人として生きる道
「さて、今後の方針も決まった所で、僕達はそろそろ退散した方が良いかもしれない」
カチャリと眼鏡をかけ直して、博士はそう提案した。
「僕がした取引の影響で、イクテシアの良くない所がバレて強制調査の対象になり、国に狙われる立場になったんだ。その結果、本来見捨てられるはずだった君達は、事件に巻き込まれた一般人として保護される事になるだろう」
「つまり、もうすぐ管理局が駆け付けるって事ですか」
「そう言う事。話をややこしくしないよう、僕達はここを離れるよ」
荒れ放題のコンテナターミナル。そこに集まる能力者たち。そして両腕の無い男と、重傷を負って眠る機械の少女。とどめに指名手配中の『ゴーストタウン』ご本人。
確かに、何も知らない管理局の人に見られたら相当まずいな。
「僕は一刻も早く住居を見つけて、愛依君の復活作業に取り掛からないといけないしね。今日の所はここでお別れだ。落ち着いたらまた連絡するよ」
最後に、元気付けるように俺の肩をポンポンと叩いて、博士は腰を屈めた。横たわる真季那の背中と膝に手を添えて、持ち上げようとしているらしい。
だが、かなり力んだ顔をする割に中腰のまま動いていない。やがて諦めたのか、中途半端な高さからそっと降ろし、隣の黒影をちらりと見た。
「……済まないけど頼めるかな、神夜君」
「分かった」
これは真季那の名誉のために言っておくが、彼女は全身が機械なのだ。
一緒にいた時は違和感も無かったので軽量化などはされているだろうけど、それでも普通の女の子より少し重くなって当然。他にも意識を失った人間は普段より重いという話とか博士の筋肉が見るからに少なそうとか、理由はいろいろあるはず。
霊とはいえど本人がいる前で「重い」と言わなかっただけでも、博士はデリカシーのある人だ。
「博士の住居が定まるまでの居場所は、ひとまず俺が確保しよう」
「それは助かるよ。お金もそれほど多く持ってるわけじゃないしね」
「クロの家に泊めるのか? 俺も行っていい?」
「駄目だ」
身体強化の能力で簡単に真季那を抱きかかえた黒影が、呼詠や博士とそんな話をしていた。話というか呼詠は一方的に断られてるだけなんだけど。
そう言えば黒影って、俺達とは関係なく二人を助けるために動いてたみたいだよな。真季那が言うには、脱走した二人を秘密の隠れ家へ案内するとか何とか。
そして脱走前から博士と連絡を取っていた『もう一人の協力者』がいるっていうのも聞いた。
こいつは一体、何者なんだろう。
集団昏睡事件の本当の被害者数を知っていたり、友達を人質に取るような真似をしてまで『ゴーストタウン』が協力させたり、深層機関の研究者と繋がりを持つ人物と知り合いっぽかったり。黒影も黒影で謎の多いやつだ。
けど、今はそれを聞いてる場合じゃないよな。
時が来れば本人の口から話してもらえそうな雰囲気だったし、俺は信じて待つ事にしよう。あいつの思う正義の心も、噓には見えないしな。
「真季那の霊はどうなるんだ?」
俺はふわふわ浮いている桜色の霊へ視線を向けつつ、質問は『ゴーストタウン』へ向けた。
「お前の能力で出て来たとはいえ、意識はあるみたいだけど」
「ここまで自我を保つ霊は僕も初めてだよ。彼女なら、他の霊みたいに僕が動かす必要は無いだろうね」
「何メートル離れたら消滅するとか、そういうのは無いよな……?」
「そんな制限は無いよ」
半分冗談で半分は本気の問いだったのだが、『ゴーストタウン』にクスリと笑われた。
「今の彼女は自由に動ける。ただ、何にも触れないし誰とも話が出来ないのは、少し退屈かもしれないけどね。後は人に見られないよう気を付けるくらいかな」
やはりこちらの声が聞こえているのか、桜色の霊は退屈じゃないよとアピールするかのように動き回ってた。これじゃ幽霊というより妖精だ。
地下街に来た時のはしゃぎ様と似ている気がする。追われている時は気を引き締めていたから静かだっただけで、元気なのが彼女の素なんだろうな。
「それじゃあ愛依君は一緒に来るとして。最後は君だよ、『レッドカーペット』君」
「……!」
いきなり博士に呼ばれ、少し離れた所にいた彼は目を丸くしていた。
爆発から逃れるために奇類が両腕をふっ飛ばしたのだが、肩周りも機械になっていたおかげで出血などの怪我はない様子。両腕だけがバッサリ消えた状態で立っていた。
「君の事情も『ゴーストタウン』君からの連絡で概ね把握している。組織に使い捨てられる所を、彼らに救われたようだね。これからどうするつもりなんだい?」
敵だったはずの博士が普通に話しかけている事に驚いてる様子だったが、彼はすぐに口を開いた。
「イクテシアが強制調査されるという貴様の話が本当ならば、イクテシアは人員を総入れ替えした後に研究は続けられるはずだ」
……やっぱり、深層機関の研究は簡単に消えたりしないよな。倫理や人道を無視すればどれだけ能力者が強くなるかは、目の前の男と対峙した時に痛感した。大人達がそれを簡単に手放すとは到底思えない。
「イクテシアが新しくなれば、俺を殺そうとした『管理人』もいなくなるだろう。だが……正直、戻りたいとは思えない。元は俺もモルモットとして連れて来られた身だからな」
「知らないうちに爆弾を埋め込むようなヤツらだもんな。アタシもその判断は正しいと思うぜ」
「貴様には感謝している。俺の命を救ってくれたのは貴様だからな」
「お、おう……そんな性格だったかオマエ?」
素直に礼を言われて面食らっている奇類。俺もちょっと驚いてる。
「貴様らを見ていて気付いた。黙って命令に従うだけの俺こそ、ただの機械だったんだと。全身が機械になってもなお自由を求める彼女と、一部だけが機械になったまま組織の駒となった俺。どちらが心のある人間なのかを、思い知った」
そう語る、元『レッドカーペット』の男性。
こうも劇的に改心されては、「お前から受けた傷めっちゃ痛いんだぞ」なんて冗談も言えない。いや、痛いのは冗談じゃなくて本当なんだけど、彼の独白に水を差す訳にもいかない。
「だから、俺は組織には戻らない。今度は俺が追われる身だろうが、それも報いだ」
「……そうか。なら、僕が連れて行ってあげよう」
「何?」
さらりと告げた博士の言葉に、赤髪の男だけじゃなく、俺達も驚いた。
「外の世界での助手が必要だと考えてた所だったし、もう襲う気が無いのならちょうどいいと思ってね。義手くらいは恵んであげてもいいよ」
「貴様の助手に、俺を……?」
「大丈夫なんですか、博士」
俺は思わず尋ねたが、博士は警戒するどころか、ニヤリと笑って見せた。
「もちろん、これから先は愛依君の復活と彼女の自由な暮らしのために全事項を優先させて命をかけて協力するという条件付きだがね。ああそれと、愛依君が良ければだけど」
博士の視線は真季那の霊に向けられる。彼女はしばし動きを止めたのち、こくりとうなずいた。お前も良いのかよ。
「という訳だ。取るべき許可は取れたけど、どうする?」
「……断る理由など無い。これで罪滅ぼしになるのなら、貴様らに尽くすと誓おう」
渋い顔で目を伏せ、彼はそう宣言した。薄々感じてたけどこの人、脱走者捕獲のために送り込まれた兵隊ってより、なんか騎士みたいだな。だとしたら今回、ようやく仕えるべき正しい主を見つけたって感じか。
行くべき道が決まった博士たちはそれからすぐに去って行った。一日でも早く、真季那を呼び戻すと約束して。




