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BOMB!  作者: 井川林檎
14/17

戦国学園の日常風景!?

 夏休みが近くなった。クラスメイト達の話題も夏っぽくなる。

 

 「綾小路さんはフランスの別荘に行かれるのでございますわね」

 「そういう油小路さんはシチリアに行かれるのでございましょ」

 ほほほほ。うふふふ。


 (非日常極まりなし)

 このところ、わたしはぽやぽやっとしているのに拍車がかかり、授業中は常に窓の外を見ている。どうしても身が入らないのよ。先生に叱られてもぽやぽやっとしてしまうんだぁ。

 ごはんの量も一層、少なくなった。食べたいという気持ちがなくて、食卓に着くのも苦痛に感じるほど。というより、毎朝夕の食事の時に、服部君と向かい合うのが辛いっ。

 「しのぶ、桜山の女たるもの、白飯三合は食べないと」

 と、おばあさまが静かに諭されるけれど、入らないのだから仕方がなかった。瀬戸川さんが心配してくれて、何が食べたいですかとしきりに聞いてくれるけれど、本当に食欲がない。

 おばあさまや瀬戸川さんはともかく、服部君が心配して声をかけてくれるのが、余計に辛いのよ!


 「桜山、夏バテならば精のつく、秘伝の丸薬を進ぜるが」

 真剣な顔をして迫ってくるので、ただでさえ乏しいヘモグロビンさんたちが鼻から流出してしまうはめに。

 (服部君が優しいのは、マドレーヌレシピの巻物のためだ)

 ぬか喜びしそうになる度に、わたしは自分にそう言い聞かせる。秘伝の書のため、すなわちそれは、多分、あの成宮姫子のため。そう思った瞬間、吹きだした鼻血がスルスル魔法のように鼻に戻ってゆく。


 「ありがとう服部君。でもいいのわたしのことは」

 ほっといて頂戴。

  

 秘伝の丸薬って何だろう。興味がないこともなかったけれど、服部君の優しさを好意として素直に受け取れない以上、そんなもん貰うわけにはいかない。

 さらっとした前髪の奥から気がかりそうに見つめる服部君。どうしたらいいんだろう、あの一件以来、服部君に優しくされるたびに成宮姫子のことが思い出されて仕方がないのだった。

 クラスでも相変わらず二人はクラス委員として常にペアでいるし、その上服部君は明らかに姫子さんにかしずいている。姫子さんの持ち物を持ち、姫子さんの指図を受けて動く。

 「素敵、執事みたい」

 その様を見て、うっとりするお花畑お嬢様もいる。クラスのみんなは、服部くんと姫子さんが付き合っていると思っているみたい。最初はそうでもなかったけれど、夏が近づくにつれ、ペアでいる男女を見るとみんな、そっち方向に脳味噌が働くようになるらしい。

 (暑さは人を助平にする)

 今日も、夏のバカンスの計画のおしゃべりに混じり、彼氏だの水着だのの話題があちこちで聞かれている。お嬢様方はみんな顔をピンクにして喋っているし、水着と聞こえた瞬間、野郎どもは耳をダンボにしてるみたい。

 昼休みになった。

 なっちゃんに肩を叩かれて、わたしはとぼとぼ立ち上がる。屋上でのランチもさすがに暑い。瀬戸川さん特製の重箱弁当が傷んでしまう。

 きっと瀬戸川さんは、お弁当をわたしが全部食べているとは思っていないだろう。けれど、いつもこんなに豪華に心を尽くしてくれるのは、ひとえに瀬戸川さんの愛故か。

 

 「今日は屋上やめとこうよ」

 ひそっと、なっちゃんが言った。意味ありげな目くばせをしてくる。ついてきて、と小声で言われた。

 廊下を歩いて行くなっちゃん。一体どこに行こうとしているのか。


 がらっとなっちゃんが開いた引き戸は、調理実習室。無人の教室は、調理台が六つならび、それぞれ流しとガスコンロとオーブンがついていた。

 窓が開きっぱなしになっていて、外の風がよく通る。冷房はついていないのに、快適だった。


 「ここね、調理実習があった日のお昼は開け放されてるんだよねー」

 嬉しそうになっちゃんは真ん中の調理台の席に座った。

 そっか、匂いが籠るからだろうか。風通しを良くして空気を入れ替えるのかもしれない。それにしても、なっちゃん何でも知ってるなあ、ぽやぽやっ。


 わたしはなっちゃんの隣に座って、重箱を開いた。いつもながら豪華。なっちゃんは自分のお弁当と同時進行で、早速重箱に箸を入れた。実に美味しそうに食べる。


 「ところでさあ、魔道霊濡のことなんだけど」

 元気なく箸を持ったまま茫然としているわたしに、どんどん食べ物を口に入れながら、なっちゃんは言った。もしゃもしゃと、凄い勢いだ。夏バテしたことってあるんだろうか、なっちゃん。


 家で実験していて、もう少しで成功するってところまで来てるんだけど、ついにうちのオーブンがぶっ壊れてしまったのよー。

 なっちゃんは淡々と言う。眼鏡が光っていた。


 「でね、ここのオーブンなら六つあるじゃない。見つかりさえしなければ、使い放題ってわけ」

 危険なことを言い出した。なっちゃん、何を言い出す。

 だけどわたしは栄養不足と鼻血の出し過ぎで体が辛い。ぼへーっと頬杖をついて、なっちゃんのを眺めていた。


 なっちゃんはウナギのかば焼きを箸で摘み、じっくりと鑑賞した。ちらっとわたしを見て、食べる、と聞いたけれど、わたしはいらないと言った。

 とてもそんなの胃が受け付けないわ。どうぞどうぞ。

 なっちゃんは一口でウナギを食べた。


 「これねー、巻物の現代語訳」

 なっちゃんはするっと、レポート用紙の束を出した。凄い。びっしりと色々書き込まれていて、ところどころ赤ペンで修正されている。

 作ってみて、やっぱりこれは違っていたと思う所は修正しているのかもしれない。レポート用紙はあちこちが黒焦げになっていて、魔道霊濡造りの過酷さが伺いしれた。


 「ほぼ完ぺきだと思うんだけど、やっぱり本家本物を見ながら作ってみたいのよ。スマホで写メったんだけど、どうしても撮りこぼしたところがあるみたいでね」

 ねね、お願い、あの巻物、一度学校に持って来てよ。午前中に調理実習がある日のお昼休みに、こそっと作ってみたいからさ。なっちゃんは言った。

 そうこうしているうちに、あらら、お重は全部綺麗になった。いつもながら、なっちゃん凄い。瀬戸川さん、今日もごちそうさまでした。


 学校に秘伝の書を持ってくる。

 一抹の不安はあったけれど、なっちゃんの頼みだからしょうがない。それに第一、仮にあの汚い巻物を紛失することがあったとして、わたしは全然困らないのだ。

 ああ、ひとつ困ることはあった。秘伝の巻物と引き換えなら、風間君はラブレターを返してくれるのかな、と、時々思うことがある。未だに風間君はラブレターを返してくれないままだし、彼が封を切らないまま保管してくれるという保証もない。

 (まあ、なくさないよう注意していればいいか……)


 ぽやぽやっ。

 昼休みが終わる。予鈴がなり、なっちゃんは立ち上がった。わたしも立ち上がろうとして、立ちくらみを起こした。あー、貧血。

 「次の授業の体育、見学させてもらえば」

 と、なっちゃんは言った。


 うん。そうした方がよさそう。


**


 貧血からくる体調不良のため、体育を見学させてほしいと先生に言ってみた。

 青い顔をしていたらしく、先生はすぐに了解してくれた。けれど、普通に壁際に体育すわりして見学していればいいと思っていたのに、先生はプリントをくれたのだった。

 「保健体育のプリントを自習しておくように。放課後、職員室まで出しに来なさいねー」


 男子女子がみんな出払った教室に、ぽつんと一人残ってプリントを広げる。

 ぽやっとした耳には、この暑いのにグラウンドでサッカーをしている男子の声が聞こえて来た。凄く楽しそうだなー。ちらちらっと窓の外を見た。


 ああ、服部君。

 さらさら前髪を風に乗せて、心から楽しそうに体を動かしていらっしゃる。服部―、ボールいったぞー、と呼びかけられて、あいわかった、と爽やかに叫び返す。ううん素敵、若侍みたい。あ。鼻血。


 (いけないわ、プリントプリント)

 はっとした。

 プリントの量は結構ある。しこしこと書きつけてゆかないと時間内に終わらない。

 なになに、男女の思春期における心と体の特徴について……。


 一人性教育タイム。

 非常に気まずい。


 外は男子の華やかな戦いが繰り広げられている。ああ、男子たち。ああ、服部君。思春期の心と体。あ、あ、あ。鼻血シャワー。

 ティッシュを鼻に詰めながら、なんとかプリントに取り組む。これが、普通に保健体育の授業なら淡々と受けることができるのに、すぐそこで服部君が活躍しているものだから、変態的方向に思考が働くのだった。

 鼻血は変態に付き物。従ってしのぶは変態。


 落ち込んでしまう。

 指についた鼻血を見つめていたら、ちょっと涙が出て来た。恋心を抱えていると色々と情緒不安定。服部君、こんなに好きなのに素直になれない。苦しいな。


 心を鎮めて適当にプリントを書いてしまう。残り時間はたっぷりある。

 頬杖をついて外を眺めた。これくらいの距離がちょうどよい。服部君は遠い人だから。


 ぽやっと眺めていると、ぴぴーっとホイッスルが鳴った。

 あれ、風間君がゲームに参加してきたではないか。どうやら服部君たちの敵側みたい。してみると、クラス対抗ではなかったのか、このゲームは。

 一瞬、服部君の目つきが鋭くなった気がした。


 ちなみになっちゃんの彼氏の結城君は、服部君と同じチームのキーパー。

 大柄な体がいかにもキーパー向きだ。にこにことして元気よく、「いくぜー」と叫んでいる。


 男子はいいなあ。いつもあけっぴろげな感じがするもの。

 わたしは何となく時計に目を向ける。あともう少しか。座っているのもけだるい。今日は早く帰って休みたいなあ。おばあさまの修練があるけれど。


 どわっと歓声が聞こえた。グラウンドに目を戻してみたら、そこではサッカーではない何事かが起きていた。


 「必殺、砂嵐っ」

 「ニンニンッ」

 「秘儀、火の玉龍神竜巻落としッ」

 「ニンニンッ」


 なんか、竜巻が起きて、稲光が光って、一瞬赤い閃光が走り、竜神様が「ぴぎゃー」と叫んだ。どこからともなく瀧の流れが降ってきて一面が黄金の波になったと思ったら、その波の中からサッカーボールが飛び出して水飛沫と共にゴールを目指した。ざざん。波の中からは見事なキンメダイが跳ね上がる。


 もちろんそこは校庭で、竜巻も稲光も瀧の流れも、ましてやキンメダイなんか、絶対に存在しないのだが。


 「ニンニンッ」

 風間君が印を結んでいる。人の良い笑顔でゴールを守る結城君目指して、ボールはいきなり燃え出した。ボウ。必殺火の玉。


 「吹雪の舞ッ」

 瞬間移動もかくやと思われる俊足で、服部君は火の玉の前に立ちふさがる。ゴウ。桜と雪のコンビネーション、美しい吹雪が舞い上がる。ギャラリーの男子たちからは、すげー、服部すげー、学芸会の出し物にいいなーとか声が上がっていた。


 (いや今は夏だし桜も雪もちょっと)

 そういうツッコミを誰もしないのが、戦国学園の良いところなのかもしれない。そもそも、体育の授業でこれはどうなんだろう。

 先生はどうしてるのかとグラウンドを探したら、なんのことはない、ベンチでホイッスルを口にくわえたまま目を閉じて昼寝を決め込んでいる――駄目だこの教師。


 桜吹雪が火の玉を消火し、ボールは失速する。

 ぷしゅうと湯気をあげながら、にこにこ顔の結城君の掌におさまった。


 「風間、熱いボールだったぜ」

 文字通りボールからは湯気があがっているわけだけど。結城君ほどの秀才が、どうして何も疑問に思わないの。

 

 「風間、まだまだだな」

 「服部こそ、平和ボケして術力が弱まっているぜ」

 好敵手という文字が似合いそうな雰囲気で、男子二人は腕組みして向き合っている。めらめらめらっ。

 

 おー、まだやるかおまえらー。

 服部―、今度はボールから鳩出してくれよ鳩―。

 風間ー、ボール燃すなよー。


 男子たちは悪ノリモードに入ろうとしている。結城君位だ、にこにこして「フェアプレイでやるぞー」とか言っているのは。

 このままじゃグラウンドが大変なことになりかねない。というか、この二人一体何者なのよ。

 (誰か……誰か気づいて、この状況の異常さに、誰かっ)


 ばたばたと足音が近づいてきて、一足先に授業を切り上げた女子たちが教室に戻ってくる。汗をかいた体操着を着替えるのだ。先に女子が着替えて、次に男子。戦国学園はおしなべて、レディファースト。

 華やかな声をあげながら女子たちは入ってきて、めいめい着替え始める。なっちゃんも戻って来たので目で訴えてみた。

 (なっちゃん、窓の外っ、見てっ、窓っ)


 おかしいから。

 絶対、なにか間違ってるから。


 なっちゃんは「しのぶ大丈夫だった」と頭をぽんぽんしてくれながら机に戻り、着替えようとした。

 わたしの目くばせに気づき、ん、と窓の外を見る。良かった、せめてなっちゃんだけでも気づいて。ほっとした矢先、授業終了の鐘が鳴り渡った。


 ぴぴーっ。

 都合よく目覚めた体育の先生が、凄い勢いでホイッスルを響かせる。

 一触即発だった服部君と風間君は我に返り、悪ノリしていた男子たちも一気に静かになった。


 (あっ……くそっ)


 「あ、サッカーしてたんだ―」

 なっちゃんは何気なさそうに言った。眼鏡の下の細い目がほくそ笑んでいる。

 結城君かっこいいでしょー。ふふーん、あげないもんねー。

 惚気られた。


 どういうわけか、戦国学園ではあらゆる異常事態が、普通に受け入れられているようで。

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