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サイケデリック・モノクローム ~異能学園成り上がり計画~  作者: ポテトギア
第六章 サイバネティック・テセウス
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テセウスの少女

 真季那(まきな)の体から霊が出て来た事に驚いている俺へ、『ゴーストタウン』は立ち上がりながら言う。


「彼女の意識――魂を、肉体から切り離した。正しい器に戻せば、彼女は死なずに済むよ」


 彼の声を聞きながら、俺は真季那を見下ろした。体から光が離れた真季那は、小さく微笑んだまま目を閉じている。幸せそうに眠っているみたいだった。


「魂を切り離すって……そんな事ができるのか?」

「これが僕の『異能力』さ。特殊能力は能波の付属物だって話は前にしたと思うけど、能力者の意識もまた、能波と一体化しているんだ」


 彼は自分の胸をトントンと叩き、そして指を頭へ持っていく。


「特殊能力者の体内に流れる能波、脳内を走る念波、そして人の意識。それらは全てひとつに繋がっている。その三つを精神の塊、『能波体』と捉え、肉体から切り離す。そうする事で人の意識を引き剝がす事ができるんだ」


 これが、『ゴーストタウン』の能力……霊が能波の塊である事は彩月(さいづき)から聞いたけど、それが人の意識と直結しているものだったなんて知らなかった。

 やはり彼の知識は俺には軽く及ばない領域にあるようだ。


「魂っていうのはあくまで比喩的なもので、これが本当に魂と呼べるモノなのかは分からないよ? 専門的な呼び名だとエーテル体やマナスと言った所だろうけど、呼び方は何でもいい。つまるところ、これが『霊』の正体という訳さ」

「じゃあこの霊は、真季那の意識……って事か?」


 真季那の左手を握ったまま膝を突く俺の前に、桜色の霊が降りて来た。蜃気楼のように揺れ動く影に顔はなく、声も発さない。

 けれどそこに、真季那の明るい笑顔が見えた気がした。


「そこに、いるんだな」


 小さく零れた呟きに反応するように、霊はゆらゆらと体を動かす。

 真季那の事だから、また知らない体験ができて驚きながらもはしゃいでるに違いない。そう考えると、思わず笑みが零れる。


「生きてるなら、良かった」

「声に反応を示したのか……彼女は機械の体だから、生身の肉体を持つ他の能力者よりも能波体が強固になっているのかな。ここまで自我がある霊は初めてだ」

「霊になってる限り、真季那は死なないんだよな?」

「うん。精神が抜けているだけで、命には何の問題も無い。それはどの霊にも言える事だ」


 彼の言い方から察するに、やっぱり他の霊も、誰かの精神を引っこ抜いた能波体って事になるのか。って事は、こいつが引き起こしている昏睡事件の正体って、もしかして……。


「ともかくこれで、真季那愛依は死なない。次に、再び呼び戻すための新しい体が必要だ」

「体かぁ……この体を直すのか?」


 真季那の左手をそっと体に乗せて、俺も立ち上がった。

 攻撃によって右半身が吹き飛んでしまった彼女の体をもう一度元通りにすれば、完璧な状態で蘇らせる事ができるんじゃないか。そう思ったが、『ゴーストタウン』は被りを振った。


「それは無理だろうね。深層機関の次世代技術が詰め込まれた彼女の体を修復するのは、イクテシアの高度な力を使わない限り不可能だ」

「まあ、そうだよな……」


 完全に敵対している組織に、体を直してくださいなんて頼めるわけがない。


「だけど、別にこの体である必要は無いんだ」

「どういう事だ?」

「彼女は全身が機械に置き換わった事で、肉体の定義が曖昧になっているんだ。普通、人間の体は一点ものだけど、彼女の場合は似通った機械ならば依り代にできるはず。それを逆手に取れば、新しく用意した機械の体に彼女の霊を入れることも可能なはずだ」

「なるほど。イクテシアで造られた体を直すよりは、そっちの方がハードルは低そうだな」


 何にしても、真季那をもう一度呼び戻す事ができるかもしれない。その希望があれば、俺はまた歩けそうだ。


「脳の九十八パーセントが機械になったにも関わらず彼女が『意識』を保てていたのは、脳ではなく能波の方に精神がくっついていたおかげだ。だから、イクテシアの技術で作られた次世代人工脳(コンピューター)でなくとも、彼女の『肉体』の代わりは務まる」

「けど、体の代わりになるコンピューターだし、何でもいいって訳じゃないだろ?」

「問題はそこなんだよね。器が人の形を取っている必要はないにしろ、元の彼女と似通った要素が必要になるはずなんだ。脳の二パーセントを失う事になるから、その代わりになるようなものが……霊を定着させ、ひとつのコンピューターを『真季那愛依の肉体』とする目印のようなものがあれば……」


 こればかりは『ゴーストタウン』も簡単には思いつかないようで、頭を捻っていた。

 機械を真季那の体にするための印。人間の脳に代わる何かが必要って事か。


「それについては問題ないよ」


 ふと、知らない男性の声が聞こえた。

 声のする方に立っていたのは、眼鏡をかけた若い白衣の男性。その傍には黒影(くろかげ)もいた。


「もしかして、あなたが博士?」

「ああ。遅くなってすまないね。神夜(しんや)君のスマートバンドを通して、話は聞かせてもらったよ」


 スマートバンドを……? もしかして『ゴーストタウン』が黒影に通話を繋げていたのか。

 博士は静かに眠る真季那へ寂しそうな視線を向け、その上に浮かぶ桜色の霊を見て微笑んだ。

 彼が近付くと、真季那の霊も喜びを表すようにゆらゆらと舞い始める。


「アイナ――いや、愛依君の魂を移すための器が必要なんだってね。それもただの機械じゃなく、彼女のための土台となるシステムが必要だと。随分スピリチュアルな話だが、原理が定まっているのならそれもまた科学だ」

「博士は、何か解決策を知ってるんですか?」


 問いかけると、博士は力強く頷いた。


「特殊能力者を機械にする『プロジェクトA.I.』には、まだ愛依君が受けていない最終段階があるんだ。それは、思考の機械化だ」

「思考の……」

「被験者の思考パターンを人格式として人工知能に組み込み、全く同じ人格を造り出すというものだよ。そうして生まれた『もう一人のAI7(アイナ)』を愛依君に埋め込み、元の人格を消去する。そうすることで、真の意味で完全機械化能力者――アンドロイド・イデアが完成する。とても壮大で馬鹿馬鹿しい計画さ」


 人格まで人工物とすり替えようだなんて……イクテシアの恐ろしさとイカれ具合は底が見えないな。


「でも、今回ばかりはそれが救いだ。『もう一人のAI7(アイナ)』……便宜上、今はこっちをアイナと呼ぼうか。イクテシアが作り上げた愛依君そっくりの人工知能である『アイナ』をコンピューターに組み込めば、愛依君の魂を定着させるための架け橋になるんじゃないかな?」

「ほとんど同一である人格を代替脳とするという事か……可能性はありそうだね。なら、『アイナ』のプログラムをイクテシアに取りに行けばいいって事かな?」

「いいや、その必要は無い」


『ゴーストタウン』の言葉に首を振った博士は、服の内側を見せるように白衣をバッと広げた。

 内側には内ポケットが十数個ほどびっしりと並んでおり、ひとつひとつにメモリーチップやらよく分からない機械やらが刺しこまれていた。


「『アイナ』を含めて、愛依君に関わるデータはひとつ残らず奪――回収して来た。もう二度と彼女を利用させないためにね」

「さっき言ってた『大事な物』って、それの事だったのか」

「そうそう。こんな真夏に意味も無く厚着なんてしないだろう?」

「……」


 会話の流れで無自覚に刺され、こんな真夏に厚着をしている黒影は博士にジト目を向けていた。彼の黒いロングコートはファッションなのだろうか。


「オイオイ、そんなモン持ち出して大丈夫なのかよ……ただでさえ狙われてるってのに」


 一方、奇類(くるい)による驚き半分心配半分の呟きに、博士はにっこりと答える。


「そう言えば君達には言ってなかったね。実はここに来る途中に、特殊能力管理局を通して上層部へ交渉してね。もう僕達は逃亡を続けなくてよくなったんだ」

「……! 本当ですか!?」


 それじゃあ、いつか真季那が戻って来たら普通の暮らしができるって事だよな。それは本当に良かった。


「だからこの機密情報たちも、愛依君を生かすために持って来たって事なら、ギリ許されるはず。多分」

「それでもギリなんですね……」

「自由の為には危ない橋くらい渡らないとね。まあこの話は置いておこうよ」


 機密が満載の内ポケットをそっと隠した博士は、俺の方に向き直った。


「ひとまずこれで、愛依君を復活させる算段は整った。人としての体を与えるにはまだまだ時間がかかりそうだけど、それでも彼女は生きている。それは、君が彼女をここまで守ってくれたおかげだ。ありがとう」

「……いえ。俺だけの力じゃすぐにやられてましたよ。みんなが真季那のために戦ったおかげです」


 謙遜なんかじゃなく、本心だった。


「それに、こんな結果で守れたなんて言えるんですかね……」


 俺はまだ、一人で誰かを守れるほど強くない。本当の意味での『戦い』を知ったばかりの、ただの無知で無力な子供だ。

 それを今日、心身ともに痛めつけられて思い知った。


 自らの手の小ささを自覚しなければ、守りたい物は全て零れ落ちる。

 先ほどの『レッドカーペット』からの忠告が、もう俺の心に突き刺さっていた。


「僕だって、もっとこうすればって道は無数に思い浮かぶよ。これが最良の結果だとも思えない」


 俺の肩に手が置かれる。

 下がり気味だった顔を上げると、眼鏡の奥で優し気に細められる、黒色の目と視線がぶつかった。


「でもね。僕はこれでも良かったと思ってるよ。なんせ、本当の名前で呼んでくれる友達もいなかった外の世界で、さっそく仲間になってくれる人と出会えたんだから。そのうえで、深層機関を相手にして誰も死ななかった。なら、後悔ばかりする必要も無いと思うよ。喋れたら愛依君もそう言うはずだ」


 博士の言葉に続いて、俺達の周りをうろついていた桜色の霊が近寄って来た。


「……全くその通り、ですね。暗い顔すんなって言われてる気がします」


 自分の弱さを痛感して、自分の選択を省みるのはいい。

 しかし今を否定すれば、真季那の頑張りまで否定する事になってしまう。


 真季那は生きている。霊になってなお、心なしか楽しそうだ。

 たとえどんな姿になっても、真季那は真季那だ。

 今はそれで、いいじゃないか。

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