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秋も深まる頃、あれから三月が経った。
クロネとの穏やかな日常はカレンを癒やした。
ずっと音沙汰なしだったアズールが、カレンをここに連れてきて以来、初めて訪れた。
「カレン、これを君が作ったの?」
テーブルの上には、手作りのパイが載っている。
「ええ、クロネに習ったのです」
カレンはアズールの隣に控えている男に目をやる。
彼は、誰かしら??
アズールがカレンの視線に気付いて、横に控えている男を紹介した。
「カレン、彼は私の護衛でモンテロだ」
「モンテロさま、始めまして。カレンです」
カレンは指先を揃えて、体の前で揃えると丁寧に頭を下げた。
街で働くならと、クロネに教えてもらった挨拶の仕方だ。
モンテロが何か言いかけて口を噤み、カレンに頭を軽く下げる。
「モンテロさまも、よければ一緒に召し上がってください」
カレンはぶどう酒と一緒に、パイを振る舞う。
これもクロネに教わり練習していた。
カレンはテーブルの近くに侍っていた。クロネはキッチンの近くに待機している。
しばらく無言の時間が続く。
アズールと、モンテロが黙々とパイを食べ、ぶどう酒を飲む。
どうしましょう、美味しくないのかしら...今日のはクロネが手伝ってくれてるのだから、それはないわよね。
二人とも、一言も話さないけど...ご用があってお見えになったのでは?
良くない話なのかしら...継母のことかしら?
きっと気を遣ってくださって、言い出せずにおいでなのね。
カレンは、待つことにした。
酒のせいで少しばかり口が軽くなったモンテロが、場の空気を和ませるためなのか口を開いたが、話題がカレンが触れて欲しくない内容だった。
「アズールさまが、あなたが行方不明になったと聞いて王都から馬を飛ばして、あなたの領地を血眼になって探されてるときに、あなたは王都にいらしたんですってね」
アズールが目を見開き、モンテロを睨む。
キッチンのクロエもモンテロを睨みつける。
モンテロも話題の選択を失敗したと思ったのか、視線が泳ぐ。
「いや、ハハ...すれ違いってあるんですね〜」
カレンは当時のことを思い出して、苦笑する。
「だって、路銀も持たないのよ。アズールと...失礼フリーデン伯爵子息に昔連れて行ってもらったお店を思い出してそこに向かったのよ」
少し寂しそうに微笑むカレンは、アズールと呼ばずにフリーデン伯爵子息と口にした。
アズールが手元にあったグラスを呷り、一気に空にする。
モンテロが、目の前のアズールを気にして話題をそれとなく軌道修正する。
「まさか、カレンさまがシュネーに付いてフリーデン伯爵家の庭を散歩されているとは...あの時のアズールさまの慌てようと言ったら...遠くで見ていた私を始め騎士たちは、怖いもの見たさで目が離せなかったですから」
カレンがアズールの空のグラスに、ぶどう酒を注ぐ。
「私はあのとき、フリーデン伯爵子息に分不相応にもお会いしたかったのよ。シュネーさんを利用した形になって申し訳なかったわ」
アズールが、カレンの横顔を切なげに見つめる。
当時のことは、耳が痛いわね。
その話は今の私を見て、もう水に流してくださらないかしら...
__もしや私、アズールさまにもう厭われているのかしら。モンテロさまを使って遠回しにそれを伝えているのかしら...話題の選択が...あまり楽しい感じではないしアズールさまはずっと無口だもの。
モンテロが空にしたグラスに、カレンはぶどう酒を注ぐ。
「ありがとうございます。パイをもう少しいただいても?そうそう!オーリオさまが最近屋敷にずっと滞在なさってて、もうしつこいのなんのって、この間なんてとうとう寝室にまで...」
アズールが、モンテロの鳩尾を手の甲で突く。
オーリオの話題に、カレンの顔色がサッと変わる。
やはり、オーリオとのことを話にお見えになったのね。
ああ、カレン_わかっていた事でしょう。
私は、もう充分立ち直ったわ。アズールさまと、クロネのおかげで。
さあ、ご恩返しよ。
いつかはそうなるってわかっていたでしょう、私の想像していたより少し早いけれど、来るべき時がきたのよ。
大丈夫、胸は痛むけどあの時のような衝動に飲まれることはないわ。
あとは、涙を流せばやり過ごせる。
私は立場を弁えなくては...今こそ元貴族令嬢の矜持を、私は腐っても貴族令嬢だったのだから。




