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第十一話 闇よりの使者 part 1

 いろんなことが一度に起こりすぎて、ぼくの頭はパニックを起こしていた。


 まず、プネウマの鏡は壊れなかった。そう簡単に壊れるものではなかったのだ。プネウマの鏡を壊せば願いが叶うというのは、ぼくがどんな人物か知るための嘘で、ぼくをこの国に連れてきたのは……ぼくがこの国の新しい王だから。


「王……」

 ぼくは無意識にその言葉を反復した。

 そんなことがありえるのだろうか。ぼくは王族でないばかりか、この国の住人ですらないというのに。

「この国の王は、すべてアイオロスによって選ばれるのよ。アイオロスは国も、民族も、ときに世界さえも飛び越えて、最も王にふさわしいと思った人間を選ぶ」

 ルイーズは世界という部分を強調して言った。

「そして、あなたは選ばれた。闇と戦うべき、この国を救うべき運命の王としてね」

 ぼくはなにも言うことができなかった。必死に考えをまとめようとしても、ぼくの頭は空回りするばかりだった。


 ふいにカタカタと物音が聞こえ始めた。テーブルの上にのせられていた花瓶が、ひとりでに音を立てて震えていたのだ。

 ついに、花瓶は机から滑り落ち、割れてしまった。

 途端、空気が淀む。妙な圧迫感で息が詰まりそうだ。

 ルイーズの表情から、緊張が見てとれる。なにか禍々しい事態が起こっているのだということは、ぼくにもわかった。


 バルコニーから強烈な風が吹き付け、思わず目を閉じる。

 風がおさまり、薄目でバルコニーのほうを確認すると、闇をそのまま纏ったような漆黒のローブ姿の人間が立っていた。

「まさか。ここは最上階よ。どうやって入ってきたというの……」

 ルイーズの声は震えていた。ぼくは入ってきた扉のほうを見たが、まったく開けた形跡がない。第一、見張りがいるからそれは不可能だろう。

「面白いものを見せてもらったよ」

 すっぽりとかぶったフードの下で、彼は口を開いた。細身なうえフードで顔は見えないが、声からすぐに男とわかった。耳に残る、ざらついた不快な声だ。

 ルイーズは男の声を聞くなり、叫んだ。

「その声は……バイバルス……!」

 バイバルスと呼ばれたその男は、神経を逆撫でするように、クククと笑った。

「覚えていてくださって光栄です、陛下」

 わざとらしくお辞儀をする。

 会話の様子から、ルイーズと男は面識があるようだった。しかしそれが決して好意的な関係でないことは、一目瞭然だ。ルイーズは震える声で言った。

「そういえば、噂になっていたわ。魔物に襲われた村や町には、よく黒いローブの男が現れると……。お前だったのね、バイバルス! 一体何が目的なの!?」

 男は、なおもからかうように笑い続ける。

「あのお方がもっと多くの魂を集めよ、と仰るのでね……」

 ルイーズの美しい顔が、怒りで歪む。

「ここはお前のような者が来る場所ではないわ! 早々に立ち去りなさい」

 ルイーズは大きく右手を振りかざした。すると驚くべきことに、なにもない手のなかから巨大な炎が放たれた。

「魔法!?」

 ぼくは叫んだ。

 そうだ。これこそがシーアが言っていた「魔法」にちがいない。文字通り、ルイーズは何もない空間から炎を生み出したのだ。

 放たれた炎は、ローブの男めがけて一直線に飛んでいった。

 しかし男は全く動じる気配がない。

 そして炎が男を包み込もうとしたまさにそのとき、まるで男の周りに見えない壁があるかのように炎は弾かれ、あとかたもなく消えてしまった。

 男は火傷一つ負っていない。

 この状況を楽しんでいるのか、不気味な笑みを浮かべながら言った。

「いやいや、相変わらずあなたの魔力はすばらしい。だが……」

 男はどこからともなく杖を取り出した。本のなかの魔法使いが持っているような、先の曲がった木の杖だ。

「今のわたしにはかなわんよ!」

 叫ぶと同時に、男は杖から炎を放った。

 なにもない空間から炎を生み出したのはルイーズと同じだが、男の場合、その炎の規模がまるでちがっていた。それは、あの村を焼いたワイバーンに匹敵するほどだ。

 ぼくが立ちつくしていると、ルイーズはぼくを突き飛ばした。そして、ぼくをかばうようにして炎をもろに受けてしまった。

「キャアアアアアア!」

 恐ろしい悲鳴。

 ぼくはその姿を直視することができなかった。

「陛下、どうなさいました!?」

 悲鳴を聞き、二人の兵士が扉を開けた。部屋を見渡すとすぐに状況を理解して、男に長い槍をつきつけた。

「きさま……」

「邪魔をするな!」

 低い声で叫ぶと、男は兵士たちに杖を向けた。

「危ない!」

 先ほどと同様に炎が放たれ、二人の兵士はあっという間に炎に包まれた。

 通常の炎なら、こんな短時間に炎が勝手におさまるということはないんだろうけど、きっと魔法の炎だからだろう。炎は次第に弱まり、部屋には煙だけが残った。

 ぼくはうずくまって震えていた。恐る恐る顔を上げると、目の前には黒い塊がふたつ、ぐったりと倒れていた。

「ひっ……」

 とすれば、ルイーズは。視線を動かすのが怖かった。

「王さま!」

 なんと、ルイーズは無事だった。服はかなり焼け焦げているが、肌にはススが付いているだけで、火傷は一切していなかった。

 ぼくは、倒れている彼女に駆け寄った。

 よかった。意識はあるようだ。


「ふふふ、この程度であなたが死ぬはずはあるまい。しかし、その美しい顔に傷がつかなくてよかったよ」

 男はあごをなでながら、他人事のように言う。ぼくは心の底から怒りがわいてきた。

 事情は知らないけれど、この目の前にいる男がとんでもない悪党であることだけはまちがいなかった。

 ぼくは怒りのままに男に向かって叫んだ。

「おまえ何者だよ! どうして王さまにこんなひどいことを」

 男は全く動じることもなく、むしろ興味深げにぼくを見た。

「ほう……面白い。お前が新しい王だな? しかもその服装……異世界のものだな」

「!?」

 異世界――。どこかでそうかもしれないと思いながら、いざそれを言葉にされるとぼくの心はざわめいた。

 ここはぼくの住む場所とは別の世界なんだ。

 そしてこの男もまた、ぼくを「新しい王」と呼んでいる。


 そのとき、倒れていたルイーズが、ぼくの名前を呼んだ。

「……げて」

「え?」

「逃げて……!」

 ルイーズの悲痛な叫び。しかし、それに応えるわけにはいかなかった。

 ぼくは叱りつけるように言った。

「逃げません! 王さまを置いていけるわけないでしょう!?」

 この女性(ひと)がぼくにとって敵なのか、味方なのか、まだわからない。

 ひとを勝手に試したり、ちがう世界に連れてきたり。ひどいと思う。


 それでも今は、この女性を守らなければいけない。

 なぜだかわからないけど、ぼくは、そう思った。

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