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第3話「来訪と、愛の告白」



 ――――ありのまま、今起こっていることを話そうと思う。


 学校から家に帰ってきたら、夕方の半端な時間に誰かが訪ねてきた。

 誰かと思って出てみれば――なんとびっくり、高嶺の花。


 学校一の美少女と名高いクラスメイト、シュファ・カートレットだった。


 ……なにがどうなっているのか分からないと思うが、安心してほしい。

 俺だってさっぱり、事情が飲み込めていない。


「ごめん、こんなものしか出せないけど」


 コップに注いだ麦茶を、彼女の前にそっと差し出す。

 カートレットさんは「ありがとうございます」と微笑むも、コップに手をつける様子はない。


 玄関で立ち話という雰囲気でもなかったため、ひとまずリビングまで上がってはもらったけど……。

 うん、想像以上に気まずい。


 当たり前だ。初日以降ろくに会話できていないクラスメイトを家に上げるなんて。

 しかもそれが女子で、学校一可愛いなんて言われているほどの子だ。喜びより緊張が勝るのはしょうがない。


 いや――緊張もそうだけど、それより疑問もある。

 それも一つじゃなく、いくつも。


「えっと、どうして俺の家なんかに」


 つい、へりくだったような訊ね方になる。

 カートレットさんの姿があまりにお嬢さま然としていて、自分やこの家がみすぼらしく感じられしまうからだろうか。


「……ごめんなさい。押しかけて、突然」


 椅子に座ったまま、深々と頭を下げられた。

 何気ない所作まで堂に入っているというか、育ちの違いがひしひしと伝わってくる。


「本当は、学校で声、かけたかったです。でも、中々そうできなくて」

「そうだったの?」

「はい……それで、気づいたら放課後。声かけようとしましたけど、機会が得られませんでした」


 カートレットさんの日本語は、別に間違ってはいない。単語それぞれの発音は割と綺麗だし、意味もちゃんと読み取れる。

 ただ、文の区切りや語彙の選び方がほんの少し独特で、そんなところもなぜか可愛らしく感じてしまう。ちょっとたどたどしい感じに子供っぽさがあるみたいな……。


 にしても、こうして間近で改めて見ると本当に可愛らしい子だと思う。

 顔立ちの美しさもさることながら、スタイルも抜群。出るとこは出ていて、引っ込むところはきっちり引っ込んでいる――そんなありきたりな表現がぴったりなくらいの、女の子としては理想的なプロポーション。


 ここまで完璧だと、ドキドキするとかそういう感情を通り越して、精巧な彫刻でも前にしているような気持ちになる。

 体が芯から震えて、自分なんかが目の前にいることが畏れ多く感じられるような……。


 ――いや、今更そんな畏敬の念はともかくとして。


「まさか、今日一日そんなに声をかけたがってなんて……全然気がつかなかったよ」

「いえ、今日一日じゃないです」

「え?」

「この一週間、ずっとです。ずっと話しかけようと、思っていました」


 いよいよわけが分からなくなってきた。

 一週間――ということは、最初に教室で喋った時からだろうか。

 ……うーん。心当たりがない。


「よく分からないけど、学校では話しづらいことだったの?」

「そう、ですね。学校では、みなさんの目、あります」

「まあ、カートレットさんは人気者だしね。いつも誰かしら周りにいるし」

「人気者、全然です。でも、みなさんがいてくれるのは、時に心強く、時に恥ずかしくもあります」


 はあ、そういうものだろうか。

 そんなにたくさんの人たちの中心になったことがないからよく分からない。どちらかといえば俺は取り巻く側の人間だから。


「そっか……でも、わざわざ家まで来るなんて、よっぽどのことなのかな、なんて」

「それは、ごめんなさい。尾行みたいに、なってしまいました」

「ああいや、別にいいけど。うちって学校からは十五分くらいのところだし、みんなからしたら帰り道の途中レベルだろうし」


 ――まずい。全然フォローになっていない意味不明な返事になってしまった。

 ここは一旦、場を和ませるつもりで……。


「それでその、みんなの前だと話しづらいことって」

「それは……」

「まさか、愛の告白とかだったり……なんてね、ははは」


 ――――やばい。果てしなくやばい。

 絶対ありえないと思って冗談のつもりだったけど、冷静に考えたら絶対キモいこと言ってる。絶対シャレになっていない。

 落ち着け。まだ挽回はできるはずだ。


「いや、今のほんと冗談で。ジャパニーズジョーク的な。今時、愛の告白なんて言い方も冗談以外ではしないわけで……」

「愛の、告白――実は、そうです」

「だよね。実はそうなんだよね。それはもちろん分かってるつもりで……………………ゑ?」


 耳を疑った。今まで発したこともないような声が出た。

 今、なんて言われた?

 実は、そうです――――?


「これは、愛の告白です。きっとそうです」


 本当なら喜ぶべきはずの言葉が、追い打ちのごとく俺に理性に襲いかかる。

 なんだろう、過呼吸になってきた……なにかの冗談じゃないのか?

 だって、今の今までそんな素振り、一度も――。


「わたし、好きです」

「いや、いやいやいやいや」

「好きなんです、このアニメ」

「いやいや……………………ゑ?」


 本日(人生で)二度目になった、謎の声。

 ハッとなってカートレットさんの方をよく見る――すると、テーブルの上にストラップが置かれていた。

 それは俺が、子供の頃に好きだったアニメのヒロインを模した代物。


 カートレットさんは自身の胸の上に手を置くと、呼吸を整えるように一息つき――、

 俺の目をジッと見つめながら、囁くような声で訊ねる。


()()、好きなの? ――このアニメのこと」



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