第1話 レベル1の入学式
登場人物(第1話時点)
• 榊原 悠真 ― 主人公。1年生。異能レベル1。学力も低く、昔から周囲に馬鹿にされてきた。登録異能は、ほとんど現象を起こせない『無彩』。
• 藤堂 澪 ― 悠真の幼馴染。1年生。異能レベル3。炎の異能『緋炎』。学力は学年トップクラス。
• 大河内 駿 ― 1年生。異能レベル3。重さを操る異能『重圧』。明るく、思ったことをすぐ口に出す。
• 白瀬 ことり(しらせ・ことり) ― 1年生。異能レベル3。光で盾と癒しを生む異能『結界光』。穏やかだが、芯は強い。
• 御影 蓮司 ― 1年生。異能レベル4。蒼い雷の異能『蒼雷』を持つ天才。新入生代表。クールな性格。
• 九重 宗真 ― 学園長。異能レベルは測定の枠を超えた「神域級」。かつて悪の異能者との戦いで左目を失った。
• 異能5(フィフス) ― 学園に8人だけいる、異能レベル5の生徒たち。学園の頂点。
舞台
私立蒼星学園
異能を持つ生徒だけが入学できる、全寮制の学園。1年生から3年生までが在籍する。
生徒も教師も全員に異能レベルがあり、レベルが高いほど優秀とされ、学園での地位も変わる。
年に数回、全校を挙げた「決戦大会」が開かれ、結果はランキングと待遇に直結する。
一、笑われる側の人間
異能レベルは、人生の値段だ。
少なくとも、榊原悠真はずっとそう言われて生きてきた。
レベル5は英雄。レベル4は天才。レベル3は優秀。
レベル2は普通。
そしてレベル1は――落ちこぼれ。
「おい、見ろよ。レベル1が蒼星に来てる」
「マジか。コネか?」
「どうせ最初の決戦大会で潰れるよ」
桜が舞う正門前。新入生たちが制服の胸に光るレベルバッジを見せ合いながら笑う中、悠真のバッジだけが、くすんだ灰色に「1」と刻まれていた。
指で隠す。隠したところで、入学名簿は全校に公開されている。隠す意味なんてなかった。
(……分かってた。ここでも同じだ)
小学校でも、中学校でも同じだった。異能測定の日、他の子が炎を出し、水を操り、物を浮かせる中で、悠真の手から出たのは、紙切れ一枚動かせない、情けない微風だけだった。
登録名『無彩』。
色のない力。何も起こせない力。
学力で取り返そうにも、そちらも下から数えた方が早い。馬鹿にされる理由には、事欠かなかった。
それでも蒼星学園の合格通知が届いた日、悠真は泣いた。
落ちこぼれでも、ここからなら変われるかもしれない。そう思ったからだ。
「悠真!」
人混みの向こうから、聞き慣れた声がした。
振り返ると、藤堂澪が小走りで駆けてくる。長い髪が桜色のリボンで揺れ、胸のバッジは赤く光る「3」。しかも澪は、ただのレベル3ではない。入学試験の学力成績、学年二位。炎の異能『緋炎』の扱いは、教師陣が舌を巻いたという噂だ。
「やっと見つけた。……あんた、またバッジ隠してる」
「隠してない。たまたま手が」
「嘘。下向いてたでしょう」
澪は悠真の前に立つと、わざと自分のバッジの隣に、彼の灰色のバッジが見えるよう、肩を並べた。
「いい? レベルは確かに大事よ。でも、あんたは私の幼馴染。誰が何を言っても、私は隣にいる。それで十分でしょう」
昔からそうだった。笑われる悠真の隣には、いつも澪がいた。その事実だけが、彼を何度も立たせてきた。
「……ありがと、澪」
「お礼はいいから。さあ、入学式。遅れたら初日から目立つわよ、悪い意味で」
二、新入生代表
入学式が行われる大講堂は、学園というより宮殿だった。
天井には星図が浮かび、壇上の巨大な水晶――異能測定水晶が、淡く脈打っている。教師席に座る教師たちも全員が異能者で、バッジの数字は最低でも「4」。その威圧感に、新入生たちは自然と背筋を伸ばした。
司会の声が響く。
「新入生代表挨拶。新入生総代、御影蓮司」
ざわめきが、一瞬で止んだ。
壇上に立ったのは、黒髪をきちんと整えた、切れ長の目の少年だった。胸のバッジは、青白く光る「4」。
一年生でレベル4。それは、3年生を含めても学園で数えるほどしかいない数字だった。
「御影蓮司。あの御影家の……」
「入学試験、異能も学力も満点だったって」
「異能は『蒼雷』。一族でも最強クラスらしい」
蓮司は原稿を見なかった。静かに講堂を見渡し、短く、だが誰の耳にも残る声で言った。
「この学園では、レベルが地位を決める。それは事実だ。だが、入学時の数字が卒業時の数字とは限らない。……俺は、止まっている人間には興味がない。変わろうとする人間とだけ、競いたい」
最後の一瞬、蓮司の視線が――新入生席の後方、悠真の方で止まった気がした。
(気のせいだ。レベル1の俺なんか……)
だが蓮司は、確かに悠真を見ていた。
正確には、悠真の手元で、ほんの一瞬、測定水晶と共鳴するように光った灰色のバッジを。
壇上の水晶も、その瞬間だけ、黒とも金ともつかない色に染まったのを、講堂で気づいた者は三人だけだった。蓮司と、教師席の数名。そして――
三、左目の学園長
「新入生諸君、入学を祝う」
穏やかな声だった。なのに、講堂のざわめきが水を打ったように消えた。
白髪交じりの長身の男。左目には黒い眼帯。歩くたび、床の星図が波紋のように光る。
学園長、九重宗真。
その人の異能レベルは、バッジに刻まれていない。刻めないのだ。測定水晶が「測れない」と音を上げた伝説は、入学案内の冊子にも載っている。人はそれを、敬意を込めてこう呼ぶ――神域級。
宗真は、悪の異能者「黒曜王」と戦い、世界を救い、その代償に左目を失った英雄だった。今はどの生徒からも尊敬を通り越して、称えられている。
「諸君の胸の数字を見たまえ。誇らしい者もいるだろう。悔しい者もいるだろう」
宗真は微笑んだ。眼帯のない右目が、悠真の席をゆっくりと捉える。
「だが覚えておきたまえ。レベルとは、今の君の力の大きさだ。君そのものの大きさではない。器は、後からでも広がる。そして時として――測り方を間違えられた力ほど、恐ろしいものはない」
(測り方を、間違えられた力……?)
悠真の胸が、ざわりと騒いだ。
宗真はそれ以上何も言わず、言葉を閉じた。
「蒼星へようこそ。諸君の三年間が、実り多きものになるように」
拍手が講堂を満たした。悠真も慌てて手を叩く。澪が隣で小声で言った。
「ねえ、今の……あんたに言ってたように聞こえなかった?」
「聞こえた。でも、気のせいに決まってる」
「学園長が気のせいで視線を送る人だと思う?」
「…………」
答えられない悠真の頭上に、そのとき、もう一つの視線が降ってきた。
二階の特別席。そこに座る八つの影。
制服の意匠が違う。肩には星を五つ重ねた紋章。
講堂中の新入生が、息を呑んで見上げた。
異能5――フィフス。
四、頂点の八人
「あれが……フィフス」
駿――入学式前に隣の席で知り合った大河内駿が、緊張で声を震わせた。胸のバッジは「3」。重さを操る『重圧』の使い手で、明るい性格の割に、この瞬間だけは神妙だった。
フィフス。全校生徒約六百人の中で、レベル5は八人だけ。
彼らは学園の頂点であり、生徒会を超える発言力を持つ。専用の塔「五星塔」に住み、専用の訓練場を持ち、決戦大会では最後まで勝ち残るのが当然とされる、別格の存在だ。
司会が一人ずつ紹介するたび、講堂が揺れた。
三年生、フィフス第一席、天城 煌。その名が呼ばれるたび、講堂が大きく揺れた。分かるのは、紹介のたび、水晶がその異能に共鳴して色を変えることだけだ。炎で赤く、氷で青く、光で白く。
最後に紹介されたのは、二年生の少女だった。長い銀髪。眠そうに欠伸をしながらも、彼女が指を鳴らすと、講堂中の桜の花びらが一斉に空中で止まった。
時間を止めたのではない。花びら一枚一枚に、見えない糸が付いているように、ぴたりと静止したのだ。
「フィフス第八席、二年生、糸宮さゆら。異能『万糸』」
さゆらは止まった花びらの中から一枚を摘むと、ふっと息を吹いた。花びらは悠真の席まで漂い、彼の灰色のバッジの上に落ちた。
(……偶然だ。偶然に決まってる)
だが、さゆらは二階から、確かに悠真を見て、薄く笑ったのだ。
「面白い子、入ってきたね」
その呟きは、誰にも届かなかった。
五、学園紹介 ― レベルで分かれる世界
入学式の後、新入生は班ごとに学園を見て回った。悠真の班には澪、駿、そして途中から合流した白瀬ことりがいた。光の異能『結界光』を持つレベル3で、誰にでも優しく、困っている新入生をもう三人も助けていた。
「改めて、白瀬ことりです。よろしくね、榊原くん、藤堂さん」
「澪でいいわ。……ことり、あんた癒し系ね」
「荷物が重そうだった駿くんを助けたら、重さを軽くしてくれて助かっちゃった」
「俺の『重圧』、逆に使えば軽くもできるんだぜ。まあ、加減ミスると潰すけどな!」
「潰さないでね……?」
笑いながら歩く四人を、先導の教師が案内していく。
一、教室棟。
授業はレベル別のクラス編成だ。異能実技はレベルごとに分かれ、国語や数学などの一般科目は混合クラスになる。澪は「混合クラス様様ね。あんたの学力、私が何とかするから」と小声で言い、悠真は小さく頷くしかなかった。
二、訓練棟と決戦場。
学園の中央にそびえる円形競技場――決戦場。年に数回開かれる「決戦大会」の舞台で、異能同士が本気でぶつかり合う。順位は全校ランキングに反映され、上位者には個室の寮、優先的な授業選択、特別な食事券まで与えられる。
逆に、最下位が続けば――教師は言葉を濁したが、「居場所が狭くなる」ということだった。
「最初の新入生決戦大会は、一週間後です」
教師の一言に、班がざわついた。
「新入生同士の順位決めです。結果は、最初のクラス席次と訓練棟の使用時間に影響します。……まあ、気楽にどうぞ」
気楽に、と言われたところで、レベル1の悠真にとっては死活問題だった。
三、寮。
全寮制の寮は、学年ごとに棟が分かれている。部屋は原則二人一組。驚いたことに、寮の部屋割りはレベルではなく抽選だという。
「ここだけは平等なのね」と澪が言うと、教師は笑った。
「寝る場所まで数字で決めたら、人は育ちませんから」
悠真の同室は駿に決まった。駿は「潰さないように寝るわ!」と笑い、ことりが本気で心配した。
四、食堂と売店、そして図書塔。
食堂は広く、メニューはランキング上位者用の特別席がある以外は共通。図書塔には異能の歴史書から、歴代フィフスの戦績記録まで収められている。澪の目が輝いたのは言うまでもない。
五、五星塔。
最後に案内されたのは、学園の奥に立つ、一般生徒立入禁止の塔だった。フィフス八人が住む塔。その最上階の窓から、銀髪のさゆらが手を振った気がしたが、見上げたときにはもういなかった。
教師が静かに言った。
「あそこを目指すことは、自由です。届いた者は、過去に数えるほどしかいませんが」
六、始まりの予感
寮の部屋で荷物を解きながら、悠真は窓の外を見た。
夕日に染まる決戦場。五星塔の影。今日出会った人々の顔。
馬鹿にされ続けてきた自分が、こんな場所にいることが、まだ信じられなかった。
スマートフォンが震える。澪からだ。
《明日、朝練する。あんたも来る。拒否権なし》
《学力も見る。逃げるな》
悠真は笑って、返信した。
《分かった。……ありがとう》
そのとき、机に置いた灰色のレベルバッジが、夕日でもない光で、ほんの一瞬だけ――金色に瞬いた。
気づいたのは、悠真だけだった。
「……見間違い、だよな」
一週間後、新入生決戦大会。
レベル1の少年が、学園の頂点たちに見つかり始めていることなど、本人はまだ知らなかった。
第1話 終わり




