表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
BOMB!  作者: 井川林檎
1/17

 ぐるぐる思考の中で、何度も自分に問いかけている

 わたしは、一体、なに者を好きになってしまったの!

 答えは出ない。ひとつだけ確実なのは、この気持ちだけ。ただ、ただ、好きってことだけ。

 ぐるぐる考えれば考えるほど、気持ちだけが鮮明になっていく。


 わたしは、やっぱり、彼が好きなんだ。

 

 思い出す。あの場面を。


 あの時、確かに服部君は、美術準備室の引き戸を開いて中に入ったのよ!

 それは、絶対に確かなこと。見間違えようがない。

 夕暮れ時の四階は閑散としている。グラウンドからは運動部の掛け声が聞こえてくるけれど、校舎の中は静かだった。


 長く続く廊下は窓から入る西日で奇妙に赤くて、どこかぼんやり霞む気がした。

 この時間は何を見ても不思議な気分になるものだ。

 学校の七不思議でも、夕日が差し込む時間帯に、四階で怪異が起きる話があったくらいだ。


 夕暮れ時に、四階は行かない方がいいよ。

 それは、なんとなく聞こえてくる噂話だった。だから、本当はあんな時間帯に、四階なんかに行くべきではなかったのかもしれない。


 でもわたしは、のっぴきならない事情があって、その日、服部君を追ったのよ。

 文武両道で、麗しい服部君。だけど、どこか謎めいている。友達もいるようでいない感じだ。クラスで浮いているわけでもないけれど、放課後に遊びに行くグループには所属していない様子で。

 (そこがまた、イイっ)


**


 戦国学園に入学して、はや二か月がたつ。わたしは高校一年生。

 昔からぽやっとして、恋だの彼氏だのというはなしには疎かった。

 だから、親友のなっちゃんが先日、めでたくクラスメイトの結城君とお付き合いをはじめたのは衝撃だった。漫画の世界だと思っていた彼氏彼女の世界に、幼馴染の友達が足を踏み入れてしまうなんて!

  

 彼氏彼女だって。

 そんなの、わたしにはファンタジーの世界だった。

 でも、現実に、なっちゃんは優貴君の彼女になった。

 恋、か。恋って、ほんとにあるんだ。今までは、ぽやぽやっと、「なんか素敵」って思ってただけの世界だったけれど。


 でも、そう言えば。

 わたしも気になっている人がいたのだった。もやもやっと、気づけば何となく彼の背中を目で追っていて、何となく彼のことばかり考えていたりして。

 

 なっちゃんは言った。

 「なんとなく気になっていて、いつも結城君のこと目で追ってるって気づいたの。あ、これって好きってことなんだなって」

 顔をまっかにして照れながら、話してくれた。

 なんとなく気になる、目で追っている。

 なんか・・・・・・。

 なんか、それって!


 (同じ症状だわ)

 

 本当に、わたしって、ぼんやりしている。

 親友の体験談を聞いて、やっと自分もそうなんだって気づくなんて。

 間違いなかった。わたしは、恋をしているんだ。 


 なっちゃんが、結城君と付き合い始めたことが、全ての始まりだったんだと思う。

 それから、わたしの中で、服部君のことが、「なんとなく気になる人」から、「気になってしょうがなくて、きっとこれは好きだということ」に変化した。激変だった。

 

 ああ。服部君。服部君ったら。

 戦国学園のモスグリーンの学ラン。長い前髪に隠れた横顔は色白だけど凛としていて。

 「桜山さん、数学の宿題のノートはもう提出したでござるか」

 最近気が付いたけれど、服部君は奇妙な言葉遣いをするのよ。ござる、ござるって。

 どういういわけか、クラスの誰も気にしていないみたい。今のところ、誰も服部君のござる言葉に突っ込んではいない。


 服部君は優等生。

 秀才お嬢さまの成宮姫子と二人でクラス委員をしていて、あの二人はデキているなんて言うクラスメイトもいる。

 実は、わたしも疑っている。だって、服部君は姫子さんに対して、人一倍丁重だもの。お姫様に尽くすナイトみたいな感じで。


 もやもや。もんもん。


 なっちゃんは今日も、結城君と図書館デートに行った。

 宿題を二人きりでするんだって。図書館は学校の三階にあるので、今頃わたしの足元で、きっと、二人は仲良く教科書を開いている。


**


 さて、わたしは確かに、美術準備室に入る服部君を見て、その後姿を追って自分も部屋に入ったのよ。

 美術準備室は、ごちゃごちゃと色々なものが押し込まれていて、埃だらけ。何度か入ったことがあるけれど、どこになにがあるのか分からない位、ものがある。

 描きかけのカンバスが生がわきで、絵の具の臭いが凄まじい。


 一瞬、わたしは「う」と鼻を抑えた。

 生がわきのカンバス、生ぬるい室温で発酵したのか。鼻をさすような匂いがした。


 次の瞬間、わたしは自分が今どこにいるのか分からなくなった。

 確かにここは美術準備室だったはずなのに、たった今、わたしの前を横切っていったのは、鎧を着た武者を乗せたお馬さんではなかったかしら!

 

 気のせいではなく、わたしはシューズの足元に、もさもさとした草と塗れた土があるのを見た。

 ふわっと変な臭いのする風が吹く。空は夕暮れで、なんだかまがまがしい感じがした。


 お馬の武者はわたしの前をぱかぽこ通り過ぎた。

 なんだったんだ今のはと、ぼんやりしていると、いきなり「しゅ」と黒い影が目の前を過る。はっとして、手に持っていた大事なアレを確認した。仰天した。なくなっている。

 

 やだ、大変!


 「しゅしゅしゅ」

 風を切るような音がする。これは、ぬすっとやろうの逃げる気配だわ。


 黒い影だと思ったものは、黒い服に身を包んだ人間らしい。

 ここは見渡す限り草むらが続く果てしない場所だった。黒いヤツは、猿みたいな素早さで走って逃げた。

 とんでもないことだ。あれを盗まれるなんて。待てやオラこんちくしょう。わたしは丹田に力を入れると、ありったけの気合を入れて走り出した。命がけだ。ばばばばと足元の土くれが舞い上がる。

 追いかけられている相手も、わたしが追ってくることに気づいたのだろう、一瞬、はっと振り向いた。そして、ますます凄い速さで走り出した。逃がすか。


 秘儀、北風小僧。

 制服のスカートがめくれあがる勢いでわたしは走る。ほとんど足が地に着かない。これぞ桜山家に古くから伝わる技のひとつ。

 「待てい」

 ついに曲者に追いついて後ろから飛びかかった。どたんぐるぐると、相手もろとも草の上にひっくり返って、掴み合いながら転がった。

 

 「おのれ忍びの者か」

 ぬかった、と、相手は言っている。なんだこの装束。顔を隠している黒い布をはぎとってやったら、ジャニーズ系の素敵な顔が出てきて一瞬どきんとした。

 その瞬間に相手は「にんにん」と唱え、もうもうと煙がたつ。

 げほんげほん。咳き込みながら座り込み、目をあけた時にはもうそこには誰もいなかった。


 でもまあいい。大事なものを取り返したのだから。

 わたしは相手からもぎとった、ソレをそっと胸に抱えた。あれっと思った。なんだか形が違う。

 改めて見ると、わたしが相手から取り上げたものは、奪い取られたラブレターではなくて、ヘンテコな巻物だった。違う、これじゃない!


 ふおおおーお、ふおおおーお。

 ホラ貝の音が遠くで鳴り響いている。茫然とわたしは立ち上がる。ひらひらとスカートの裾が夕暮れの風に舞う。

 どうしよう。昨日必死の思いで書いたのに。やっと今日、渡せるはずだったのに。


 それよりなにより、あんなものを人に見られるなんて。

 いやだ、どうしよう!

 ううう、と忍び泣きが漏れた時、そっと後ろから肩に手を乗せられた。


 「なんと、桜山」

 と、独特な口調が聞こえる。どきっと振り向いたら、そこにいるのは服部君だった。

 目を見開き、眉をひそめている。

 服部君を見て、わたしはついに涙がこぼれた。ああ、もう言えない。昨日あんなに必死で書いたのに。もう一度手紙を書くなんてとても無理。心臓がもたない。


 しくしく泣いていると、服部君が言った。

 「連中に大事なものを盗られたようでござるな」

 

 そうよ大事なものだったの、わたし服部君がここに入るのを見たから入ったのに、変なことになっちゃった。

 そう言ったら、服部君は神妙な表情をした。かりかりと頭をかいて、責任を感じているようだ。


 「拙者を追ってこられたが故に、巻き込まれてしまったか」

 分かった、協力しよう、その大事なものを拙者が取り返す。それでようござるか。


 わたしの顔から眼を逸らしながら、服部君は言った。

 「女人の涙は苦手故。拙者のせいで泣くのはやめてくだされい」


 ラブレターフォアユー、服部君。

 ぽろっと最後の涙が流れた。きまずそうに横を向いた彼は、たぶんわたしの気持ちなんか、これっぽっちも気づいていない。

 なんとなくわたしは、例の変な巻物を見られてはならないような気がして、後ろ手に隠していた。


 涙が止まると同時に、へんてこな草原とホラ貝の音は消え、ごたごたと汚い美術準備室の棚の間に、わたしは立ち尽くしていた。

 西日も届かない美術準備室は暗い。わたしの前に立っている服部君も陰になって、表情が見えなかった。


 「気を付けて帰られよ」

 と、服部君は言うと、あっという間にわたしの横をすり抜けた。

 がらっと音がしたかと思ったら、もう服部君は部屋の中にはいなくなっていて、開いたままの引き戸からは、廊下に差し込む不穏な西日がぬるい赤を落としていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ