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ある日、古代衛星兵器のスイッチを拾った話

作者: NZ.works
掲載日:2026/10/16

 ある日、私は愛犬のテリーとともに、いつもの散歩コースである近所の堤防沿いを歩いていた。

 すると突然、テリーが何かに強い興味を示し、テリーの動きに不意を突かれた私は、誤って手に持っていたリードを離してしまった!

 あっ!! と思った時にはもう遅かった。


「ちょっ!? テリーっ!! 待てって! 待てってば!!」


 テリーは私の呼び止めなど気にも留めず、河川敷に向かって一心不乱に駆け出した!

 青々しい草が生い茂る斜面を猛スピードで下っていくので、瞬く間にテリーとの距離が離されていく!

 慌てた私は草木を掻き分けて進むガサガサ音を頼りに急いでそのあとを追う。しかし、懸命な思いも虚しく、私はテリーの姿を完全に見失ってしまった。


「テリーっ!! どこだテリーっ!!」


 テリーを追って広い河川敷まで降りて来た私は、何度も何度も愛犬の名前を大声で叫んだ。けれども、テリーからは何の返答も無く、私は飼い主である責任感に気持ちが押し潰されそうになる。

 本気でどうしようかと独り途方に暮れていると、「ワンッ!!」と自らの存在を飼い主に知らせる鳴き声が聞こえた!

 私は一目散にその声がした方へと向かう。


「ハァ、ハァ、……いたっ!」


 草木を掻き分け少し開けた場所に出ると、ちょこんとお座りをしているテリーの姿を見付けた。


「ちょっ……ハァ、ハァ……テリー……ハァ、どうしたんだよ〜……ハァ、ハァ……」


 私はやっとの思いでテリーのもとへ辿り付いた。

 私は飼い主の尊厳を踏み躙(にじ)られたような気がして、安堵と同時に怒りの感情が込み上げてきた。

 一方のテリーはというと、長い舌をベロンと垂らし、ハッハッハッと早く短い呼吸で悪びれた様子も無く、愛くるしい無垢な眼差しで私を見てくる。そんな眼差しを向けられるものだから私も怒るに怒れない。


「くそぅ……飼い主を誑(たぶら)かすとは何てヤツだぁ。コイツぅ〜このこの〜!」


 テリーの可愛さに敗北を喫した私は、仕方なく自らの気持ちを抑え、テリーの頭を両手で撫で回し愛情を注いでやった。

 テリーは起き上がり小法師のように体を揺らされるのが鬱陶しく思ったのか、撫で回す私の手を振り払おうとする。

 それでもしつこく撫でていると、テリーが頻りに自分の足もとを気にしている事に気がついた。


「テリー、どうした?」


 激しめのスキンシップから解放されたテリーは、くんくんと足もとを嗅ぐ。

 見るとテリーの足もとにはある物体が転がっていた。


「何だ、コレ?」


 それは、手のひらにすっぽりと収まるサイズの、美しい曲線を描く金属製の立方体だった。

 最初は、誰かが落とした最新の電子タバコか、あるいはスマートキーか何かだと思った。

 いずれにせよテリーは飼い主である私にこの存在を知らせたかったのだ。


「それにしても、なんだろうこの不思議な物体は……」


 折角なので私はそれを何気無しに拾い上げる。見た目の割にずっしりと重い。

 その時だった。

 いきなりインスタントカメラのフラッシュを焚いた時のような、『キュイィィィ……ン』という甲高い音とともに、内部に刻まれているであろう複雑な幾何学模様をなぞるように青白い光が表面を走る。

 すると次の瞬間、中央に僅かな切れ目が入ると、そこから半球型で赤い半透明のボタンが瞬時に現れ、近未来を予感させる少し風変わりなガジェットに様変わりした。

 その一連の動作は、宛(さなが)らSFロボットアニメに出てくるロボットのトランスフォームを彷彿とさせ、困惑する私の厨二心を擽(くすぐ)らせた。

 だが、これではっきりとする。

 コ(・)レ(・)は何かのスイッチなのだろうが、オモチャにしてはやけに精巧過ぎる。故に、その背景には特別な何かが絡んでいるような、怪しくて危険な匂いを漂わせている。


 私は得体の知れない未知なる物との遭遇に理解が及ばず、しばらくの間、赤い半透明のボタンと睨めっこをしていた。


「押せ」


 スイッチはそう言わんばかりにぼんやりと赤い点滅を繰り返し、その時を今か今かと待ち侘びているかのようだった。


「なあ……コレ、押して良いのかな?」


 判断に迷う私は無意味だと知りつつも、テリーに問うてみた。

 そのテリーはというと、私の思いなどどこ吹く風で、少し首を傾げながら従順に私の指示を待っているだけだった。

 けれど、テリーがそんな調子でいてくれたおかげで、逆に私は一旦冷静になる事が出来た。


「……だよな。きっと人の物だろうから勝手な事しちゃいけないよな」


 とりあえず私は手に持ったスイッチをもとの場所に戻そうと地面に置こうとした。……その矢先の事だった。


「ワンッ!!」


「おわっ!!?」


 突然、テリーが私の背中目掛けて突進してきたのである!

 早く散歩を再開しろという意思表示だろうが、手荒い。


「ちょっと何すんだよテリー!」


「ワンワンッ!!」


「地味に痛かったじゃないかーっ! こんのぉ〜! 帰ったらお前の嫌いな風呂に入れてやるから覚悟しと……」


『——認証完了。マスター権限が移行されました』


「へっ?」


 私は耳を疑った。

 手に持ったスイッチから、何故かいきなり妙にハキハキとした合成音声が流れてきたからである!

 一体なぜ……?

 私はその真意を確かめるべく、手に持ったスイッチに目を向ける。

 すると、スイッチを持った手の親指が、赤い半透明のボタンをしっかりと押し込んでいた!

 それを見た瞬間、私の体から声にならない声が出るとともに、サーっと血の気が引く音がした。


「う、嘘……」


 私は親指の力を緩めてみた。するとカチリ、とボタンからの硬質な手応えで親指が押し返された。

 どうやら先ほど驚いた拍子に誤ってスイッチを押し込んでしまっていたらしい。


『これより【古代衛星兵器・ダ=ヴィンチ】、3000年ぶりに起動します。システム更新、更新後直ちに再起動の実行。……完了しました。続いてステルスモード解除、衛星軌道修正及び、全兵装の接続確認を開始します。スタンバイ完了までの予測時間、約28秒——』


「はぁっ!!? えっ? えぇっ!? ちょちょ、ちょっと! う、嘘だろ……えっ? なんで!?」


 正体不明の何かが、私の意思など置き去りにして、勝手に事態を推し進めている。

 パニック状態で全ての音声が聞き取れた訳ではないが、私の手の中にあるこの小さなスイッチは、間違いなく遥か上空、宇宙空間に漂う巨大な質量兵器と直結しているようだ。


「おい! 止まれって! なぁおいっ! 止まれ止まれっ!」


 私は何か重大で取り返しの付かない事をしてしまったのは確かで、どうにかして機能を停止させようと、何度も何度も必死にボタンを連打した!


『スタンバイ完了』


「いや『スタンバイ完了』、じゃねーよっ!!」


 私の必死の抵抗も全く意味を成さない。


『これより主砲エネルギー充填作業に移行します。並行して主砲照射座標の精査に入ります。座標:——……』


「主砲って、何か撃ってくんのかよっ!?」


 ダ=ヴィンチのスイッチが座標の読み上げに入ると、突然、私の目の前の何もない空間に、薄黄緑色のホログラムが浮かび上がった。

 ボタンの丁度真ん中付近から発せられた光で投影されたホログラムには、携帯ゲーム機の黎明期の画面を思わせる、黒いドット絵の日本地図が映し出されていた。そして、その日本地図のある地点に黒く点滅するドットがマーキングされた。

 その地点は太平洋側、自分の現在地である河川の行き着く先で、アバウトではあるがそう遠くない沖合を指していた!


「おいおい、割と近くじゃんか!」


『尚、ダ=ヴィンチは現在、長期非稼働状態からの復帰により主砲照射精度の向上を必要とする為、主砲エネルギー充填完了と同時にオート照射を実行します』


「それってつまり、ヤバいじゃん!!」


 成す術のない私に、現実は更なる残酷な事実を突き付けてくる。

 兵器というだけあって、もしかすると最悪の事態が想定される。それが一体どれくらいの規模なのか、どのくらいの被害が起こるのか、全く検討も付かない。

 一つ言えるのは、一刻の猶予も無いという事だ。


「一先(ひとま)ずここから離れよう」


 とりあえず私は身の安全の確保に取り掛かる。


「ワンッワンッ!! ワンッ!!」


「おいっ! テリー行くぞっ!! ほらっ! 早くっ!!」


 けれどもテリーはリードで引っ張られようともその場から頑なに動こうとせず、上空に向かって只管(ひたすら)吠えまくっている。

 普段大人しいテリーがここまで警戒するのは珍しい。野生の勘というやつなのだろうか。


『主砲エネルギー充填率100%、充填完了しました。主砲、照射します』


 そうこうしている間に、スイッチから恐れていた事態を知らせるアナウンスが流れる。

 すると次の瞬間、夕暮れ時にも拘らず、空が急に目も覚めるほど、パッと明るくなったと思いきや、それよりも更に強い光源が河口方面に出現した!

 それは眼球が灼け焦げそうなほど眩しく直視出来なかったが、瞼を閉じる瞬間、垂直に聳え立つ"光の柱"を捉えた!

 私は実際に目の当たりにして理解する。

 あれは正しく、SFロボットアニメの物語の終盤に出てくるお決まりのアレそのもの。神の雷とは良く言ったものだ。

 それから少し遅れて、ズズンという重低音が大気を震わせると、光の柱は急速に減衰し、そのまま消滅するに至った。


 私が漸(ようや)く正常な視界を取り戻した時、辺りは驚くほど静寂で、まるで時が止まっているかのなような錯覚を覚えた。

 空を見上げると、その規格外な質量の大きさを物語るかのように、雲を貫いて出来た大穴がポッカリと空いていた。


「やっば……あの威力だと、都市がひとつ消滅するレベルじゃん……」


 想像してゾッとする私は、自分の声が震えているのに気が付いた。


『照射プロセス、完了しました。機体各部の状況をスキャン……異常はありませんでした。次回の照射可能時刻まで、およそ3時間。これよりダ=ヴィンチは、外部からの熱源および電波探知を回避するため、高高度軌道を維持しつつステルスモードを展開。同時に、次回の行動に備え、機体は待機モードへと移行します』


 一仕事を終えたダ=ヴィンチは、スイッチを通して暫しの休息を告げた。

 忽(たちま)ちホログラムは消え、ボタンも自動的に格納され、うんともすんとも言わないただの銀色の物質と化した。

 とは言え、これで安堵など出来る筈もない。時間経過で再び稼働可能ともなれば、脅威を維持したままという事なのだから、一時的なものに過ぎないのだ。


「ん? なんだ?」


 急にズボンのポケットの中のスマホが騒がしい。

 手に取って見ると、スマホのニュースアプリが狂ったように通知を鳴らし始めたのだ。


 【速報】太平洋上で原因不明の大爆発か? 衝撃波を観測。

 【ニュース】気象庁、突如発生した謎の光源について調査を開始。


 スマホの画面には、私が引き起こしてしまった件についての見出しが踊っていた。

 スマホの画面を凝視する私の背中に冷たい汗が伝わる。


「テ、テリー、今日はもう帰ろうか」


「ワンッ!」


 私はスイッチをポケットの奥深くにねじ込み、誰にも見つからないよう、急ぎ足で家路に就いた。

 別に責任から逃れたかったとか、怪しまれる前にこの場所から立ち去ろうとか、そう言った疚(やま)しい気持ちが無かったかと言えば嘘になるが、世界がひっくり返りかねない兵器を、一介の庶民である自分が所有している事実に頭の中の整理が付かなくなってしまい、一旦それらを投げ出して冷静になりたかったのだ。


「ただいま」


 帰宅後、私はいつもと変わらない時間を過ごし、早めに床に就いた。


 頭の中は例の件の事が大半を占めているが、時間を経て雁字搦(がんじがら)めだった心に綻(ほころ)びが生まれ、幾許(いくばく)かの考える余裕が出来た。

 その中で私は自分自身の考えを見つめ直し、そして、ある結論に達した。


 私は世界の均衡を揺るがしかねない、とんでもない兵器を手に入れた。けれど、映画やラノベの主人公みたく、この兵器を手に入れたかといって、世界を征服したいわけでも、悪党を裁きたいわけでもない。単純に何の変哲もない、平凡でいつも通りの日常が送れればそれで充分なんだと気付いた。

 つまり、"ラブ&ピース"ってなわけだ。

 そりぁ、あんなものを生み出せる高度な文明が3000年前にあったのか。とか、偉人の名を冠する理由は何なのか。とか、気にならないわけではない。しかし、"触らぬ神に祟りなし"という諺(ことわざ)があるように、これ以上余計な事に首を突っ込むべきではないのだ。


 自分の中で一つの結論が出た事で、寝入りが良くなった私はそのまま眠りに就いた。



 ——朝6時。

 目が覚めた私は、朝のルーティンを順当に熟(こな)す。そして、身支度を済ませた後はテレビを点ける。

 今朝のニュースはどの局も昨日の話題で持ち切りである。

 私はそれらを見ながらカリカリに焼けたトーストを囓(かじ)り、インスタントコーヒーを啜(すす)る。


「すんごい事になってんな、テリー」


 テリーは朝食にがっつき、それどころではない様子。


「ふふふ……お前の図太さを見習わなきゃだな」


 報道曰く、幸いな事に人的被害は無かったらしい。私は本当に良かったと胸を撫で下ろす。


 ふと机の上に置いたスイッチが目に留まった。

 今にして思えば、あの時、スイッチをその辺に捨てずに持ち帰ったのは正解だったと思う。

 もし誰かに拾われでもして悪用されるよりかは、私の手で内密に保管していれば世界の秩序は保たれるだろう。

 その時、私の心に全能感が顔を覗かせ、心臓を一際大きくドクン、と脈打たせた。

 この気持ちに流されれば世界の秩序は保てなくなる。

 そう思った私は、すぐ様スイッチを机の引き出しの奥に仕舞い込み、邪念を振り払うかのように仕事に向かった……。



◆



 あれから私はいつもと変わりのない日常生活を過ごしている。

 月日が経つに連れ、あれだけ騒いでいたマスコミも、今やなんの音沙汰もなく、心の中で燻り続ける全能感と向き合う生活にもすっかり慣れた。

 古代衛星兵器のスイッチはというと、人目に付かぬよう今も机の引き出しの奥で眠っている……。


「さあ、今日も今日とて仕事に行きますかね〜」


 そう言って私は家を出た。


「あっ! おはようございます。朝早くにすみません。××××さんですよね。私、こういう者です。2ヶ月ほど前の光の柱の件で、任意同行願いたいのですが……」




 この瞬間、私の中の秩序の均衡が崩れた……。

 *古代衛星兵器・ダ=ヴィンチについて

 元々は別作品で登場させる予定だったのですが、以前から名称以外何も決まっていませんでした。

 どのようなものにしようかと構想を練るうち、ふと現代にこれがあったらどうなるだろうという発想から、パラレル作品という形で執筆する運びとなりました。

 今後、いつになるかわかりませんが、本来登場させる筈だった別作品にも登場させますので、その時にこの短編を思い出していただけましたら幸いです。


※拝読いただき誠にありがとうございます。

 評価のほどよろしくお願い致します。

 感想も是非お待ちしております♪


※ この作品はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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