その両手には
「爆発するだって!? 本当かそれ!」
「能力の光線とは別の熱エネルギーを腕全体から感じる! たぶん腕中のナノマシンが小型爆弾と連動して、威力を増幅させる仕組みなんだよ!」
全身が機械になってしまった真季那は熱源探知のような事も出来るらしい。彼女は苦しそうに腕を押さえる『レッドカーペット』へ近付こうとしていた奇類と呼詠へ叫んだ。
「彼から離れて! 巻き込まれるよ!」
「オイオイ、万策尽きたからって自爆とかありえねぇだろ!」
二人はそれぞれの能力を使って俺と真季那がいる位置まで後退した。それと同時に、『レッドカーペット』が動き出した。
彼は右腕を持ち上げたかと思うと、右手で手刀を作り、自分の左肩に突き刺した。
「な、何やってんだあいつ!?」
俺達が驚愕する中、彼は左腕の付け根を抉るようにして右手を動かし、自らの左腕を引きちぎった。ちょうど機械化している部分を狙ったのか、外見上の大怪我に反して出血はほぼ無い。一体あいつは何を……?
「チッ、そういう事かよ」
「奇類?」
ふと、奇類が舌打ちをして呟く。言葉の意味を訊ねる前に、彼女は『レッドカーペット』へ向かって飛び出して行った。
「なにやってんだ!? もうすぐ爆発するぞ!」
「だからだよ! オマエらは離れてろよ!」
能力で『レッドカーペット』に急接近した奇類は、その場で片膝を突く彼の右腕をおもむろに掴んだ。彼女の行動に『レッドカーペット』も含めた皆が驚く。
直後に、運動エネルギーを多方向へ同時に解放したのか、『レッドカーペット』の右腕の付け根が見えない手に握り潰されたかのようにへこむ。次いで放たれた一方向への莫大なエネルギーで、腕を完全に引きちぎった。
接合していた肩から鉄片やスパークが飛び散るが、奇類は意に介さない。千切れた両腕をそれぞれの手で掴むと、
「吹っ……飛べ!!」
千切れた両腕を空高く放り投げた。おそらく彼女が蓄積した全運動エネルギーが乗っているであろう『レッドカーペット』の腕は一直線に空を突き進み、そして。
「――ッ!!」
爆発した。
かなり上空まで飛んで行ったはずなのに、爆風が地上まで届くほどの大爆発だった。もしも奇類が対処していなければ、俺たちは爆発に巻き込まれるか、吹き飛ばされたコンテナの下敷きにでもなっていたかもしれない。
両腕を失ってその場に座り込む『レッドカーペット』のもとへ、俺達はゆっくり近付いた。
今の彼からは敵意が感じられない。能力の基点であり最大の武器でもあった両腕が無い今、もはや戦いにならないと悟ったのだろうか。彼は奇類を見上げて問いかけていた。
「何故、俺を助けた」
「そりゃ、あのままだとオマエが巻き込まれそうだったからだよ。オマエの意志じゃねェんだろ? あの自爆は」
「……ああ。分かったのか」
「ったりめぇだろ。オマエにアタシらを道連れに死ぬ気があったなら、自分で腕を千切らずアタシらに向かってたはずだ。そうしねぇって事は、あの爆発は誰かからの遠隔操作であってオマエの意志じゃない。だろ?」
腰に手を当てて『レッドカーペット』を見下ろす奇類も、先ほどまでのような好戦的な笑みは無くなっていた。
「自爆させようとしたのはどうせ組織だろ。結局の所、オマエも組織に使い捨てられる駒の一つだったって事だ。なら、プリズム・ツリーとしては助けねぇ訳にはいかねぇ。アタシはそう考えただけだ」
「奇類お前、結構優しい所あるじゃん」
「うるせ。『能力者を助ける』ってのがアタシらの信条だろうが」
結構強めに小突かれた。
けど改めて聞くと、やっぱり彼女の行動は正しかったように思える。さっきまで命を狙われていた相手だとしても、本当は彼も被害者だったんだと考えたら、俺も見捨てる気にはなれなかった。
「貴様の言う通りだ……きっと俺では貴様らを始末出来ないと判断したイクテシアの人間が、俺の腕に仕込んだ爆弾を起動させたのだろう。あんな威力の物が自分の腕に紛れていただなんて、今の今まで知らなかったがな」
「お前も利用されていたって事か……」
「笑える話だ。組織の命令に従って力を振るって来た者の正体が、爆弾付きの蜥蜴の尻尾だなんてな」
座り込む『レッドカーペット』は自嘲気味に笑みを作った。
蜥蜴の尻尾、か……きっとイクテシアは、この男ごと俺達を皆殺しにした後に適当な話をでっち上げ、国家権力でも使って『ただの事件』として処理するつもりだったのだろう。管理局や警察を黙らせ、証拠になりうる真季那だけ回収してしまえば、証拠隠滅も可能だ。
「……でもよ、『カラーコード』って深層機関の最高傑作なんだろ? 俺達を葬るためとはいえ、自爆までさせるかね」
「いや、それは少し違うかもしれないぞ呼詠。俺は『ゴーストタウン』に、『カラーコード』は能力の軍事転用を目指す国家にとっての実戦試験機だとも聞いた。あくまで試作機なら、いつまでも大事に取っておく必要は無いのかもしれない」
「そこの黒髪の言う通りだ。俺は確かにイクテシアの能力拡張技術において最高得点を出した個体だ。だが今のイクテシアの関心は、拡張技術よりも別のプロジェクトへ向けられている」
「別の……?」
俺たちを見上げる『レッドカーペット』は、その視線を真季那へ向けた。
「特殊能力を持つアンドロイド――アンドロイド・イデアを生み出す『プロジェクトA.I.』。ちょうど貴様が被験体となっているプロジェクトだ。組織は貴様に俺のような拡張技術を施す事で、次期『カラーコード』にしようとしていたらしい」
「私が、あなたみたいに……?」
「まあ、それも今となってはあり得ない過去の話だがな。俺も貴様もまとめて処分され、別の誰かが『カラーコード』になるだろう」
「真季那は殺させない」
俺は『レッドカーペット』の言葉を否定した。
彼はもう敵ではないが、それでも俺は強い眼差しで告げる。
「こうなった以上、お前の事だって見捨てない。もうこれ以上、ひとつたりともイクテシアの思い通りにさせてやらねぇよ」
「……今回は、その優しさと甘さに感謝する。だが、これだけは言っておこう」
負けを認めたものの、彼の瞳にはまだ鋭さが残っている。そしてその言葉にもまた、見えない重さを感じた。
「深層機関は、文字通り世界の深みに沈んでいるべき闇が巣食う場所だ。一部例外はあるだろうが、ほとんどの連中は常識なんて通用しない。命の価値基準なんかは特にな」
「……」
「貴様らの手はまだ白く生身だ。だからこそその小ささを自覚しておかなければ、穴だらけになって全てが零れ落ちる。それを忘れないでくれ」
それは、この国の闇に一足早く浸かっていた先輩からの警告。
感情を表に出さない彼から出た声の中で、一番重く意味が乗せられた言葉だった。
* * *
「『レッドカーペット』の生存を確認。爆発から逃れたようです」
「脱走者及び協力者と思しき人物に負傷は見られません。作戦は失敗した模様」
「ドローンが応答しません。何者かに撃墜されました」
社会の深層――はるか地下に存在するイクテシアの作戦室。何人ものオペレーターがモニターに向かい合って行われる報告を、部屋の中心にいる人物は顔をしかめて聞き届けていた。他の研究員と同じような白衣に身を包んだその男こそ、深層機関の最高責任者、『管理人』と呼ばれる人物である。
「『レッドカーペット』が自爆に抵抗するとは思っていたが、敵であるヤツらがそれを助けるとは……苦肉の策もあっさり凌がれた訳だ」
『管理人』は腕を組み、つま先で何度も地面を打ちながら呟く。
「AI7の回収はもはや不可能……となれば破壊する他あるまい。腕を破壊した事で『レッドカーペット』も今まで通り組織には従わないだろう。二人まとめて処分するしかないな」
カンッ、と革靴が床を叩く音を響かせ、『管理人』は顔を上げた。
「『デザイン:シーネットル』を起動しろ。奴らを殲滅する」
「……よろしいのですか? 『レッドカーペット』を打ち負かした相手に、最終調整が済んだばかりのシーネットルを出すなんて」
「心配無用だ。アレを装備している限り、能力者などいくらいようと敵では無い」
撃墜を逃れた小型ドローンが映し出す現地の映像を巨大なモニターで見上げながら、『管理人』がほくそ笑む。
「どういう訳か知らんが、連中はコンテナターミナルに集まった。その時点で、勝利の女神は我々に微笑んだのだよ」




