第9話 「あるじをまもれ、やくめ」
本日からカクヨムと同時更新となります!
「ほら、しっかりして。きちんと歩いてよ、スピネ」
ニースの言葉に返ってきたのは、ぱたぱたという羽根の音。
「だいじょーぶ。われは、しゃんとして、おるゆえ」
初対面の圧はどこへやら。ふわふわした声音は、なんともしどけない。
(どこが! お店の人、なにか間違えて出してない!?)
少女銃士は、眉根をひそめた。
スピネという呼び名が気に入って、ついハーブ水を勧めすぎたのだ。独特の芳香が、ニースには苦手だった、というのもある。
薬草の香りが、合わないのか、むしろ合いすぎたのか。宴がおひらきの頃には、ご令嬢はぽやーんとした顔で軽く船を漕いでいた。
『こりゃだめだ。あんたの部屋に泊めてやりな』
寮の方を指さされての、助言というより、先輩命令である。
背中で扉を押し開きつつ、スピネを部屋に引っ張り込む。
魔女は頭の羽根を、ぱた、ぱた、とのんびり動かしていたが――
「――ほおお、かわいい」
鴉羽根をばささっと立てつつ、調子のはずれた声でスピネが言った。
「ヘンかな。銃士の部屋にしちゃ」
「くふ。そなたも、おとめ。だな」
魔女はくるりと部屋を見回した。つられて、ニースも自分の部屋を見回した。
銃士隊の寮部屋なんて、実用一辺倒だ。
洒落た壁紙などあるわけもなく、寝台も机も椅子も頑丈さ重視。
半端な広さゆえに、幸運にも一人部屋をもらえたニースである。自分の「砦」を、みずからの好みで満たすことに、心をくだいていた。
部屋の中で目に付くのは、床を覆わんばかりのクッションの山だ。淡い色合いで統一したそれらは、あるいはフリル、またはレースで飾られている。
窓には、白地に黄の糸で刺繍がほどこされた、可憐な印象のカーテン。そこからぼやっと浮かぶ公都の明かりが、ちかちかときらめくかのようだった。
壁には、刺繍をあしらった手巾を、何枚も貼り付けている。ただ、刺繍の見栄えはぱっとしない。全体的に詰めが甘く、雑っぽいのだ。
スピネは、くるりと部屋の中を見まわし、壁の刺繍を見やった。ついで、中でもひときわ古ぼけた継ぎだらけのクッションに目をしばたたかせる。それから、ニースの顔をじいっと見つめてから、問うてきた。
「はりしごと、すき?」
「お針子ね。趣味って言うか、ずるずる続けてるっていうか」
ニースが照れ笑いをして答えるや、魔女はずるりと腕から滑り落ちた。
そのまま、床のクッションに埋もれるかのように、ごろんと横になる。
「なかなか、よい。ねむれそう……ふわあ」
マントもドレスもそのままに、スピネが身体を丸めそうになる。
「もう、ダメだよ。ちゃんと服を着替えなきゃ――って、ああああ」
自分の言葉に、少女は頭を抱えた。
お貴族様向けの寝間着。そんなものがどこにある。
ニースはといえば、寝る時は下着で寝てしまうのが習慣だった。
「えっと……このお嬢様を剥け、と?」
誰に確認するでもなく、ひとりごちたつもりだったのだが。
「ゆるして、つかわす」
鴉羽根をぱたぱたさせながら、魔女がこくんとうなずく。
「~~~ッッ」
妙な声が出そうになるのをこらえつつ、スピネをひとまず抱き起こす。
いっとう大きいクッションを支えに、彼女を座らせた。
そうして、凝ったつくりのドレスを慎重に脱がせていく。
「うむ……うむ」
スピネも曖昧なりに、やるべきことを認識しているようだった。
ニースの手を導くように、もぞもぞと手足を動かす。
腕が、背が、胸元が、脚が。
黒衣から解放されて、秘されていた白を露わにする。
白磁のように、なめらかで美しい肌。
下着も、瀟洒なレース遣いのまばゆい白。
わずかに乱れた黒髪が幾条も流れて、艶美な線を描いていた。
(剥いてみたら、妖精さんが出てきた!?)
うそいつわりない、正直な感想だった。性悪お嬢様と同一人物とは思えない。
あのすべらかな肌。撫でてみたら、どんな感触なんだろう。思わずそんなことを考えてしまい、ニースはあわててかぶりを振った。
「えと、じゃあ。寝台に運ぶから、立って――」
ニースの言葉に、スピネは無言でぐいと腕を突き出した。頭の鴉羽根をぱたぱたとさせつつ、なぜか目つきがじとっとしている。
「あるじを、はこぶ。やくめ」
むふんと鼻を鳴らして、みずからの腕をぐいぐい差し出してくる。
ニースは思わず天井を仰いで、なにやら口ごもったが、
「……しかたないな。ほら」
魔女の腕を取り、自分にもたれさせかける。どうにかこうにか、スピネの体を自分にまとわりつかせ、倒れ込まないように慎重に運び始めたものの。
(……すっごく良い匂いする。これ、香水?)
とんと縁のない香りが、鼻をくすぐってきて仕方ない。
口をへの字に結んで、こらえた。乙女が、乙女を守るために。
どうにかこうにか、寝台に魔女を横たえると、スピネは「当然」とばかりに枕に頭を乗せた。ニースがことのほか愛用している、フリルたっぷりふわふわ枕だ。
横たわった姿は、実にはかなく見える。
なんとも細い手足。華奢で折れそうな腰。ふくらみのわずかな薄い胸。
(……もうちょっと食べた方がいいのに。お肉つけなよ)
おせっかいな思考で、部屋に漂う蠱惑の残滓を追い払う。
「さて、と」
ニースは、自分の服を手早く脱いだ。
下着姿になると、なるべく寝台から離れた床で、クッションを取り集める。
「これに埋もれて寝るか」
ひとりごちて、おもむろに横たわろうと思った矢先。
「――とおい。そばに、はべれ」
少しくぐもった、少女の声が聞こえてきた。
枕に顔をうずめて背を向けたまま、抗議している。
「あるじをまもれ。やくめ」
「言われなくても守ってあげるわよ」
「とおい。われからとおい、だめ」
スピネの声の調子を、ニースはどこかで聞いた覚えがあった。
孤児院にいた頃に、何度も、何度も。
頑是なくむずがる、幼子のそれだ。
「……はいはい。寝台のすぐそばね。それでいい?」
「うむ。むう」
「命じればいいでしょ。昼間みたいに」
「あれ。やりすぎた」
「ずいぶんと楽しそうにしてたけど」
「つい。うれしくて」
「嬉しい?」
「そなたが……なんでも、ない。ねる」
ぱたっと、羽根がかすかにうごめく。
思わず、ニースはあおってみせた。
「添い寝してさしあげましょうか、お嬢さま」
ほんのいたずら心から出た言葉にすぎない。
だが、少しの沈黙の後、くすくす笑う声が返ってきた。
「あほう……そのうち……」
そうしてほどなく、静かな寝息が聞こえてくる。
自分でも説明のつかない義務感で、彼女が寝入ったことを確認してしまった。
ニースもクッションの上に横たわる。思わず胸の奥から深い息が出る。
(この落とし前はどうつけてもらおうか)
一方で、先ほどの言葉が気になって仕方ない。
(そのうち、ってなによ)
もやもやした気持ちを抱えつつ、彼女も眠りの淵へ沈んでいった。
全37話の第9話になります。
第2話の「おまわり」で目を回していたニースの回想はここまで。
お読みくださりありがとうございます!




