憧れてきた背中
「これで、プリズム・ツリー初任務は完了だ。みんなお疲れ様」
残された俺、奇類、呼詠に、『ゴーストタウン』は労いの言葉をかけた。
そう言えば『ゴーストタウン』は、俺を勧誘した時も「仲間を集めている段階」だと言ってたな。本来ならまだ深層機関と戦う段階では無かったという事だ。
そう考えると、一応全員無事だった今日は結果としては悪くないのかもしれないな。
「博士の言った通り、後悔をする必要は無い。結果的に解決の糸口は見つかったんだしね」
「へッ、美味しい所を全部持ってったヤツは言う事が違うな」
アクセサリーいっぱいの頭を揺らして首をほぐしながら、奇類はからかうように口角を持ち上げた。
「オマエの能力があんなのだってのにも驚きだが、あの子が一命をとりとめたのはオマエの功績だぜ」
「そうそう。少しは肩の力を抜いて良いんじゃねえの、リーダー?」
呼詠にまでそう言われて、『ゴーストタウン』はふっとはにかんだ。
「リーダー、か。呼ばれ慣れないね」
後悔はいらないなんて言いつつも、彼自身は心から喜べる表情でもなさそうだった。彼にとっても、今日の事は簡単に気持ちを切り替えられるほど軽い事じゃないらしい。
やっぱり、深層機関に捕らわれた能力者を全員救いたいっていう気持ちは本当なんだな。
「それじゃあ、僕もそろそろ消えようかな。今はまだ、管理局に見つかるべき時じゃないからね」
テレポートの霊を使って、『ゴーストタウン』もこの場から立ち去る。俺達三人だけが残された。
「奇類と呼詠は、あいつと一緒に帰らなくて良かったのか?」
「まあ俺とソラっちは街の監視映像に映ってないだろうけど、流石に一人だけ残すのもな」
「オマエ一人で敵を退けたっていう方が違和感あるだろ? アタシらは偶然居合わせた仲間ってコトにすりゃいいだろ」
「……まあ、それもそっか」
言ってる事はまさにその通りなんだけど、『一人で敵を倒せない』っていうのが、今の俺にはグサリと刺さった。
能力を打ち消す能力じゃ、敵に対して何も決定打にならないんですよね……。
「でもよ、実際あの巨大クラゲを倒したのはルッキー一人だろ? あの、ブワーって何かすげえので」
「語彙が雑だな」
「あの土壇場になって出たって事は、あれが簡単にできるようなモンじゃねえってのは何となく分かるんだけどよ。結局あれって何なんだ? ルッキーの髪真っ白になってたし、頭に赤い天使の輪っかみたいなの浮いてたし」
「髪? 天使……?」
聞いた事もない情報に、俺はぽかんとする。
「あの時の俺、そんな感じだったの?」
「おう。何か上手く言えねぇけど、ルッキーがルッキーじゃなくなったみたいな感じしたんだよ」
「アタシも見たぜ。赤いエネルギーをまとって敵を破壊する時のオマエは、なんか異質な感じがしたな」
二人ともそう言うのなら、見間違いとかじゃないのだろう。
思えば、初めて波界と繋がった時は意識が無かったし目撃者はテロリストだけだったから、俺がどうなってたか詳しく知らないんだよな。
髪が白くなって、天使の輪っか……? あんまりイメージ出来ないけど、波界と繋がった時に溢れる能波の影響でそうなるのだろうか。
そう頭を捻っていた矢先。
突如として弾けた大きな破砕音が、油断しきっていた俺の耳を貫いた。
「な、なんだ!?」
もう戦いは終わったはず。
そんな勝手な思い込みを踏みつぶすかのように、湾岸倉庫を突き破ってソレらは現れた。
脚の足りない蜘蛛のようなモノ。胴体の短い蜥蜴のようなモノ。羽を動かさずに浮遊する蜂のようなモノ。あのクラゲ程じゃないにしろ、どれも自動車以上はある、いびつで不気味な巨大機械だった。
「クソッ、時間差で来るとかありかよ……!!」
『デザイン:シーネットル』とかいう巨大クラゲが出て来た時に気付くべきだった。
ここにある倉庫……いや、もしかするとコンテナターミナル全てが、イクテシアの息がかかっている場所なんだ。俺達を確実に潰すために、残りの戦力を全てぶつけてきやがったのか。
「また遮断装置を付けてるかもしれない! ひとまず逃げるぞ!!」
そう叫びながら、確信は無かった。三体もの巨大機械から、果たして逃げ切れるだろうか。
だが、戦いにならないのなら逃げるしかない。かすり傷だけど二人は負傷してるし、無理に戦わせる訳にもいかない。
「……!!」
一番に目の前へ接近した蜂型の機械は、針があるべき器官に電流を迸らせていた。
また繋がれた能力者による能力攻撃か、あるいは純粋なエネルギー兵器か。どちらかによって俺が取るべき行動は変わる。
だが、取れる行動はひとつしか無かった。
どっちだろうと俺達全員を焼き払うために向けられている。逃げ場は無い。どうせ当たるなら、イチかバチかで前に出るしかない!
二人の盾になるよう一歩前に出たのと同時に、電撃が解き放たれる。二分の一で俺達を殺す攻撃は目の前に迫り――
俺に当たる前に、ガラスのような赤い障壁によって弾かれた。
「このバリアは……!」
「三人とも、大丈夫!?」
どこからともなく現れた声の主は、グレーのパンツスーツに身を包む管理局の実働部隊員、天刺さんだった。
もうすぐ管理局の人が来るって話だったけど、まさか天刺さんが来るなんて。
「気を付けてください、天刺さん!」
何事も無ければ『ただ巻き込まれただけの一般人』として話を聞かれるのだろうが、今はそれどころじゃない。天刺さんが俺達のもとに駆け寄った時には、三体の巨大機械はすぐ傍まで迫っていた。
「そいつら、どういう訳か能力を使って来ます!!」
「能力を……?」
正体を知らないふりをしながらできる限りの警告を飛ばす。
直後、蜘蛛型の巨大機械が視界から消えた。
その瞬間を確認するや否や、天刺さんはすぐさま体の向きを変えて右手を振るう。
「っ!?」
右方向から激しい金属音のようなものが響いた。一瞬で死角に回り込んだ蜘蛛型が振り下ろした脚と、天刺さんのバリアがぶつかったのだ。
先端が槍のように鋭く尖った脚は、それ一つで人の体どころかここいらのコンテナまでも軽く貫けるだろう。そんなものがいきなり迫っていて、思わず肩が跳ねた。だがそれよりも、この攻撃を防いだ天刺さんの反応速度にも驚きだ。
「能力を使う機械か……なるほど。資料にあった通りね」
自動車を超える巨大機械の『テレポート』を目の当たりにした天刺さんは呟いた。
管理局員である天刺さんは深層機関の事なんて知らないはずだけど……どういう意味なんだ?
「みんな、私から離れないでね」
俺の疑問など口に出す暇もなく、天刺さんは俺達を安心させるような頼もしい笑顔を見せた。
次の瞬間には、蜥蜴型が放つ火球と蜂型の繰り出す電撃を同時に防ぐ。機械であるはずなのに殺意を感じてしまうような威圧感のある兵器を前にしてもなお、全く動じない。
ふと、頭の奥に眠る記憶がフラッシュバックした。
突如出現した『裂け目』から溢れる能波が、街を掻き混ぜ、破壊していく。どこまでも現実離れした光景に立ち尽くすしかなかった俺を守ってくれたのが、今も目の前にいる女性だった。
当時の俺はまだ中学生で、天刺さんは高校生だったかもしれない。
歳の差というのは不思議なもので、あの頃の俺からは、天刺さんはとても子供になんて見えなかった。
俺は意識が途切れるその時まで、一人でも多くの人を救おうと命を削る彼女の背中を目で追っていた。
破壊を具現化したような惨状に立ち向かうその背中に、強く憧れたのだ。
三年前の景色を思い出す俺は、バリアを破らんとする機械たちの猛攻を耳で感じて、現実に引き戻された。
先ほどのクラゲよりも性能では劣るのか、後から来た三体はひとつの能力しか使っていない。それに行動パターンも単純で、ただひたすらにバリアへ攻撃し続けるだけだ。
「手っ取り早く、終わらせましょうか」
天刺さんが一歩、前に出る。そして――ぽつり、と。
「力を貸してね、恵乃刳ちゃん」
そう呟いて、彼女の纏う雰囲気が切り替わった。




