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「朝食を準備致しておりますよ」
クロネが、カーテンを開けてカレンを起こす。
「ん...おはよう、クロネ」
「ソファでお休みだったんですね、暖かい時期とはいえ風邪を召されます。今後は気をつけてくださいね」
「そうね」
アズールが帰ったあと、そのままここで寝てしまったんだわ。
「お食事にいたしましょう」
アズールの用意した一軒家は、レンガ造りで絵本に出てきそうな可愛らしい家だった。
床は落ち着いたアイボリーの絨毯が敷いてあって高級感があるが、調度品は全て木製で温かみがある。
クロネがキッチンから、準備していたスープとパンとサラダをトレーに入れて運んでくる。
二人用のテーブルに置くと、自分も同席した。
カレンはびっくりしてクロネを見る。
使用人が主人と同じテーブルにつくなど普通は無いからだ。
「カレンさま、食事は私一緒に取りますよ。一人で食事なんて寂しいもんです。私が」
カレンは思わず、くすりと笑う。
「クロネが..寂しいの?」
「私は、3日前まで領地で息子夫婦と孫たちとワイワイ楽しく食卓を囲んでいたのです」
クロネが先にスープに口をつけるのを見て、カレンが言った。
「毒が入ってるなんて思わないわよ」
「まあ、癖のようなものですね」
クロネはそう言って清々しく笑った。
「クロネは、元貴族ね」
「とうに没落した男爵家ですね」
「クロネのことを教えてくれない?」
「近況でいいですか?急にアズールお坊っちゃまから、ここであなたと一緒に生活してくれと言われましたよ。あなたを逃したら命で償ってもらうと言われましてね」
「呆れた、よく引き受けたわね」
カレンも木製のスプーンで掬って、スープ飲む。
「アズール坊っちゃまには、昔受けた恩があります。鬼気迫る勢いで頼みに来られたのでね。恩が返せると思い引き受けたんですよ」
クロネがパンをちぎって口に入れる。
「差し支えなければ...どんな恩を受けたのか聞いても?」
カレンもクロネの真似をして、一口大にちぎったパンを口に入れる。
「たいして面白くもないですが。聞きますか?」
「ええ、昨日アズールの以外な一面を見たの。あなたの話からも、私の知らないアズールが垣間見ることができるかも?」
「私は乳母を経たあと、そのまま坊っちゃまの身の回りの世話をする使用人に引き立てられました。坊っちゃまが私に懐いて、どうしても離れなかったからです」
「坊っちゃ...アズールさまが5歳の時、まだ生まれて半年の息子の体調が思わしくなくて、どうしても家に帰りたかったんです。私は勤務時間をかなり融通してもらった方なので、なかなか言い出せずにいたところを、どこでどうお知りになったのか、アズールさまがひと月もお休みをくださったんです」
「伯爵家は、政略結婚の手本のような夫婦関係でした。嫡子をお生みなさった奥さまは、離れに恋人と堂々と住まわれて、アズールさまを私に任せきりでした」
「当時の坊っちゃまは、畏れ多くも私を母親のように慕ってくださいました。ですので、私にひと月もお休みを言い渡すのは辛かったと推察します」
クロネがカレンを見て、少し勿体ぶって微笑むと続きを話しだした。
「ところが、ひと月して戻ったら、カレンさまという婚約者が決まっていて、坊っちゃまは幸せそうにあなたのことをいろいろ話してくださるじゃないですか。ちょっと安心したのと同時に寂しい気持ちになりましたよ。それから一年後くらいには、もう私とは使用人と雇用主という立場できちんと接することができるようにおなりでした」
「私は、クロネさんのいない心の隙間に入り込めたのね。私ったら運がいいわね」
「運がいいのは、坊っちゃまです。カレンさまのようなお方と出会えたのですからね」
「ふふっ...私はもうお役御免よ。婚約者も義妹に変わったのよ。アズールは私とは婚姻しないわ」
クロネが、食後のハーブティーを淹れる。
「そうでしょうかねぇ」
「伯爵家の嫡子だもの...政略結婚は仕事よ」
「クロネ、私は仕事をきちんと見つけようと思うの。そのうち一人で生きていかなくては駄目だものね、私に家事を教えてくださらない?」
「それは、良いご判断でございます」
それからカレンは、クロネに掃除や家事を習いながら過ごした。




