第28話 ギルド総括会議(前半)
※黒田庄兵衛視点
ここは霞が関にある探索者ギルド本部。
急遽出席を強要された会議は、本日午後からだという。
わたしと赤槻は、富山迷宮の迷宮ポーターを経由して霞が関ダンジョンに転移し、そのままこのダンジョンを管理する探索者ギルド本部へとやってきた。
到着が早すぎて、少し時間が空いた。
いつものように、赤槻と昼飯を共にする。
わたしが喫茶店で軽くサンドイッチをつまんでいる横で、赤槻はハンバーグ定食をご飯大盛りで、がっつり完食していた。
「これ、おいしかった~。ねえ黒田先輩、お代わりしてもいいですか?
ていうか、わたし今月やりくりきついので、奢ってもらってもいいですか~?」
「まあ、昨日は頑張ったし、いいんじゃないか」
「やったー! 黒田先輩、やっさし~。そういうところ、大好きですぅ」
「わたしは、いつも赤槻にたかられている気がするんだが……」
「もう、イケオジはそんな細かいこと気にしたら駄目です。ちゃんと毎日餌付けしてくれないと困るんですよ。主に金銭的に、ですけど。
というわけでー……お姉さーん、追加注文お願いしまーす!」
注文を聞きに来たウエイトレスに、遠慮という言葉を忘れた赤槻は、追加のハンバーグ単品オーダーのあとに、しっかり食後のデザートまで頼む。
「それでですね、黒田先輩。聞いてくださいよ~」
終始、赤槻がご機嫌な様子だから良しとするが、少しは昨日のダンジョンジープ車内での愚痴を、これでもかと聞かされる身にもなってほしいものだ。
赤槻が追加のハンバーグを嬉しそうに頬張るのを眺めながら、わたしはポケットからスマホを取り出し、メールで送られてきた緊急召集状を指先でなぞった。
このあと待っているのは、よほど重たい“本日のメインディッシュ”だ。
今の時点でもう胃がもたれている。
結局、会計は、いつものようにわたしが支払った。
「満足満足、黒田先輩、ゴチありがとうございました」
「では、行くか」
「はい」
そして昼休憩を終えたわたしたち二人が向かう先は、ギルド本部だ。
そこのエントランスホール内で一般人との区分けをする自動改札機を通り抜けると、大勢の人混みで混雑する窓口受付空間の手前側、壁際に配置してあるエレベーターを目指す。
吹き抜けガラスで覆われたエレベーターに乗り込むと、赤槻が目的階層のボタンを素早く押した。
「四十階で良かったんですよね」
「ああ、そうだ」
「うわー、さすがは本部。探索者の人だかりで、まるで蟻の大軍のようですね」
上昇するエレベーターの吹き抜けガラス越しにエントランスホール下を見下ろす赤槻は、そんなコメントを口にした。
エレベーターは、探索者たちのざわめきを置き去りにして、するすると加速していく。
「いいですよねえ、本部。こういうところだけ、ちょっとした高級ホテルみたいで」
「宿泊費は日々の命を張った肉体労働だがな」
「それはまた世知辛い世の中ですね」
軽口を交わすうちに、表示パネルの数字が「40」で止まった。
扉が開くと、さっきまでの喧噪が嘘のような静けさが流れ込んでくる。
エレベーターホール正面のカウンターに、スーツ姿の受付係が一人。
わたしたちの顔を見るなり、すっと立ち上がった。
「特命Gメンの黒田様と赤槻様ですね。本日はお越しいただきありがとうございます。特別会議室までご案内いたします」
名乗る前から名前を呼ばれ、少しだけ肩のあたりが重くなる。
「お願いします」
簡単に頭を下げて、その後ろについて歩く。
廊下の突き当たり、「特別会議室一」と書かれた両開きの扉の前で受付係が足を止めた。
「こちらでございます。こちらの端末パネルに探索者カードを翳していただきますと、ドアが開く仕組みになっております」
扉脇の黒いパネルを指さしながら、受付係が一歩下がる。
「物々しいですねえ……」
赤槻が小声でつぶやきつつ、自分のカードを取り出した。
「先にどうぞ、黒田先輩」
「ああ」
わたしは探索者カードを端末に翳す。
ピッという軽い音とともに、重そうな扉のロックが外れた。
「認証完了しました。中で皆さまお待ちです」
受付係の声を背中で受けながら、わたしは赤槻と並んで特別会議室の中へ足を踏み入れた。
◆◇◆◇◆◇
「やあ、黒田君、赤槻君。わざわざ遠いところから済まないね」
部屋に入ってすぐ、テーブルの中央あたりから声が飛んだ。
ギルドマスター、水戸乃 清門。
かつては高レベルの忍者系ジョブ、忍者マスターとして一躍S級探索者として名を馳せた男だが、その面影は、今は柔和な笑みの奥にひっそりと隠れている。
清潔感のあるボリュームたっぷりの白髪。きれいに整えられた白髭。目尻には深い笑い皺が刻まれている。
その柔らかな笑みの奥で、目だけがこちらを測っていた。視線を受けて、背筋が自然と伸びる。
「いえ。本部マスターのご招集とあれば」
軽く頭を下げて、室内に視線を巡らせる。
楕円形のテーブルには、すでに四人が座っていた。
それぞれの重役の手前には、黒い下地に白い文字が表示された卓上ネームプレート型の魔道具が置かれている。そのプレートには、役職と名前が刻まれていた。
いかにも官僚然としたスーツ姿の男が、迷宮省審議官、後藤田 誠一。
左腕に戦闘用義手をつけた武骨な大男が、ギルドGメン本部長官、源野 頼朝。
その向こう側、テレビで見慣れた顔が一人。与党国会議員でもあり、迷宮対策推進本部の副本部長、平野 清盛だ。
鋭い眼光。修行僧のように磨き上げられた坊主頭が照明を受けてわずかに光り、口元にはきっちりと整えられた黒い口ひげが乗っている。画面越しの印象どおりの、近寄りがたい男だった。
(まさか、現役国会議員まで出席する会議とは……気を引き締めるべきだな)
赤槻に視線を向けると、彼女も驚きの目で平野を見詰めていた。
壁際の席には、整然と並ぶ椅子に、各方面の担当事務局員が腰かけている。
テーブルの上では、青と赤の光を点滅させる卓上ネームプレートが瞬いている。
青いプレートには、それぞれの所属と肩書きと氏名が魔力文字で浮かんでいた。
視線を自分の前に落とす。
青く点滅するネームプレートに、すでにわたしの名前が表示されている。ここが「ここに座れ」ということらしい。
その隣では、赤く点滅するプレートに赤槻の名前が浮かんでいた。
参考人席は、この二つだけ、というわけだ。
「座ってくれたまえ。君たちの話を聞くのが、きょうの要なんだ」
水戸乃の促しにうなずき、わたしは青いプレートの前に腰を下ろした。
赤槻も、さすがにこの席で軽口を叩く勇気はないらしく、張り詰めた空気をうかがいながら、赤く点滅するネームプレートの前の椅子にそっと腰を下ろす。
その瞬間、二つのプレートの点滅がふっと止まり、他のメンバーと同じ黒い背景に白い文字だけが残った。
「では――午後の部を始めようか」
テーブルの上座で、水戸乃が静かにそう告げた。
特別会議室の空気が、きゅっと締まるのを感じる。
上座の水戸乃が、テーブルをぐるりと見渡しながら口を開いた。
「ちなみにだが、この会議は朝からぶっ通しでね」
水戸乃は、軽く肩をすくめてから続けた。
「午前中は、御経塚ダンジョン関連のテレビ取材への対応に人手を割いた。
そのあと、魚津ギルド長からの報告を中心に――佐々木製薬の三男、佐々木 勝正が首謀した襲撃事件の経緯を確認した。
あわせて、A級パーティ『紅蓮の炎』五名と、新人研修中の中学生三名の行方不明状況についてもだ」
そこで一拍置き、わたしたち参考人席にも視線が向けられる。
「いずれも、朝倉 翔太君が関わっている可能性のある案件だ。
午後は、その本人に関わった参考人――つまり君たち二人の現場証言を聞きたい」
水戸乃の視線が、わたしと赤槻のあいだを行き来する。
「それが終われば、御経塚・魔物進軍掃討戦についてだ。
実戦に参加し、少年の人となりを間近で見たはずだ。その件も、できるかぎり詳らかにしてほしい」
「最後に、少年の今後の所属先について合意形成を図る。
あわせて、どこまでを対外的に伏せるか――秘匿範囲の最終判断を決めたい」
「君たちも、いわば関係者だ。
ここにいる皆で、腹を割って協議することになるだろう」
ギルドマスター水戸乃の言葉が途切れると、赤く点滅していたネームプレートが静かに黒へと落ち着いた。
わたしはその光の変化をぼんやりと眺めながら、昨日の出来事を頭の中で組み立て直す。
わたしは少年に対して――『君の希望どおり、探索者ギルドの管理下に入る』と約束した。ギルドGメンとしてではなく、一人の大人として
君の力が暴走しないように。そして、君が“人類の敵”にならないように。
私たちは君を全力で支える――あのとき、そう口にした
(その立場は、今も変わっていない)
わたしの立場ははっきりした。
「わかりました」
自らの意思を込めた言葉を、わたしは簡潔に示した。
「わたしも右に同じくです」
赤槻も、おおむね会議の進行を了承したらしい。
わたしはうなずくと、テーブルの面々を一度見回した。
テーブルの上には、紙の資料は一枚も置かれていない。
必要な情報は、すべて目の前のディスプレーに集約されているようだ。
赤槻は、さっそく目の前のキーボードを叩き、午前中の議事録の内容を確認しだしたようだ。
ギルドマスター水戸乃の発言の中に見逃せないものが混じっていなかったので、いきなりで悪いとは思うが、疑問をぶつけてみた。
「早速ですが、一つ確認させてください。
襲撃事件の行方不明者の中に、臨時ギルド指導員の名前もあったように記憶しています。彼は発見されたのですか?」
その問いに反応するように、迷宮省審議官後藤田 誠一の前に置かれたネームプレートが、赤く点滅を始めた。
朝倉 翔太の事情聴取中、スマホ越しに預言者の名を持ち出し、「人類の味方にも敵にもなり得る存在が生まれた」と一方的に政府側の要求を突きつけてきた、あの男だ。
胸の奥が、じわりと重くなる。昨日の電話の記憶が、嫌でも蘇る。
水戸乃は手元の埋め込みディスプレーにちらりと目を落とし、キーボードを軽く叩く。
「発言をどうぞ。後藤田君」
わたしの席からは、壁面の巨大な液晶ディスプレーがよく見えた。
テーブルを囲む面々の様子が映し出され、その下には、今のやり取りが即座に速記されていく。
「はい、その認識で間違っていません。彼だけが唯一、生還しました」
後藤田は、手元のディスプレー資料に一度だけ視線を落としてから続けた。
「名前は山能 浩二。五十二歳、元B級探索者。
わたしが黒田君と通信機器越しに話をする少し前のことです。魚津ダンジョン十階層、石碑フロアに飛ばされたとのことでした」
(昨日の電話で、預言者だの監視対象だのと言い放った男だ。対面でも、やはり“政府の論理”しか口にしないらしい。
ただ、電話のときと今とでは口調が違う。あのときは、もっとぞんざいだった。
立場が上の者がいる場では、声色を変えるタイプか)
「状況認識が追いつくまでには、かなり時間を要したようですが、現在はおおむね整理がついていると判断しています。
ただ、事情聴取の結果、その日の記憶がごっそり抜け落ちていることが分かりました。原因は不明です」
「彼は石碑端末を操作し、迷宮ポーターを経由して、御経塚魔物進軍への対応に追われていた一階層石碑フロアへ転移してきたところを、ギルド関係者が保護しました」
(昨日の御経塚の戦場で、あの少年の力の一端を見た。その前と後とでは、同じ報告でも、見えてくる景色が違ってくるな)
「他の行方不明者については『知らない』という回答しか得られていません」
後藤田の声は、あくまで事務的だ。
(行方不明者。単独生還。記憶喪失。
これだけそろえば、偶然で片づけるほうが無理がある)
そこにきて、隣に座る赤槻から、わたしの正面にあるディスプレイに、政府が調べたとされる朝倉 翔太のプロフィールの追記情報が映し出された。
その朝倉 翔太の家族構成に目を映すと……
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朝倉 翔太の父親――朝倉 清治(旧姓:織田)、四十九歳。元S級狩猟者。大手狩猟者クラン『八幡の剣』在籍中に両腕に呪いを受け、切断。それが元で狩猟者の道を断念する。現在は両腕に戦闘用魔導義手を付け、従業員五名を雇う『朝倉探偵事務所』の所長を務め、世間の一般大衆に紛れるように生活を営んでいる。
朝倉 翔太の母親――朝倉 優里華、四十八歳。元S級狩猟者。同じく『八幡の剣』に在籍。朝倉家の二女。朝倉本家は農家を営む。清治が重傷を負った際、献身的に看病したことがきっかけで結婚に至った。現在は休職扱いで、『八幡の剣』では幹部クラスとして身分保障されている人物。同時に『朝倉探偵事務所』の従業員の一人として、朝倉 清治を支えている。
朝倉 翔太の妹――朝倉 美穂、十四歳。県立中学二年生。朝倉翔太と同じ中学に通う。学校の成績は優秀。
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朝倉家と八神家は、両親同士が狩猟者繋がりで関係が深まった、ということが、この資料から読み取れた。
ここまで背景が揃えば、少年が“ただの中学生”として扱われないのも当然だ。
当然ながら、もう少年に逃げ道は残されていない。
今後、一生付きまとうことになるのだろう。
(仕方がない。ここで黙ってうなずいている役回りじゃないだろう、わたしは)
「政府側、ギルド側としては、この件をどう捉えられているのですか?」
発言ボタンを押してから問いかけると、議長役を兼ねるギルドマスター、水戸乃が、こちらを見て小さくうなずいた。
「よろしい。黒田君の質問として記録しよう」
そう前置きしたうえで、水戸乃は視線を政府側へと流す。
「ではまず、政府側の見解から聞かせてもらえるかな。後藤田君」




