2話 英雄の代償
「ーーだから美澄さんと出会った時、絶対に汚してはいけない人だと思いました。あの人のスピーチを聞いて、こんな浅ましい自分でも誰かを助けられたらと思って、進路相談で看護大学を目指す事を決めたんです。私に光を示してくれた天使…。神様のような存在なんです」
休憩室は、重苦しい雰囲気に包まれていた。
(ハルちゃーん!そんな苦しい過去があったなんてー!?)
三木は気配を消しながら内心号泣していた。
「あの人から告白された時、また壊してしまうんじゃないかという恐怖と絶望を最初に感じてしまったんです。…悪者になるのは私だけでいい。だから嘘をついて断りました」
ガタンと音を立てて、鈴木さんが勢いよく立ち上がる。
「…つまり、後輩の為を思って断ったのね。貴女は英雄だわ、ハルちゃん!みんなに広めてきてあげるから、自信を持って笑ってなさーい!!」
「えっ、鈴木さん!?ちょっと待って!」
「鈴木さん、行かないでえ!?」
あやちゃんとももちゃんの声が、休憩室に虚しく響いた…。
(スピーカー鈴木、やっぱり速度は7Gね…)
三木は休憩室から誰もいなくなるまで、隠密を続けていた。
「ねえ、知ってる!?ハルちゃん、文武両道エリート先輩を支えられなくて壊れちゃった事をずっと気にしてて、美澄さんからの告白に嘘ついて自分を悪者にする事で守ったんですって!英雄よね〜!?」
噂は、3日以内に全職員と患者達に広まり、その後総合病院にまで波及する。
「は!?それ、誰が言ってたんだ!?」
「市立病院の人から聞きましたよ?」
(あのエリートキラーめ、自分に都合良く話を変えやがって……!)
総合病院の研修医として勤務していた谷村の、耳に届いた。
(…ふざけるな。黒川を壊したのは、あいつだろう!?)
彼は、ネットである物を取り寄せた。
「待っていろ、白石…。これ以上の犠牲者を出す前に、俺が管理してやる……!」
ある日、晴夏が仕事を終えて市立病院を出ると、1人の男性が立っていた。
「よお、白石。…英雄様は元気そうで何よりだな」
谷村はあの日のように、笑っているのに氷の目をしていた。
「谷村先輩…」
「ちょっと話せるか?」
2人は病院近くの喫茶店に入る。谷村は紙袋を彼女に手渡した。中には記入済みの婚姻届、結婚指輪、婚前契約書が入っていた。
「…俺、あの日見てたんだよ。テニスコートから」
「お前が黒川を壊す瞬間を」
「見て、いらしたんですか…」
「ああ。後輩指導をしている途中に、お前が黒川を惑わせてキスさせたのをな。座り込むあいつを逃げながら嘲笑ってたんだろう?落ち込む黒川を気遣って、置いていくんじゃなかった…!」
晴夏の手から、紙袋が滑り落ちた。




