ローブをつかみ、しばらくもみ合っていたが、ローブの男が圧倒的に押されている。
隊長が勢いよく剣を振ると、刃の先が男の腹をえぐった。黒いローブの上に鮮血が舞う。
「く……くそ……」
男はよろけながら、膝をついた。