4話
『あー、驚いたわ。ふと見上げると目の前に公爵様がいるんですもの』
思わず慌てて部屋を出て来てしまったけれど、きちんとご挨拶をしなくて不味くなかったかしら?
やはり後で、メイド長を通して謝罪の言葉を伝えた方がいいわよね。
そう思った私は、まず自分の部屋へと戻り、心を落ち着かせてから何と謝罪をすべきか考えていた。公爵様は素敵な方ではあるけれど、どこか近寄りがたく苦手意識が働いてしまう。それは私自身が《戦利品》としての意識が強いせいなのかもしれない。
それにしても先ほど取った私の行動はあまりに失礼だったわよね。やはりメイド長のところへいって上手く執り成していただかなくては。
そしてやっと落ち着きを取り戻した私はメイド長の元に行き
「先ほど、書斎で公爵様にお目にかかったのですが、あまりに突然で驚いてしまい、ご挨拶が出来ませんでした。どうか私が謝罪していたとお伝えください」
とお願いすると
「ちょうど今、旦那様がいらして手紙の翻訳と税収の計算書のこと、感心なさっていましたよ」
と言われ
「私がご挨拶しなかったことを怒ってはいなかったのですか?」
と聞くと
「いいえ、そんなことは一切ありませんでしたが」
と聞き
「あーよかったわ」
と胸を撫で下ろしていると
「それでなのですが、旦那様はアリシアさんのことを大変、評価なさっていて、このままジョンソンさんの助手として色々と手伝って欲しいとのことでした」
と聞き
「え、私がですか?」
と聞くと
「はい、アリシアさんです」
と言われた。
「私は一体何をすれば良いのでしょう?」
と尋ねると
「取り敢えずアリシアさんはまず旦那様のところへ行って説明をお聞きください」
と言われたので思わず
「え、私一人で行くのですか?」
と尋ねてしまった。すると不思議そうに
「はい、そうなりますが」
と言われ、私は仕方なく一人で公爵様の書斎へと向かった。
扉をノックすると中から声がしたので
「失礼します」
と言って、中へと入るとそこには机に向かっている公爵様がいて
「手紙の翻訳と税収の計算だが良く出来ていた、ありがとう」
と言われた。私は
「いえ、それよりもご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした」
と謝ると
「ん? 挨拶がどうかしたか」
と仰ったので、私は
「あ、いえ」
と、戸惑っていると
「それよりこれからの君の仕事についてだが、しばらくはジョンソンの手伝いをしてもらいたい」
と仰ってから
「ああ見えてジョンソンは結構な年なので、これからは段々と体もきつくなると思う、だから君が手伝ってくれると有り難い」
と言われた。私は
「本当にそれだけでよろしいのでしょうか?」
と聞くと
「それだけで充分だが、他に何か?」
と言われ
「いえ、それではよろしくお願いします」
と言って、またもや慌てて部屋を後にした。私は自分の部屋へと戻りながら
「本当にそれだけで済むならどんなに嬉しいことかしら」
と一人言を口にしていた。
それから数日後、ちょうどその日はメイド長はお買い物があるからと朝から出かけていた。
ジョンソンさんはまだ仕事には復帰出来ずに自室で休まれていて、私は頼まれていた書類仕事をしていた。
すると階下が騒がしいことに気づき下に降りると、そこには使用人に止められているあのバーデン辺境伯がいらした。
そして私に気づくなり
「おー随分と見ないうちにさらに綺麗になったではないか、さては公爵様に可愛がられておるのかな?」
と相変わらず下衆な言い方をされた。
私は
「何かご用でしょうか? ただ今公爵様はお留守にしておられますが」
と言うと
「知っておるよ、先程まで王宮で一緒だったからな。今頃はまだ陛下と話されているはずだ」
と言われ、嫌な予感がした。すると
「そろそろ公爵様もお前には飽きた頃だと思ってな、この俺が迎えに来てやったのだよ」
と言ってから
「お前は《戦利品》であり、人質でもあるのだよ、お前の家族が身分を保ったままあちらで暮らせるのもそのお陰だ」
と言った。
「では、私はこのままずっと帰ることは出来ないのですか?」
と聞くと
「まあ、それはお前の態度次第だな、このまま俺のところへ来るなら陛下に頼んでもよいぞ」
と言ってから
「しかし、公爵様には自ら俺のところに行きたいと言うのだぞ」
とも言った。それから驚くべきことを話し出した。
来月、王宮で舞踏会があるのでそこにお前を参加させるよう、公爵様に進言するからその際に俺が声をかけたら、辺境伯領の方が両親に会いに行くのに近いので俺のところに行きたいと願い出ろと言う。
そうすれば必ず両親にも会わせてやるし、望むなら両親の元に戻れるよう、陛下に俺が願い出てやってもいいと言った。それを聞いて私は迷った。
どうすることが正解なのかと。だけどこの男は信用できない。私の直感がそう告げる。
今はもう、これ以上この男と二人で話すのは危険だと思ったので今日のところは
「分かりました」
と言って、帰ってもらうことにした。