2話
家族と別れ、私は覚悟を決めて敵国である隣国のウエスタント公爵家へと馬車で向かっていた。
半月ほど経ち、やっとウエスタント公爵家へと着いた。
馬車を降りると、一緒に同行していたバーデン辺境伯も別の馬車から降りて来て、主人を出迎えているこちらの公爵家の執事や使用人たちに向かって
「この女は今回の戦の《戦利品》の一部だ、公爵様専属のメイドにしてはいかがかな?」
と、下衆な笑みを浮かべている。そこへ公爵様がいらして
「メイド長、これから彼女にメイドの仕事を教えてやってくれ」
と言われてから
「私はこれからバーデン辺境伯と陛下に謁見するので後のことは頼む」
と言って王宮へと行かれた。
残された私にメイド長が
「お名前はなんとおっしゃるのかしら?」
と聞かれたので
「アリシアといいます」
と答えると
「ではアリシアさん、まずはメイド服に着替えてから仕事の説明をします」
と言って、着替える部屋へと通された。
そして私は渡されたメイド服に着替えてから色々な説明を受け、早速与えられた仕事にとりかかった。
正直、長い馬車の旅で疲れた体には少し堪えたが、戦利品としての扱いを思えばまだましなのかもしれない。
『尤もこの程度で済むはずはないわね、これからどんな扱いを受けるのか考えただけでも怖くなる』
だけど覚悟を決めたのだからと自分に言い聞かせ
『今はただ目の前の仕事をこなしていくだけだわ』
と思い直した。
そうして、床の拭き掃除、お洗濯、お庭の手入れをしていたら、しばらくしてメイド長が来て
「このくらいで一旦休憩にして。食堂に案内するから一緒に来て下さい」
と言われ付いて行くと、そこでは多くの使用人たちが食事を取っていた。
その人たちにメイド長は
「今日から入った新人のアリシアさんです、何か気がつくことがあれば言ってあげて下さい」
と紹介してくれた。私は
「アリシアです、宜しくお願いします」
と頭を下げた。そして挨拶の後、皆と一緒に食事をいただいた。
お腹が空いていたせいもあるけれど、どれも美味しい物ばかりだった。思わず『想像していたのとは随分違うわ』と感じたが、そうよね、こんな生活がずっと続くはずはないわ。
『きっと、公爵様が帰って来たらそれなりの扱いをされるのかもしれないわ』
と思い、溜息が出た。
他の使用人たちは私のことを遠巻きに見て、今のところ話しかけて来る人はいない。
食事が終わり、元の場所に戻り、掃除をしているとメイド長が来て
「今日は旦那様はお戻りになりませんのでとりあえず臨時のお部屋を用意したので来て下さい」
と言って私を案内してくれた。
お部屋に着くと
「旦那様のご指示があるまで、こちらの部屋を使って下さい」
と言われた。
中に入ると小さなお部屋だったが、清潔感のあるきちんと掃除がされたお部屋だった。私はメイド長に
「ありがとうございます」
とお礼を言うと
「多分貴方はそれなりの身分の方だったのでしょう、そんな方がこれからこちらで働くのですからそれなりの覚悟が必要だと思います。頑張って下さい」
と言われた。私はなんと返せばいいのか分からず、ただ、小さく頷き黙っていた。
次の日からの毎日も与えられたメイドの仕事を無難にこなした。
そしてそんな日々が思っていた以上に長く続き、気がつけばすっかりこちらの生活に馴染んでいた。
今では他の使用人の方たちともお話しをするし、執事のジョンソンさんまで優しく接してくれる。
私はこのままここで、メイドのお仕事だけをして生きていけるのか不安に感じていたが、公爵様は相変わらず何も仰ってはこない。
《戦利品》という扱いだったので、もしこのままでいいのなら、なんて幸せなことだろう。
そんなことを思いながら時は過ぎていった。
そして、暑い日が続いたある日のこと、執事のジョンソンさんが熱を出して倒れてしまった。
メイド長が私のところに来て
「アリシアさん、もしかして北に位置するリンダーン共和国の言葉は分かりますか?」
と聞かれたので
「はい、多少でしたら簡単な読み書きくらいは出来ます」
と答えると
「良かったわ、あちらの大使にお手紙を書くように旦那様からジョンソンさんが頼まれていたのだけど倒れてしまったのでどうしようか悩んでいたところなの」
と言われた。
話を聞けばジョンソンさんはリンダーン共和国のご出身で、旦那様がこちらの国の言葉で書かれた手紙をジョンソンさんが翻訳して代筆していたという。
しかし、旦那様はいつお帰りになるか分からないし、手紙は急ぎだという。
話を聞いた私は早速その手紙の代筆をするため、書斎に案内された。
そして頼まれた手紙を書き始めながら
『しばらくリンダーン語は使ってなかったから大丈夫かしら?』
と思ったが、読んでいるうちに徐々に思い出してきた。そしてなんとか完成させることが出来たが、ふと机の上に積み上がった書類が目に入った。
見るとそれは領地で取れる作物の税収が書かれ、その収支計算が途中で途切れていた。
私はこれに手をつけていいものか迷ったが、ジョンソンさんがいつ復帰出来るか分からないので、ついでに仕上げることにした。
メイド長には今日の仕事は手紙の代筆なのでお掃除はやらなくていいと言われているので、どうせならと全部仕上げてしまおうと早速、取り掛かることにした。
どのくらい時間が経ったのだろう、ふと顔を上げると目の前には公爵様が立っていた。
驚いている私に公爵様は
「何をしている?」
と問われ、驚きですぐに言葉が出ず何と返そうかと考えていたら思わず
「あ、えーとメイド長にお聞きになって下さい」
と答えてしまった。そしてすぐに書斎を出て行こうとすると
「これは全て君がやったのか?」
と聞かれたので
「はい、頼まれたのは手紙の代筆だけだったのですが、こちらの書類が気になりまして、すいません余計なことをしてしまいました」
と謝ると
「君は計算も得意なんだな」
と妙に感心されてしまった。
その様子を横目で見ながら
「では失礼します」
とだけ言って、慌てて部屋を出て行った。




