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15話 煮凝りと氷柱


「婚姻届の保証人になってほしい?何故私に?」


 谷村は、晴夏の英雄話を耳にしてから、最初の休日に婚姻届を持って、黒川の父親に会いに行った。


「しかも相手は高校の時に私の子を壊した相手だって!?……私は湊くんを、もう1人の息子のように大事に思っているんだ。自分の幸せを考えなさい」

「白石は、このまま野放しにしておくのは危険な人物です。俺が管理した方が世間は平和になる」


(この子は、ずっとずっと、優しい子だった。心配だ……)


 黒川の父は、高3の秋に息子が壊れてからの日々を思い出していた。


(息子がキス事件で壊れてから数日たった、あの日。自室で自傷行為を行い、数ヶ月入院していたあの頃。湊くんは退院するまで毎日お見舞いに来てくれていた。あの子も受験生だったのに)


 彼は息子の入院1ヶ月後、病室から出てきた谷村の呟きを耳にしていた。


「黒川……。いっしょに理3に行こうって、高1から約束してたのに」


 その時の谷村の目は、水面のように揺れていた。


(退院してからも、毎日家まで迎えに来てくれて。息子は受験には失敗したものの、なんとか卒業する事ができた。今も息子が生きていてくれているのは、湊くんの支えがあってこそだったはずだ)


(共通テストの結果を家のリビングで見ていたあの時。泣き崩れた息子の背中をさすりながら、俺も黒川といっしょに受かりたかったよと消えそうな声で涙を堪える彼を、私も妻も見ていられなかった。湊くんだけでも受かっていてくれて、私達は本当に嬉しかったんだ)


 彼の心の中のわだかまりは、大きな煮凝りのようにこびりついて離れずにいた。


(何故、何故湊くんのようないい子が、自分を犠牲にする婚姻を選ぶんだ!?)


 黒川 誠と。彼が震える手を堪えながら署名と捺印を済ませると、谷村は口を開いた。


 彼はあの噂を聞くまで、晴夏の存在を「黒川を壊した女の子」という過去の傷として、心の奥に飲み込んでいたのだ。


(あの日から、ずっと痛い。まだ痛いんだ)


「ありがとうございます。これでもう、誰も犠牲にならなくなるはずです。……もし子どもが複数出来れば、そのうちの1人をあなたの後継にさせてください。貴方のような外科医の技術を絶やしたくありません」


 谷村の目は、あの頃と比べると氷のようだった。


(湊くんは、その中に入っていないじゃないか……!)


「もし…嫌でなければ、人前式に出席してもらえませんか?少人数で考えているので、お返事はいつでも大丈夫です」

「…ああ。日にちが決まればすぐに連絡をしておくれ。予定を調整するから」


(君の行く末を見届けるのも、私の努めだ)



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