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「ふふっ...アズールさま、ここの2階でいいの?」
カレンの声は、震えていた。
アズールが自分に会いに来てくれたことで、カレンは高揚していた。
嬉しくて仕方ない。
でも、こんな汚れた女をお貴族さまが相手にするだろうか。
もしかして、修道院にでも連れて行くのかしら...
それなら逃げなきゃ。
こんな激情を抱えて、発散もできず修道院なんて考えただけで恐ろしい。
でも私は、アズールが欲しい...
どうしても欲しい...
いつも冷静な深いブルーの瞳が乱れて、私を乞うさまがみたい...
カレンは、アズールの反応を伺っていた。
このまま2階に連れ込んでくれないかしら...そんな都合のいい夢みたいなこと起きないかしら。
この人に惨めったらしく縋ってみようかな...
カレンの思惑は全く外れた。
アズールは、カレンの腕を掴んで店から連れ出そうと引きずる。
「君は、いつからこんなことをして...自分を傷付けて....おいで」
修道院へ連行ってこと...?
「いや、離して!!...私はここから帰れないのよ」
カレンの声を聞いて、ダレルが奥の厨房から出てきた。
そして、アズールを見てホッとした目をした。
「アズールさま、お見えでしたか...」
「どうぞ、カレンさまをお連れください。痛々しくて見ているこちらが辛かったです」
「...私が、カレンを大切にしていると知っているのだから、お前が連絡をくれてもよかったんだ...」
アズールがダレルを責めるような口調で言った。
「私は、伯爵家に手紙を出しましたが、お手元には届いてなかったのですね」
カレンが驚いてダレルを見た。
アズールは、思い当たることがあるのか舌打ちをした。
「そうだったのか...済まない。ダレル」
深夜になっているので、客は少ないがちょうど料理の注文が入った。
「いいえ、では私は店がありますので」
アズールは半ば引き摺るように、カレンを馬車に乗せた。
シュネーが、馬車の後ろのステップに乗っていた。
シュネーと目が合って、カレンが思わせぶりな視線を送ったのを見たアズールが、馬車に乗り込んだ瞬間にカレンの体をシートに押さえ付けた。
「次、あの男に色目を使ったらあの男の目を潰す」
カレンは、いつも冷静なアズールの新たな一面に興奮した。
私が、子爵令嬢ではない無価値な女だからこそ見せてくれたのかしら。
そうよね、もと婚約者が使用人を誘惑してたらそれも醜聞になるものね。
カレンが、アズールの唇に指で優しく触れてなぞる。
「ここでしますか?一晩の宿の世話さえして頂ければ、場所はここでもいいですよ」
「カレン、やめてくれ」
アズールの悲痛な声が馬車内に響く。
「では、降ろしてください。今夜の宿代がいるんです」
まだ駄目よ...修道院なんて無理よ。
「ドレスや宝石を持ち出して、売ったのだろう?それでひと月くらいは...」
カレンの紫の瞳が潤んだ。
引き裂かれて破れたドレスには、小さいが宝石が付いていたのにも関わらず、足元を見られて買い叩かれた。
オーリオと継母はこの人になんと説明したのかしら...
「堕胎薬を買いましたの、急遽必要になって。あと着替えとか下着とか...堕胎薬は毎日服用してますわ。私で遊んでも後腐れないですわ。なんならあなたの目の前で、事前に服用しますわ」
アズールが息を呑んだ。
「強姦は未遂だったと聞いたが...」
「未遂でしたわ、継母は残念だったでしょうけどね。でも屋敷から追い出された夜に、ダレルの店に辿り着く前に...」
アズールの大きな温かい手のひらが、カレンの口を塞ぐ。
相変わらず、暖かくて気持ちいい手だわ。剣を握るから剣だこはあるけど...
大好きだったわ。この手も...
「私が汚いですか?今朝、大衆浴場できれいにしてからは、誰とも寝てませんよ」
アズールが、眉をひそめてカレンを見つめる。
そんな顔もなさるんですね。
アズールの手がカレンの両頬を挟み込んで、唇がおでこに触れた。
アズールの触れ方が以前と全く同じで、大切に触れたことにカレンは泣きたいくらい嬉しいのを、奥歯を噛み締めて我慢した。
このキスは、いつもデートの後の去り際に贈られていたものだ。
瞳が潤んで涙が溜まって、流れないように堪えているカレンを見たアズールが、目尻にもキスをした。
こんな普通の恋人に贈るようなキスをくれるの?
固まってしまったカレンの唇にも、触れるだけの優しいキスを落とす。
ああ、2万エリンくれた男が、キスを断ってくれてよかった。
「キスだけは、誰ともしてなかったの。だから唇はきれいよ、私に初めてのキスをくれてありがとう」
アズールが目を見開く。
アズールの手慣れてない感じが、今のカレンにはわかった。
アズールは、娼館も利用したことなかったのね...
ちょうど馬車が止まった。
アズールが手を差し伸べてエスコートしてくれる。
「ありがとう、アズール」
暗くてよく見えないが、目の前に小さな一軒家が立っているように見える。




