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「お待ち下さい!勝手に入られては困ります」
クロネの叫び声がする。
窓の外では、モンテロと何人かの男たちが揉み合う声が聞こえる。
クロネの緊迫した声は、奥の部屋にいるカレンたちに、届くような大きな声だった。
慌ただしく、すごい剣幕で乗り込んできたのは、オーリオだった。
黒髪を振り乱し、赤い目は嫉妬で燃えているようだった。
アズールがカレンを背中にかばう。
「お姉さま!アズールさまは今は私の婚約者です」
「オーリオ、最初に伝えていただろう。私は君等の思惑どおりにならないと」
「お姉さまは、私たちが来るまではお父様を独り占めにして、幸せいっぱいだったではないですか。私の幸せを取らないでください!お姉さま、あなたは私に恩があるのですよ。お母様の雇った悪漢に、お姉さまを脅すだけで傷つけないように指示したのは私ですわ。彼らはお姉さまを脅すだけだったでしょ」
オーリオの声は、カレンの脳裏にダリルの店に辿り着くまでのことを蘇らせる。
アズールがこの家に連れて来てくれるまでのことが怒涛のように押し寄せ蘇り、見る見るうちにカレンの顔色が青くなっていく。
オーリオがそんな様子を見て溜飲を下げる。
カレンの様子を悉に見ていたアズールが、カレンの腰に腕を回した。
「カレン、君がまた自暴自棄になったら、今度は間違いなく、躊躇なく、私は君を抱く。もう私には君の挑発に耐える理由がないからだ。それと、最初の約束を覚えているね。君が私から逃げたらクロネを殺す。次は君の相手をした男も殺す」
カレン以外のその場にいる者にも、聞かせるように言い放った。
オーリオの目が憎しみに燃え、カレンに強い殺気を向ける。
「オーリオ、最初からはっきり言っていたはずだ。私は君がカレンの義妹だと思っていたから親切にしていただけだ」
「お姉さまばっかりなのね、私は?なんで...お母様もいなくなってしまったのに...」
オーリオが護身用のごちゃごちゃと装飾の付いた短剣を出した。
アズールがカレンを、背中の後ろに庇いオーリオに対峙するように立つ。
クロネはいつでも動けるように息を張り詰めた。
「お姉さま、大っきらい」
ちょっと舌足らずの声が室内に響く。
短剣をカレンに向けて突進した。
カレンの目には、クロネがアズールを庇おうと横から飛び出してきたのが視界に入った。
駄目よ、クロネが傷付いたらアズールが....
クロネはアズールの母代わりなのよ!
カレンは、アズールの背中から飛び出してクロネを庇うように腕を伸ばす。
カレンには、自分の動作がスローモーションに見えた。
アズールは、飛び出したカレンのお腹に腕を回して強い力で引き戻す。
「きゃ__」
カレンはすぐに、アズールに捕えられた。
アズールがオーリオの短剣を叩き落とすために、視線をオーリオに向ける。
アズールの動きが止まった。
カレンの足元の白い絨毯に、赤い輪染みができた。
ポタポタという音とともに、上から次々落ちてそれがどんどん拡がっていく。
誰が、刺されたの??
「お姉さまが、ずっと羨ましかった...お姉さまが優しくしてくれて、嬉しいって思うと、お母様が悲しむの...ずっと、どうしたらいいかわからなくて心が不安定だった、アズールさまだけが私の光...」
アズールの腕の中から、状況を確認するためにカレンはすり抜ける。
オーリオが、アズールの目の前で自分の胸を突いていた。
アズールが、強烈にオーリオを見つめていた。
オーリオすごいわ。
同情で、アズールを手に入れようという魂胆ね。
「オーリオ、私...あなた方親子が私を陥れるようなことをしなければ、あなたの激しさの前に、臆して私はアズールを諦めたかもしれない...」
アズールがカレンの背後に立つとお腹に腕を回し、もう片方の手を首に這わせる。
アズールの執着を感じるわ...嬉しい。
「アズール、大丈夫。...私は絶望の淵に立たされた時、アズールが欲しくて堪らないって心の底から気付いたのよ。オーリオ、今後あなたがどんな卑劣な手段を使おうとも、アズールを渡さないわ」
アズールの腕が緩んだ隙に、オーリオに近付く。
「お姉さま...」
カレンが、オーリオが胸に刺した短剣を指で弾く。
「突きが、甘いわね。それに何か入れてきたのでしょう?オーリオ、人は死に際は、そんなに喋れないのよ。これも、あなたのお母様の計画?」
遅れてモンテロが、戻ってきた。
窓の外も静かになっていた。
「モンテロ、オーリオをサラに返しておいで。これは血糊かい?」
アズールが、赤く染まった白い絨毯を見る。
「アズールさま...」
オーリオの目が揺れる。
「早く、連れて行ってくれ。目障りだ」
モンテロがオーリオの腕を掴むみ、引きずるように部屋から連れて行く。
「アズールさま!!その人はもう社交界には戻れませんわ。フリーデン伯爵家の役に立ちませんわ!」
アズールがカレンを強く抱きしめる。
「社交は我が母君が、カレンの分までするからね。君の心配することではないよ」
「それよりカレン、君はクロネを庇ったね」
カレンがの視線が泳ぐ。
アズールがカレンの腰に腕を回して、逃げ出さないように囲む。
クロネは部屋の隅に行くとサッと、その場を辞した。
「あ、貴方のためにね...」
「私のためなら、今度からは私を盾にしてでも逃げて欲しい。私をネクロフィリアにでもする気なら別だがね」
アズールがカレンの唇を指でなぞり、冷笑する。
クロネが退室の間際に気を利かせて開けていった、寝室の扉が開いているのが視界に入った。




