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サイケデリック・モノクローム ~異能学園成り上がり計画~  作者: ポテトギア
第六章 サイバネティック・テセウス
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崩れた星は星を喰らう

 イクテシアの作戦室にかつてない緊張が走っていた。

 それもそのはず。脱走者とその仲間を確実に始末できると確信して放った最終兵器『デザイン:シーネットル』が、謎の変異を見せた少年によって跡形も無く破壊されてしまったのだから。


 映像が途切れたモニターを前にして、『管理人』は目を見開き、固まっていた。


「何なんだ、少年のあのチカラは……あれは特殊能力と呼んでいいものなのか?」


 規格外の破壊力ではあったが、あのサイズの巨大機械を捻り潰す事のできる特殊能力者も、探せばいないことはないだろう。『管理人』が戦慄しているのは、もっと感覚的で、名状しがたい感情だった。


 登録されている『能力無効化』というデータとはあまりにかけ離れたチカラ。

 念波遮断装置が全く効いていない様子の能力。

 消滅規模の破壊を生んだ時に見せた、白髪と頭上の『赤い輪』。


 研究者がこんな表現をしていいものかという抵抗はあるが、数々の予想外を目にした『管理人』はこう思わずにはいられなかった。


 ――あの時の彼からは、この世のものではないナニカの面影を感じた。


「……他の『デザインシリーズ』の機動準備をしろ」


 ややあって、『管理人』は重苦しい沈黙を破った。


「調整中のものがいくつかコンテナに眠っているはずだ。奴らが油断している隙に仕留めるしかない」

「本気ですか……!? 『シーネットル』以外は全て調整をクリアしていません。いくら数で攻めるとはいえ、あの強敵に未完成品をぶつけても……」

「そんな事は分かっている! だが、奴らは確実に排除せねばならんのだ!! でないと、消されるのは我々の方なのだぞ」


 威圧の乗った最高責任者の声を聞き、オペレーター達はそれ以上何も言えなかった。


 脱走者の回収と協力者の排除。その両方の失敗という決して軽くない失態に加え、広域念波遮断装置という()()()()()()()()()()()()()の使用。

 これらが上層部の目に留まった時には、現イクテシアの存続が危ぶまれる。責任者である『管理人』の処分はもちろん、作戦に関わったメンバーの総入れ替えもあり得る話だ。つまり、ここにいる全員の命が危ない。


 大人しく指示に従い、職員たちはコンテナターミナルに保管されている『デザインシリーズ』の機動準備に取り掛かる。


「ん……?」


 そんな中、一人のオペレーターが別の画面を見て眉をひそめた。


「か、『管理人』。この時刻に訪問者の予定はありますか?」

「訪問者? 深層機関に誰が足を運ぶというのだ」

「いえ、それが……」


 数あるモニターの一つに、さらに別の景色が映し出される。施設内の廊下だ。

 映像内に見えるのは、何もせず棒立ちの警備員を素通りして廊下を歩む、複数人の大人の姿。先頭と最後尾を歩く二人だけがスーツ姿で、他の人は真っ白な作業服だった。


「何だ彼らは?」


 すぐに、映像に映る警備員へ通信を繋げる。


「警備員、何を突っ立っている。来客の予定は無い。不審な人物はただちに拘束しろ」

『い、いえ「管理人」、奴ら……いえ、彼らは不審者ではありません。管理局局長の許可印が記された、正規の通行証を持っていました』

「管理局だと……一体何の用なんだ」

『コラプサーとかいう部隊の人みたいです。「管理人」に話があるとか……』

「なっ、何、『コラプサー』だと!?」


 その名を聞いて、『管理人』は今日一番の驚愕と焦りを見せた。

『レッドカーペット』や『デザイン:シーネットル』などのイクテシアの戦力が次々と突破された事など比較にならないほどに、脂汗を流して狼狽え始めた。


「馬鹿な……なぜここに!? まさかあの情報が上層部の耳に入ったのか!? ありえん……絶対に外部に漏らさないよう、厳重に管理している情報のはず……」


 シワを作るくらいに白衣の裾を握りしめながら、『管理人』はぶつぶつとうわごとを言う。

 そのただならぬ反応を不思議そうに眺めるオペレーター達へ、『管理人』は叫んだ。


「全員、今すぐに隠蔽処理に取りかかれ!! 『星屑』に関するファイルは全て消去しろ!! それから警備員は奴らを足止め――」

「もう遅い」


 冷たい一言。

 それだけで、作戦室にいる全員が、後頭部に銃口を突き付けられたように錯覚した。思わず全員の手が止まる中、『管理人』だけはどうにか振り向く事ができた。それだけの精神力があったと言うより、反射的に振り向いてしまったようなものだが。


「『星屑』か。隠語にしては安直だな。身内間での略称って所か」


 全員の背後に位置する出入口に、一人の若い男が立っていた。先ほどの監視映像で先頭に映っていた青年だ。

 長い手足は真っ黒なスーツに包まれており、紺色の前髪とその奥に見える金糸雀(カナリア)色の瞳は、夜闇の全てを見下ろす満月を思わせた。


「全員、その場から動くな」


 しかし、あまりに鋭い眼つきと静かな威圧感は、夜の月なんて風情のある比喩はあまりに似合わなかった。


 目を合わせただけで、『管理人』は心臓を掴まれたかのように言葉を失った。声を聞いただけの他の職員も、呼吸と瞬き以外の全てを止めた。

 統率されたかのような従順っぷりだった。そうでもしないと、どうなるか分からないと悟ったのだ。


「おおま、お前は……」


 少なくとも『管理人』のろれつが回らなくなるほどには怖い。


「俺は特別深層調査部隊『コラプサー』隊長、緋鉈(ひなた)光耶(こうや)。『管理人』なら聞いた事はあるはずだ」


 緋鉈と名乗る男の後ろから、新たな男女が四人、作戦室に入って来た。

 ぞろぞろと出て来た白い作業服を着た四人は、笑っていたり真顔だったり、表情も雰囲気もそれぞれ違う。けれど共通して、裏社会を覗いた事のある人間なら人目で分かる『異質さ』をまとっていた。

 そして全員の首には、首飾り(チョーカー)と言うにはあまりに無骨で機械的な首輪がはめられている。


「深層機関イクテシア。ここには重犯罪事項である『スターダスト・ネットワーク』との関係を示す情報が見つかった。よって、強制調査を執行する」


 深層機関は国の腸にして暗部。その実験がどれだけ人道に反していようが、大抵の事は見過ごされる。しかし、それでも看過できないラインというものも存在する。国家に仇なす計画や、不利益をもたらすような事柄だ。

 そんな『不正』が発覚した際、当然その不穏分子を斬り払う者が必要になってくる。


 しかし、深層機関は存在そのものが国家機密。取り扱いには細心の注意を払う必要のある事案に対して情報漏洩のリスクを考えると、管理局を含めて並みの人間には任せられない。それ専用の処刑人が必要なのだ。


 そういった経緯で誕生したのが、特別深層調査部隊『コラプサー』。

 隊長の緋鉈以外の全員が、『白夜』か『極夜』に収監されている『書類上死んだことにされている、一生自由が許されていない囚人』で構成されている。

 つまり、万が一処分する事になっても社会的に全く痛手にならない人間でできた戦闘調査部隊。


 毒を制するための、使い捨ての猛毒。それが彼らだった。


「な、何故『コラプサー』が出て来るのか理解が出来ないな。消されるような事は何もしていないはずだが……?」


 今にも倒れそうな顔色のまま、『管理人』は悪あがきをする。無駄だと分かっていてもそうしたくなるような絶望が、彼の中に渦巻いているのだ。

 しかし――


「我々は脱走者の始末に奮闘している所だ。むしろお前達が向かうべき駆除対象は外にいる脱走者なのでは」

「二度は言わない」


 緋鉈が一歩、強く踏み込んだ。

 それだけで床がひび割れ、陥没した。


「俺は無意味で非生産的な会話が嫌いだ。これ以上の時間稼ぎは抵抗と見なすが構わないか?」

「……っ!?」


 精神操作系の能力でもないのに、ひと睨みで恐怖に呑まれた『管理人』の口は強制的に閉ざされた。


「……さて、仕事だ」


 不愉快な置物と化した『管理人』から視線を外し、緋鉈は四人の隊員に命令する。


「施設内の全職員を拘束。抵抗する者は血を流さず処理しろ」

「了解!」


 彼の指示に従い、隊員はすぐに散開する。

 作戦室の通信機器が次々と落とされて行き、オペレーター達も順番に拘束されていく。もちろん、大人しくなった『管理人』も。


「はいはい全員手ぇ挙げて~! 一番遅かった奴の腕をへし折っちゃうぞ~」

「ヤメテよ四番。大人の絶叫なんて聞きたくない」

「なにこのコンソール、カッコイイ! ぽちぽちっとな」

「おい二番テメェ、警備ロボ暴走させるなよ! 壊すの俺なんだからな!」


 学校の休み時間かのような陽気な騒がしさと共に、イクテシアはみるみるうちに機能を失っていく。かろうじて深層に存在していた場所に、すぐに本物の闇が訪れるだろう。


「なんて言うか、相変わらずね」


 その場を取り仕切る緋鉈の背後から、笑みを含んだ声がかけられた。

 今は実働部隊ではなく『コラプサー』の臨時指揮権を与えられた実質的な副隊長、天刺(あまざし)のものだ。


「相変わらずであってほしくないんだがな……」

「何だかんだ言って優秀じゃない」

「最終的に完璧なら良いという訳でもないだろう。久々の外出に浮かれているだけだ」


 隣に並んだ彼女へ視線を向けながら、緋鉈は腕を組んだまま言う。


「口を動かす分だけ手を動かせば、それだけ早く片付く」

「相変わらずの効率第一だね、光耶君は」


 ふと、天刺は微笑みを浮かべる。言葉遣いも自然と、いつもよりくだけたものに変わっていた。


「こんな事聞くのも変かもだけど、元気にしてる?」

「本当に変な質問だな」

「だって久しぶりだし」


 彼女の笑みの奥に見える感情を汲み取り、今までピクリとも動かなかった仏頂面を崩して、緋鉈は微笑を浮かべる。


「そうだな、元気にしてる。施設の人も良くしてくれているし、忙しさにももう慣れた」

「また効率重視って言って食事抜いて倒れてない?」

「心配する所はそこか……三年前に、何人かのお節介焼きに食生活を正されたおかげで健康そのものだ」

「ならよかった。もうお節介焼きは一人しか残ってないから気を付けてね?」

「肝に銘じよう」


 少しだけ、二人にしか分からない会話を交わす。そんな些細な思い出話をしている時だけ、天刺は管理局で働いている時には見せない、限りなく素の彼女に近い顔で笑っていた。


「もう一人のお節介焼きがね、光耶君にもよろしく伝えてって言ってたよ。牢屋の中から」

「……そうか」


 緋鉈の表情に影が差した。

 辛い訳でも、忘れてしまいたい訳でもない、ただただ『苦い』過去を思い出している顔。

 その顔を見て、天刺は気遣わし気な表情になる。


(れい)さんのこと、まだ許せてない?」

「……どうだろうな。俺にあの人のことを許せる日が来るのかも分からない。天刺と違って、俺は人と罪を切り分けて考える事ができないから」


 取り繕ったものではない本音を絞り出すように、腕を組みながら目を細める緋鉈。


「大勢の人を巻き込んだあの人の罪は、陽の光を浴びられない牢獄に閉じ込めた程度で償える物だとも思ってない。だが、あの人の気持ちを理解出来ないと言えば嘘になる。だから切り捨てる事もできないんだ。三年も経っておきながら未だ気持ちの整理もつかないなんて、情けない話だがな」

「ゆっくり考えればいいよ。三年前の私たちはまだ高校生だった……若すぎたんだよ。これからゆっくり考えたらいい」

「そうかもしれないな。気持ちを区切るのにはまだ早いか」


 普段の任務中には絶対に見せないような小さな笑みをこぼして、緋鉈は再び、いつも通りの仕事顔に戻った。


「話はこれくらいにしよう。これから向かう場所があるのだろ?」


 これに天刺も、管理局員としての自分を被って答える。

 久しぶりの再開を懐かしむ時間は終わった。次は、やり残した仕事をする時間だ。


「ええ。できれば急ぎで」

「今日は転移能力を持つ隊員がいる。奴の能力を『借りる』か?」

「そうするわ。お願いできる?」

「すぐに呼ぼう」


 緋鉈が隊員の一人へ連絡している間、天刺はスマートバンドを起動する。

 最後の交戦場所と思われる、とあるコンテナターミナルの情報を確認しながら、天刺は呟いた。


「何も知らずに巻き込まれた、民間人の保護に向かわなきゃね」

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