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第2話「帰り道と、彼女のうわさ」



 俺が通う光ノ森(ひかりのもり)高校の新学期が始まって、一週間ほどが過ぎた日の帰り道。


「で、どうなんだよ。高嶺の花のお隣さんは」


 一緒に帰っていた大谷おおたに龍翔りゅうしょうがからかうように訊いてくる。

 龍翔とは高校からの付き合いで、お互いに用事がない日はこうして共に帰ることが多い間柄だった。


「どうもこうも、初日にちょっと喋っただけだよ。それ以降は、普通」


 気だるげに返した俺に、龍翔はつまらなそうな目を向けてくる。


「なんだよそれ。それでもおとこかよ。漢字の漢と書いてまこと武士もののふなのかよ」

「漢なのか武士なのかどっちか分からないし、後者については絶対に違う」

「なんでそんな草食なのかね奉太は。情けない」


 そこまで言わなくても……とは思うが、まあ多少は自覚もある。


 龍翔が愚痴っているのは、偶然にも隣の席となった同級生――シュファ・カートレットさんとのことだ。

 光ノ森高校は別にマンモス校というわけでもないが、学校一と謳われる美少女と同じクラス、しかも隣の席になれる確率はそう高いものでもないだろう。一介の男子高校生にあるまじき幸運と言ってよかったのかもしれない。


 けれど、そんな地の利を活かすこともできないまま一週間が過ぎた。過ぎてしまった。

 お近づきになるどころか、初日以降まともに会話もできていないのだから、悪友が呆れられるのも無理はないのかもしれない。


「仕方ないだろ。話しかけるきっかけもないし、話題もないし」

「そんなもん話しかけてから決めればいいじゃん。How are youから始める感じで」

「いや、日本語は通じるから」

「いやいや、英語で話しかけた方が距離も縮まるかもしれないぜ? 試しにI love youから始めようぜ!」


 冗談じゃない。なぜ新学期早々に玉砕しなければいけないのか。

 それに俺の場合――お隣さんのことばかり考えているわけにもいかない事情がある。


「あーあ。オレが奉太の立場だったら毎日のように話しかけるだろうに。もったいねえなぁ」


 薄い茜色の空に向けてぼやく龍翔。


 去年は龍翔と同じクラスだったが、今年は別々のクラスになった。

 一年の頃は社交的な龍翔と一緒にいれば友達作りに困らなかったが、今年はひとまず自力でクラスメイトと打ち解ける必要がある。

 それがいきなりお隣さんというのはハードルが高すぎる。そもそも女子なわけだし。


「まあ、カートレットさんのことは置いといてさ……まずは男子で話が合う奴を見つけるよ。ほとんど知らない奴ばっかりだし」

「そんなの当然じゃねえか。ていうか一週間もあったのにまだ男友達もできてなかったのかよ」

「難しいことなんだよ、俺にとっては……」

「そんなこともねえだろ。奉太はアニメとか好きなわけだし、同じような奴と一人や二人いるだろ」


 それを見つけるのも結構ハードル高いんだよな……。

 まあ、龍翔だったら『お前アニメとか好き?』とか訊いて回って一発なんだろうけど。残念ながら俺にそこまでの立ち回りはできっこない。


「男友達すら苦労するくらいなら、いっそお隣さんにアタックするのも変わらないと思うけどな。きっかけとか話題がないなら、リサーチでもしてみればいいんじゃないか?」

「リサーチ?」

「そもそも奉太だって、全然知らないわけじゃないんだろ? あの異国チックなお嬢さまのこと」


 それはもちろんその通り……というか、だからこそ話しかけにくいとも思っているわけで。

 そんな時――俺はハッと歩道の真ん中で立ち止まり、振り返った。


「奉太? なにやってんだよ、急に」

「あ、いや……」


 辺りを見回してみたものの、これといっておかしなことはなにもない。疲れた顔のサラリーマンや買いもの帰りらしい女性などが横を通り過ぎていくだけ。

 勘違いだろうか――でも、確かにさっき……、


「なんか、視線を感じた気がして」

「はあ? なんだよそれ。奉太、そういうのに敏感過ぎないか?」


 まるでそれが悪いことみたいに言われると、俺も勘違いだと思わざるをえなかった。

 そうだ、勘違いに決まっている。

 誰かに尾行されているかもしれないなんて、そんなこと――アニメやドラマじゃあるまいし。



          ✜



 龍翔と別れて家に帰った俺は、二階にある自室にすぐには上がらなかった。

 階段の下にリュックを下ろし、台所でコップ一杯の麦茶をあおる。


 家の中には、自分以外にまだ誰もいない。

 母さんはいつも仕事で遅く、たぶん今日も夜遅くまで帰ってこない。

 中三の妹はバスケの強豪校に通うために、市内にある祖父母の家で厄介になっている。


「今日の晩飯、なんにしようかな……」


 普段通り、今晩の献立について考えようと呟いてみせた。

 けれど頭に浮かんだのは、さっきまで一緒にいた龍翔からの言葉。


 ――『奉太だって、全然知らないわけじゃないんだろ? あの異国チックなお嬢さまのこと』


 そりゃあ、知らないわけがない。

 光ノ森に通っていて彼女のことを――シュファ・カートレットのうわさを知らない奴なんて、同学年以上の生徒なら探す方が難しい。


 この街には去年、世界トップクラスの時価総額を誇る外資企業の工場が作られた。

 といっても、街の中心からは外れた場所に建設されたから、俺もまだ実際に見たことはない。けれど全国ニュースにも度々なったほどで、地方都市ともいえなかったこの街も徐々に活気づいてきていることはなんとなく察している。


 あくまでうわさによれば、だけど――シュファ・カートレットは、その外資企業と関係があるのでは、なんて言われている。

 それこそ、創業者の孫娘とか、そういう存在じゃないかって。


 本当かどうかは分からないけど……なんとなく、納得してしまう。

 それくらい、シュファ・カートレットの容姿や存在感は浮世離れしている。

 だからこそ――、


「俺なんかが、なに話せばいいんだか……」


 コップに残っていた麦茶を飲み干そうとした時、リビングからピンポーンと甲高い音が聞こてくる。

 こんな時間だ。どうせ勧誘かなにかだろう――。

 そう高を括っていた俺は、インターフォンのモニターを見て、目を疑った。


「嘘、だろ――」


 俺は応答するのも忘れてリビングを飛び出し、玄関へと向かった。

 そして、明らかに焦った手つきでガチャガチャと鍵を回し、ドアを開け――、


「あっ……こんにちは、住吉君」


 モニター越しでなくなっても、目を疑う光景。

 こんな時間に俺の家を訪ねてきたのは、勧誘でもなんでもなく――制服姿のままの、シュファ・カートレットで。

 普段の彼女とは少し違う、気恥ずかしそうな笑みを浮かべて佇んでいた。



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