ダイナミック・ダンシング
「貴様ら……協力者がまだいたとはな」
突如姿を現した奇類と呼詠を見て、『レッドカーペット』が呟く。その頃には、奇類が既に走り出していた。好戦的な鋭い視線に灰色の光が灯る。
「研究所の特別製、『カラーコード』だっけか? せいぜい楽しませてみろよ!!」
気が付けば、彼女は『レッドカーペット』の目の前まで迫っていた。奇類の拳が彼を捉える。直後、『レッドカーペット』の体が後ろに十メートルは吹き飛んだ。彼女の細い腕じゃ到底出せないような威力だった。
再び距離を詰めようとする奇類を阻むように『レッドカーペット』の腕が伸びた。流体金属とナノマシンの集合体である奴の両腕は伸縮自在。刃の付いた六本もの触腕が一人の少女へ殺到する。
「ンなちんけな攻撃、アタシには届かねぇな」
刃が奇類へ刺さる直前。遠くから見れば当たってるようにも見える数センチ手前で、全ての触腕がビタリと動きを止めた。彼女は静止した触腕の包囲をあっさりと潜り抜け、『レッドカーペット』へ向けて砲弾のように一直線に跳んだ。
彼女の拳が再び届く前に、相手は腕を元に戻して掴みかかる。だがその腕までも、見えない力に縛られるように動きを止めた。そして奇類の右ストレートが繰り出され、『レッドカーペット』の体は風に煽られた棒きれのように遠くへ吹き飛ぶ。
「あ、あの人すごくない……? あの男を圧倒してる」
「ああ。自信満々に最強を自負するだけあるな」
言われた通り少し離れた場所で見守っている真季那と俺は驚きっぱなしだ。
奇類の能力は『運動エネルギーの蓄積と解放』だと本人は言っていた。聞いただけだとイメージが湧かなかったが、実際に見るととんでもなく強い能力だと分かる。
敵の攻撃が当たる直前に止められるのは、恐らく『蓄積』の方。俺の能力みたいに、全身に力の膜のようなものを張っていて、それに触れた物の運動エネルギーを奪っているのだろう。運動エネルギーがゼロになった物体は文字通り運動を終える。どんな凶器だろうとたちどころに無力になってしまう。
そして、奇類自身が猛スピードで接近したり敵を遠くまでぶっ飛ばしているのが、恐らく『解放』の方。蓄積した運動エネルギーを自身に付与したり相手に押し付けたりする事で、直線的な高速移動を可能にしているんだ。
けど一番凄いのは、能力があるとはいえ命を奪える刃物を振り回す相手に、何の躊躇も無く接近できる度胸だろう。防御に失敗すれば死ぬという場面で、普通は笑って戦えない。
「強いんだな、あいつ」
物理攻撃は全て防がれると判断したのか、『レッドカーペット』は即座に右腕から六本の光線を放った。それを奇類は上向きの運動エネルギーを自身に付与しての大ジャンプで避ける。その後すぐに前方斜め下へ向かうエネルギーを付与する事で、空中で方向転換をして敵に肉薄した。
奇類に近付かれるのはマズいと理解したようで、『レッドカーペット』は少しずつ距離を取り始めた。また近づいてもすぐに離れる。たまに光線で反撃するくらいで、好機を伺うかのように後退してばかりだった。
そんな逃げ腰の戦法が気に食わないのか、奇類は大きくため息を吐いた。
「はぁ、興が覚めるぜ。おい響、見学はもういいから手伝え」
「最初から手を出すと怒るから見学してたってのに、人使いが荒いな全く」
「良いだろ別に。手の内は粗方見たし、速攻で片付けるぞ」
「はいよ」
ここに来てようやく呼詠も動き出す。彼はパキポキと指を鳴らしながら奇類の隣に並んだ。
「そんじゃこっからは二対一だ、『レッドカーペット』さんよ」
耀きを帯びる若葉色の瞳を敵に向けたまま、呼詠は手を左に突き出す。手のひらが示す先にあったコンテナが、ズズズ……と、微かに動き出した。
「俺だってボケッと見学してた訳じゃねぇんだぜ? ソラっちがお前の相手してた間に、いくつかマーキングしておいたのさ」
瞬間、コンテナがその場で回転を始めた。地面とこすれ合って火花を散らしながら、コマのように爆速で回転している。
呼詠の能力が『回転』だと聞いてはいたが、まさか一トンを軽く超えるコンテナまで回転させる事ができるなんて。
回転運動には二種類ある。物体そのものが回転する自転と、別の物体を中心にして回転する公転。コンテナがひとりでに回転し始めたのが自転だとすれば……。
「結構疲れるんだが……コイツはお前にくれてやるぜ!!」
呼詠の合図で、高速回転するコンテナが前進した。しかし奇類のような直線ではなく、弧を描くような曲線。呼詠自身を中心にしてコンテナを『公転』させたんだ。
間一髪の所で、回転するコンテナを回避した『レッドカーペット』。自転しながら自動車ほどの速度で公転するコンテナは勢い余って近くにいた奇類を襲う。だが、これこそか狙いだったのかもしれない。
彼女に触れる直前、コンテナの回転がピタリと止まった。急制動がかけられた事によってコンテナの中身が派手に散乱したが、二人は気にも留めていない。
奇類は派手な回転運動によって生じていた運動エネルギーを全て奪った。それはつまり、今の彼女の中には、一トン超えのコンテナを高速回転させていた莫大なエネルギーが全て蓄積されているという事。
「さぁて、加速してくぜ。ついて来いよ響!」
「任せろ!」
瞬きする間に、奇類は『レッドカーペット』に接近していた。最初と比べてスピードが段違いだ。
敵は後退しながら光線で迎撃する。奇類はまたも空中へジャンプし、様々な方向へ何度も運動エネルギーを小出しにする事で、空をジグザグに飛び回って全ての光線を難なく回避していた。
「ほらほら、当たんねぇぜ!?」
「……っ」
先ほど莫大なエネルギーを補充したばかりの奇類は豪快に躱し続ける。その隙に呼詠が接近するが、『レッドカーペット』は見逃さなかった。左手で奇類への光線攻撃を続けながら、右手の光線を呼詠に放つ。
しかし呼詠は、先ほどのコンテナのような曲線の高速移動でもってそれを回避し、その勢いで『レッドカーペット』の背後に回り込んだ。正面にいる敵を中心点にして自分の体を公転させたのだろう。攻撃を避けながら背後を取る高速移動は、目で追うだけで精一杯だった。
「回れ!」
呼詠が『レッドカーペット』に触れた途端、彼の体が消え、近くのコンテナが轟音と共にひしゃげた。
あいつの回転は初速すらも自在らしい。触れた瞬間にトップスピードで公転させて敵をぶっ飛ばしたのか。『レッドカーペット』が咄嗟に機械の両腕で受け身をとっていなければ、あの一撃で生身の体は大ダメージだっただろう。
すぐにコンテナから離れた『レッドカーペット』は幾重にも枝分かれした触腕攻撃を呼詠に繰り出すが、彼は地面を滑るように曲線運動を繰り返して華麗に避けていく。
おそらく公転する際に指定する『中心点』は人間でなくてもいいのだろう。辺りに並ぶコンテナや散らばる破片など、中心となる物を頻繁に切り替える事で、もはや円運動とは思えないほどに自在な蛇行を見せている。
運動エネルギーを解放する事で直線的に高速移動する奇類と、様々な物体を中心にし自身を公転させる事で曲線的に高速移動する呼詠。
それぞれの動きは対照的だが、どちらも豪快かつ無駄のない動き。強力な能力以上に、体全体を使って能力を最大限に活かしているように思える。
さらにエネルギーを自在に操る奇類と、ゼロからエネルギーを生み出す呼詠は能力の相性がバツグン。奇類がいる限り呼詠に飛んでくる攻撃は代わりに防げるし、呼詠がいる限り奇類はガス欠にならない。
「下手すりゃこの二人、本当に最強かもしれない……」
一方で、『レッドカーペット』も戦闘において素人では無い。簡単な攻撃では躱されてしまうと悟り、大技の構えを取った。
地下街でも見た、盾のように両腕を組み替えての光線の一斉掃射。地下と比べてここは開けているため、光線同士の間隔を広くする代わりに、より広範囲を埋め尽くすほどの閃光が弾けた。俺も真季那も、思わず目を覆うほどの光だった。
ただし、二人の敵に背を向けた状態で。
「何……!?」
掃射の直前に、呼詠が能力で『レッドカーペット』の向きを半回転させていたのだ。彼がそれに気付いた時には、既にターミナルの一画を埋め尽くす紅の絨毯が数多のコンテナを焼き払っている所だった。当然、背中はがら空きだ。
「相手が悪かったな、イクテシアさんよ」
背後から迫る奇類が、莫大なエネルギーを宿す右手を持ち上げる。その時、彼女の足元で何かがキラリと光った気がした。
「奇類! 横に跳べ!」
「……っ!?」
嫌な予感がした俺は反射的に叫んでいた。
直後、奇類が一瞬前までいた地面から、赤い光線が一本飛び出した。気付いていなければ片腕と片脚をまとめて貫かれていたコースだ。
「クソ、わざと隙だらけの大技を使って油断させやがったのか」
「あいつは光線の発射口を自由に切り離せる! どこにあるか分かんないから二人とも気を付けろ!」
「ああ! 助かったぜ芹田!」
短く返事をした奇類は、光線の掃射を終えた『レッドカーペット』へ向かって再び突っ込む。
戦いの最中でいくつか『指先』を仕込んでいたのか横合いから光線が飛んでくるも、周囲を警戒している奇類はそれを躱す。呼詠も能力によって不規則に蛇行しながら華麗に避けていた。
一度タネが割れてしまえばすぐに対応出来るなんて、二人は相当戦い慣れてるのかもな。
「合わせろ響!」
「おうよ!」
奇類が後ろ向きの運動エネルギーを『レッドカーペット』に与える事で後方に吹き飛ばす。その先には回り込んでいた呼詠が待ち構えている。彼は自身に回転をかける事で、曲芸めいた体捌きで手足を使った打撃を叩き込んだ。『レッドカーペット』が呼詠へ意識を割いた時には、反対側から急接近した奇類の強烈なパンチをお見舞いされる。
サイボーグとはいえ『レッドカーペット』も両腕以外は生身の人間。能力によって推進力が乗った連撃をもろに喰らって無傷とはいかないだろう。彼の表情が痛みに耐えるよう歪んでいた。
「図に乗るのも、ここまでだ!!」
『レッドカーペット』は両手で薙ぎ払うように光線をまき散らし、二人を無理やり引き剥がした。奇類と呼詠は距離を取ったが、二人はまだまだ余裕そうだった。
「オイオイ絨毯さんよ、もう打つ手ナシか? そんなら機械の両腕を捥いでチェックメイトだぜ?」
挑発的な笑みを持って言葉を投げかける奇類に、『レッドカーペット』は構わず右手を向ける。
しかし、光線が放たれるより先に予想外の出来事が起きた。
『レッドカーペット』本人が、自分の右腕を押さえて呻き出したのだ。そしてその右腕と、押さえつけている左腕までもが、バチバチと火花を散らし始めた。
「何だ? まだ必殺技でも残してたのかアイツ」
「待ってやる義理はねえよ。俺の能力で捩じり切れば終わりだ」
二人は気にせず戦闘続行の構えだが、俺は何か違和感を覚えた。地下街を破壊し尽くした光線掃射以上の攻撃をしようとしている可能性もあると思うけど、それにしては『レッドカーペット』の様子がおかしいような気がする。
まるで、自分の意志とは関係なく暴れようとしている両腕に苦しんでいるかのように見えた。
「ちょ、ちょっと待って二人とも!!」
と、奇類と呼詠へ呼びかけたのは、俺と一緒に離れていた真季那だった。
「今すぐ離れて! その両手、爆発するよ!!」




